4-27 また伝説になりそうです ③
「おかしい……」
闇の勢力の拠点――山脈を越えた地下の大空洞まで戻ってきたセフィラは、最初の勇者が残した古城近くで独りごちる。
勇者達の反応が感じられない。
セフィラが無駄に思えるほどの長い時間を掛けて、あの疑り深いキョージから一定の信頼を得たのは、彼をこの地に誘導したかったからだ。
出来れば油断をした状態で自分が案内したかったのだが、キョージが目的さえ見失わなければ、計画を早められたので結果的には良かったのかも知れない。
それに土と炎の勇者もこちらに向かっているような反応もあった。互いをあれほど敵視している【勇者】など、歴史上初めてと言っていい。そんな彼らが近くまで来ているのなら、キョージも無駄なことはせず、邪魔をされる前に目的の場所へ向かうだろう。
だが今は……、セフィラの感覚から、その勇者達の反応が消えていた。
「まさか死んだの……? いえ、勇者を倒せる奴なんて、この辺りには……」
キョージと、そしてその予備として考えていたカンゾーやミンキチ達、【勇者】が消えてしまうと、セフィラの計画がまた初期にまで戻ってしまう。
その時……
「……っ!?」
セフィラは唐突に身体に重さを感じた。
数日どころか数週間眠りもせずに動き、一切疲労を感じないはずの身体が重くなり、明確だった思考が霞が掛かったように鈍くなる。
「……なん…だ?」
呟いたセフィラの声がわずかに低くなっている。
急に疲労を感じて【偽装スキル】の精度が下がったのかとも考えたが、それもおかしい。疲労であろうがダメージを受けようが、それを自動で行うのが【スキル】なのだ。
霞が掛かったような頭でこの“原因”を探ろうとしたセフィラの感覚に、古城の地下から消えてしまっていたキョージの反応が現れた。
「……あのガキッ、何かしくじりやがったなっ!」
これまでにない口調で口汚く罵ると、セフィラは古城の隠し扉を抜けて地下にある祭壇へと急いだ。
驚くべき速さで祭壇まで駆けつけたセフィラは、祭壇が起動しているのを見て顔を歪め、例の石板がある開かれたままの隠し通路に走り込む。
勇者……または光属性を持つ“強者”にしか反応しない通路の石板が、セフィラが駆け抜けると点灯し、光る文字が浮かび上がる。
英雄クラスですら途中で脱落した結界の中を進み、セフィラが最奥に辿り着くと。
「なんだ、これは……ッ!!!」
そこにあった巨大な石板――【スキル使用契約書】のレプリカが、以前と同じようにびっしりと書き込まれた細かな精霊文字を仄かに光らせていた。
だが、そこに彫られていた幾つかの文字から光が消え、意味がデタラメに変わってしまっている。
「……ぅ………ぁ……」
「キョージっ!!」
その石板の影に隠れるように蠢くキョージの姿があった。
いったい何があったのか、あの自信家でそれに見合う実力と覇気を備えていた彼が、魔力ごと生命力を吸い取られたかのように痩せ細り、立ち上がるどころかまともに口さえ動かせないで、弱々しく震える手をセフィラに伸ばしている。
「お前っ、何をしやがったっ!!」
「ぐほっ、」
セフィラがヒールの踵でキョージの肩を蹴る。
この様子を見ると、セフィラが仕掛けていた【魔力吸引】の罠に掛かったようだが、強引に抵抗を試みたのか、【スキル使用契約書】に不具合が起きてしまったようだ。
それでもある程度の事態は考慮して、何重にもプロテクトを掛けていたはずなのに、どれほどの無茶をすれば、【スキル使用契約書】がこんな状態になるのか分からず、セフィラはさらにキョージを蹴りつける。
「スキル制御がおかしくなったのは、お前が原因かっ」
自分が案内出来ていればこんな事態は防げたのに……と、ただ蹲るだけのキョージを蹴り続けていたセフィラは、少し落ち着いたのか彼の髪を掴んで唾を吐く。
「まだだ……まだ終わってない」
今のセフィラには【スキル使用契約書】の石板は直せそうにない。
その契約内容は知っているが全てを把握している訳でもなく、細かい精霊文字の内容をすべてチェックして直すには途方もない時間が掛かる。
百年…二百年と言う単位の時間を掛ければ何とかなるかも知れないが、ようやく手の届きそうな所まで来ていた“目標”が見えていたセフィラは、これからまた時間を掛けることを嫌った。
「……ねぇ、キョージさまぁ」
「………ぅ……」
