1-08 小学生になりました ②
余裕があるうちは、ほのぼのパートはさくさく進行です。
初等部に上がってからバタバタしていたけど、衣替えもする季節になりました。
外では公立の小学校に通う美紗と遊ぶことが多いけど、学校だと華子と一緒にいることが多くなり、公貴くんと話す機会も増えた華子も愉しそうに見える。
でもこの子、公貴くんとの話す話題が私の事が多いって、ちょっと問題だと思うわ。
問題と言えば幾つかある。
一つは美紗のこと。正確にはあの“父ちゃん”の事かな。
それも琴ちゃん絡みじゃない。琴ちゃんが父ちゃんのところに通っている事がバレたら、お父さん達が何か言いそうだけど、今の問題は父ちゃんが勤めているラーメン屋さんがある商店街で、シャッターを閉めているお店が多くなってきた事なのです。
父ちゃんも琴ちゃんも私や美紗には何も言わないけど、美紗と遊んでいる時にちらりと“久遠”の名前を聞いた。
……確か、地上げの献金で議員を辞職したんだよね? 公貴くんのお祖父さん。
子供に出来ることは何も無いんだけど、商店街で私達以外の子供をあまり見なくなったのは、少し寂しい。
他の問題は、そんな大きな問題じゃないけど、クラスの空気が少し変わった。
あの“暴漢”が校内に入ってきたことで、警備体制の不備が問題になって門が常に閉められ、警備員が常に塀の外も見回るようになったのです。
それなら別に問題ないんじゃない? と思われるかも知れないが、そんな大掛かりなことになったのに、その“暴漢”を撃退したのが私だと思われていた。
どうやったら小学一年生にそんなことが出来るの……?
普通ならそう思うところで実際に上級生は信じていないけど、一~二年生の生徒達は『まさかねぇ』と思いながらも、私に近づいてこなくなった。
ええ、そうです、良く考えたら現状維持ですよっ。
私が怖がられるのはまだ続きそうです。
「そうなんですっ、あの時、柚子様は怯える私を庇って、悪辣な暴漢に…」
あんたのせいか、華子っ。
それと、クラスの中で一人の男の子から視線を感じるようになった。
その子もある意味有名人。その子は一般家庭の子だったが成績が優秀でこのクラスにいる。小学生の成績と侮るなかれ、彼はすでに英語、ドイツ語、中国語を習得し、六年生までのテストでもほぼ満点に近い点数を出している。
そのせいでクラスからはすっかり浮いているけど、彼はそれを気にしていない。
……まるで大人みたいに。
彼の名は、四十万勇気くん。彼が私を見るようになったのはあの事件で私が注目を集めてからだけど、最初に視線を感じた時、彼は酷く驚いた顔をしていた。
モテ期襲来っ!……とはまったく違う。
でもその視線は男の子が女の子に向ける視線じゃない。彼はそれからずっと私に警戒するような視線を向けていた。
……色々と面倒くさくなってきたなぁ。
*
そんなある日、私はいつものように飼育小屋に向かう。
別に私は飼育係じゃないけど、華子のお付き合いで飼育小屋に通っているうちに動物達にも愛着が湧いてきたのです。それで華子がお稽古事で忙しい時は、私が餌をあげに行ったりしているんです。
あれ以来、動物達が偶に居なくなる怪現象は起きていない。……まさかあの時、七輪が壊れたからじゃないのよね……?
なんか、考えると怖い。
「……?」
いつもの道を歩いていると、飼育小屋の裏から短い掛け声のような音が聞こえた。
この学園の飼育係の生徒は相変わらず不真面目で、生徒はほとんど見かけない。
だったら誰が居るんだろう……と、そっと飼育小屋の裏を覗き込んでみると、見たことあるような男の子が拳法のような構えを取っていた。
……誰だったっけ?