セフィラは突然、これまでの“優しげな女性”の皮を被り直すと、【魅了】が使えないことさえ気にせずに、ふんわりと笑いかける。
「せっかくだから、これから良い処にお連れしますわ。大丈夫ですよ……痛くはしませんから」
「……ぁ……」
キョージはセフィラの言葉を聞いて、わずかに目に光が戻ると、突然怯えたように首を細かく振り始めた。
「ふふふ……さぁ行きましょう。光栄に思いなさい。人間では二人目ですよ」
華奢な体格のセフィラが、鎧を着た大の男であるキョージを肩に担いで、隠し通路から外に出る。
それでもやはり重たいのか、スキルが使えなくなった影響か、所々で顔を顰めていたセフィラだったが、突然重さが軽くなって息を吐く。
「……ぁあ、…ぅ」
「煩いですよ。ようやくスキル無しにも慣れてきましたか……」
何かに怯えるように、言葉にならない声を漏らすキョージに、セフィラは侮蔑の視線を向けた。
そもそも遠い距離を移動しようとした訳ではない。
その場所に向かうためには、石板や祭壇のあった場所のような魔力が強い場所では不都合があったからで、移動自体は難しくない。
「契約に従い、我を彼の地へ導け」
古城の中庭に出たセフィラがその【言葉】を使うと、目の前の空間から扉が開くように光溢れる入り口が現れた。
「……ぁ、……ゃ」
「怯えなくてもいいですよ。ここは【物質界】と【精霊界】の中間地点の一つに過ぎませんから」
魔界、精霊界などの【精神界】は、物質としての質量を持った物は存在出来ない。
それでもその世界へと至る中間地点なら、生物には過酷であるが魔力の強い者なら存在することも出来た。
「本当に怯えすぎですよ。それでも勇者ですか、情けない」
「ホントにね」
「………ぁあ……ぅ……」
体感時間で数分。
時間や距離の概念すら曖昧なこの空間で意味はないのかも知れないが、その目的地へと進む道中でセフィラが首を傾げる。
「………精霊がいない?」
この場所は物質界に興味がある【下級精霊】や【中級精霊】達がいつも居て、以前に来た時は勝手に話しかけてきたり、とても煩かった印象があったのだが、その精霊達の姿が見あたらない。
「大精霊でも来ているのかしら……」
セフィラでも【大精霊】はほとんど見た事はない。
現世に現れれば天変地異さえ起こし、物質界の自然現象を司る【大精霊】となると、他の弱い精霊は畏怖からか姿を隠してしまうことがある。
「……あった」
セフィラが一番光の強い場所に辿り着くと、巨大な水晶で造られた【スキル使用契約書】の原本が出現した。
それこそが、過去の大魔導師達が命と引き替えにして【大精霊】と交わした【スキル使用契約書】の本体であり、この世界の生物が【スキル】を使用するための“システム”そのものでもある。
「ふふ……。さぁキョージ様、あなたの望みを叶えましょう。これを使えば、あなたはあなたが理想とする新世界の神ともなれますよ。……ただし、あなたの魂はこの水晶に吸収されて、自我のない人工知能のようになってしまいますけどね。
うふふ………ぁははははははははははははははははははははははははははははっ! これでようやく望みが叶うっ! 世界の全ての者に強制的に【抑制スキル】を与えさえすれば、全ての人が平等になれる、真の平和な世界が出来上がるのだっ!!!」
セフィラの目的は、全ての格差を無くし、全ての人が平等になれる世界を創ること。
全ての人が平等になれば争いはなくなり、本当の平和な世界になる。
セフィラは以前の失敗からそれが犠牲無しに成り得るとは思っていない。完全に世界をコントロールする存在として、魂の強い【勇者】をシステムに組み込み、人類の自由意志と言う些細な犠牲でそれを成し遂げようとしていた。
「ははっ、……ん?」
その時、セフィラは巨大な水晶の隅に、何か小さな水晶板のような物がぶら下がっていることに気がついた。
以前はこのような物はなかったはずだ。前は気付かなかったのかも知れないが、こんな目立つように付けられていたからこそ、セフィラも気付けたのだ。
セフィラがそれを手に取ってみると、精霊文字で何かが書いてある。
これに触れることが出来たと言うことは、残したのは【光の大精霊】だろうか……。そこに書かれていたのはただ一言で、その意味は……
『戦略的撤退』
「……………」
思わずセフィラも押し黙る。何かの冗談かと思ったが、そもそも【精霊】が冗談を言うのだろうか?