彼はゆっくり構えを解き片手を前に突き出すと。
「ハッ…!」
気合いのような声を上げて、その掌の数メートル先の空き缶をカタカタ揺らした。
「…へぇ~…」
「誰だっ!」
私が思わず漏らした声に、その男の子が振り返って構えを取った。
……誰だ、って、学校なんだから関係者なら誰でも居るでしょ。
「こんにちは」
「……お前、」
別に何の気負いもなく普通に出て行くと、彼が少しだけ目を見開く。
上級生のちょっとワイルドな感じの男の子。折角仕立ての良い制服を軽く着崩しているので少し皺が寄っていた。やっぱりどこかで見たことある。
「そうだっ、あの時、変な高校生に襲われてた奴だっ」
「ああ~」
やっと思い出した。あの時、七輪を投げてくれた男の子だ。
一応お礼をしたいので私も華子も親も捜したんだけどすぐに居なくなったから、誰だか分からなかったのよね。
「よぉっ、あの時は怪我とかしなかったか?」
「ううん。あの時はありがとうございました」
意外と気さく……と言うより普通の男の子って感じだ。うちのクラスの男子のほうがおかしい。
「へっ、女を守るのは当たり前だぜっ、俺は正義の味方だからなっ」
私が素直にお礼を言うと、彼がちょっと照れたようにそんな事を言った。
「うわぁ、すごーい」
そして褒めることは忘れない私。多少棒読みなのは目を瞑って欲しい。
「俺は四年の海島恩坐だ。お前は何年生だ?」
「私は塔垣柚子。一年生だよ」
とりあえず自己紹介は大切です。
「それで“正義の味方”の恩坐くんは何をしていたの?」
「……なんかお前の言い方に含みを感じるんだけど。それと俺のほうが三つも年上なんだから“恩坐先輩”って呼べよ」
「お前、じゃなくて柚子ですよ」
「………柚子。これでいいかっ」
「それはそうと恩坐くんは、先ほど手から“何”を飛ばしていたの?」
「お前、見てたのかよっ」
話題を変えたことにも気付かず、恩坐くんはうわずった声を上げる。
彼は手から“何か”を飛ばしていた。男の子が14歳くらいで掛かる病で、小石や釘を投げていたんじゃない。
「あれはっ、……えっと、そうだ、手裏剣投げたんだよ」
「へぇ……それはどこに?」
「…………誰にも言うなよっ」
恩坐くんは辺りを見回し、私の耳元に顔を近づける。
「あれは“氣”を飛ばしてたんだよ」
その答えも“病”の範疇を出ていないどころか、もう手遅れそうな答えだったけれど、私はその答えに納得した。
あの時、何か放つ瞬間に恩坐くんの身体に何かが溜まって、掌から“弾けた”ように感じられた。それが恩坐くんの言う“氣”かどうか分からないけど、その答えが一番しっくりしたんだよ。
それを見ていなければ、手裏剣でも誤魔化されてあげたんだけどね。
「それって格闘ゲーム……みたいな?」
私の今の知識だとその程度しかない。
「そういう風に言われるとそうなんだけどさ……、本物はもっと凄いんだぜっ。お化けとかもやっつけられるんだからっ」
「お化け……。恩坐くんはそんなこと出来るんだ。凄いねぇ」
「おうっ、俺は寺生まれだからなっ」
「お~~」
恩坐くんはお寺の子でした。なるほど不思議な名前だと思ったわ。高峯に入学するって事は、それなりに大きなお寺の子だよね?
そして思わず感心してみたけど、普通のお坊さんって“氣”とか飛ばせるの?
世の中のお坊さんが全員そんなこと出来たら、お寺の就職率がえらい事になるんじゃない?
お寺の事情とか知らないけど、私にとっての興味はそこじゃない。
「恩坐くん、私もやってみたい」
「………はぁ?」
唐突な私の一言に恩坐くんは、呆れ半分残り半分は意味不明と言いたげな顔をした。
「柚子みたいな小さい奴に出来る訳無いだろ。俺だって、缶を揺らせるようになるまで随分掛かったんだぞ。子供の遊びじゃないんだ」
恩坐くんはいつから大人になったんだよ。
「ちょっとだけでいいの。教えて、恩坐くん。真面目にやるから」
「……う~ん」
恩坐くんがちょっと悩み始めた。
私だって遊びで言った訳じゃない。私のあの変な【力】をある程度でも制御できたらいいなぁ、って考えているんです。
もう一押し。
「大丈夫っ、私ちゃんとみんなに内緒に出来るからっ」
「なっ、親にバレたらぶっ叩かれるから、言うなよっ! 寺で練習するとまだ早いとか言われて、やらせて貰えないんだからなっ」
「……そ、そうなんだ」
恩坐くんがベラベラと弱みになりそうなことを自分から暴露してきた。自発的に墓穴を掘るタイプね。なんでしょう……“お調子者”の気配がします。
「うんっ、私達二人の内緒だよ」
「そ、そうだな」
最後の一押しで側ににじり寄ると、恩坐くんは急にソワソワして私の瞳から視線を逸らした。何だったんだろ?
そんな感じで何とか説得が成功し、“お寺”の技を教えて貰えるようになりました。
「……だから、こう、足の裏から自然の氣を吸い上げるように、腹の下に溜めて」
「……?」
「集めた氣を自分の体内に循環させるイメージで…」
良く分かりません。
わざわざ外から集めなくても、身体の中に【力】があるんだから、それを使えばいいじゃない。
もしかして力の質が違う? “氣”って気力じゃないの? 精神力でやるのなら、こうやって『滅びろ』って感じで……
ギシィ……ッ。
「「…………」」
私が手を突き出して【力】を放とうとしたら、空気が軋むような音がした。
……何の音? また何かやらかしたのかしら……。
「……い、いきなり沢山やると疲れるから、このくらいにしたほうが良いぞっ」
「そ、そうだよねっ。私もそろそろ帰るよっ」
そう言う結論になりました。
これからもここで恩坐くんに会った時は、また教えてくれるそうです。
「それじゃ俺も何か食って帰るか……」
「なんか……?」
恩坐くんはどこからか、スポーツバッグを持ってきてその中身を取り出した。
「………」
それを見た私は、恩坐くんから静かに距離を取り、助走を付けて恩坐くんの背中に、取り出した“七輪”ごとドロップキックをかました。
「お前が犯人かいっ」
そして帰る時……校庭にある樹齢90年のケヤキの樹が、葉が全部落ちて一瞬で枯れ果てていたのは、きっと私は悪くない……。
次回、ついに『ヒロイン』来襲。