そして【光の大精霊】と言えば、この世界では【神】の一柱として崇められている存在である。そんな存在が撤退するような脅威があるのだろうか? そもそもそんな脅威が、精霊が集うこんな場所まで独力で来られるとも思えない。
「………まぁ、いいわ」
正体の分からない不気味さを感じながらも、セフィラはいまだ動けないキョージを無理矢理水晶に触れさせようとする。
「キョージ様、これに触れるだけでいいのですよ。魂から純魔力が引き出されて、自動的に………」
セフィラは持ち上げたキョージの軽さと、そのキョージの怯えた瞳が自分を見ていないことに気づいて、その視線の先を追うと。
「…………」
「…………」
そこにはセフィラに協力するようにキョージの脚を抱えて持ち上げていた金色の少女が、愉しげな笑顔を向けていた。
「ゆ、ユールシア様ッ!?」
「あ、気がついた」
その少女は、清らかなる存在故にこの世界に取り込まれ、真の【魔王】として覚醒したはずの異世界の聖女――ユールシアであった。
「どうしてここにっ!」
「え、ずっと一緒にいたじゃない」
「い、いい、いつからぁっ!?」
「お城の地下で京時を蹴ってるあたりから……?」
まったく気がつかなかった。それどころか、途中からキョージが怯えていたのも、彼が突然軽くなったのも、後ろでユールシアが一緒に担いでいたからなんて、セフィラも想像することさえ出来なかった。
途中で声が聞こえたのも精霊の囁き程度に思っていたのだ。
「くっ」
セフィラはキョージを捨てると距離を取りながら顔を歪める。
「どうやって、魔王の呪縛から抜け出せたの? あの邪悪な気配……あれが演技だったなんて言わせないわよ」
「え……? あ、うん」
セフィラの言葉にユールシアは少し困ったように指先で頬を掻く。
「あ~……そうそう、【真の魔王】って、自称魔王とは違って【世界の理】の一つで、間違った方向に進んだ世界を“リセット”する為のものだから、発生した時点で人類に選択肢はないわよ?」
「………」
彼女の言っていることは良く分からなかったが、その言葉でセフィラは、ユールシアが魔王を偽って自分の邪魔をしていたのだと理解した。
「そうか……あなたが。……異世界からのイレギュラー。真っ先に排除しようとした私の勘は当たっていたのね」
「ん~~?」
シラを切っているのか、曖昧な笑顔で首を傾げるユールシアに、セフィラは歯を剥き出すようにして威嚇する。
「お察しの通り、私こそがこの世界の救世主、この世界を導く【最初の勇者】よ」
「…………え?」
「「…………」」
気まずい空気が辺りを漂う。
「…………どうして私の邪魔をしていたの?」
「えっと………成り行き?」
「…………」
「………ご、ごめん」
そして千年以上、この世界の平和を見守ってきた【最初の勇者】と、この世界に巣くう異世界の【悪魔】との、世界の命運を賭けた戦いが始まる。
正に悪魔の所行。
上に戻って、ユルが後ろにいることを想像しながら読み返してみましょう。
次回、セフィラは非道な悪魔から世界を救うことが出来るのか?





