4-26 また伝説になりそうです ②
こちらは後半です。
「ここが……」
仲間の半分と切り離されたキョージ達は注意深く歩を進め、数時間後、発見した地下への階段の奥に、特殊な祭壇のような物を見つけた。
ざっと見ただけで、キョージにはこの祭壇が【勇者】の純魔力にだけ反応すると理解した。それで得られる物は何か分からないが、少なくともキョージが目指した物ではない。
「だが、やってみるしかないか。全員下がれ」
「ですが……」
「勇者にしか反応しないようだ」
全員を下がらせたキョージが魂から絞り出すように【純魔力】を生成すると、それを吸収した祭壇から光が溢れ、壁一面に光る文字が浮かび上がった。
「「「おおおおおおおおおおおっ」」」
「これは……【勇者の秘術】か」
最初の勇者が残した【勇者の秘術】。それだけでも他の勇者ならば充分に歓喜するに値する戦果であったが、キョージはわずかに肩を落とす。
「キョージ様っ、こちらの壁に小さな通路がっ」
「本当かっ!」
部下の声を聞いて、キョージがそこに駆けつける。
部下が見つけた通路は本当に小さく暗い通路で、はっきりとは見えないがその左右には石板のような物が、ずらりと遙か奥まで続いているように見えた
「突入します。一列隊形。ジェリドを前に」
「了解でありますっ」
一番年嵩の中年騎士が大盾を構えて前に出る。
彼だけはキョージがこの世界に来た時からの部下で、養殖ではなく実戦を経て【英雄クラス】となった者だけに、キョージもジェリドを一番信頼していた。
暗い通路を一列隊形で進んでいく。
何も変わらないように見えた通路だったが、最後尾のキョージが通ると、その左右の石板から光る文字が浮かび上がった。
「これも秘術ですか?」
「そのようだが……戦闘用ではないな。それに、先ほどの部屋の文字より昔の物で、解読が上手く出来ん」
キョージはこの世界に召喚された時に【供用言語スキル】を得ていたが、この石板の文字は古く、それを持ってしても読むのに時間が掛かる代物だった。
「解読は後にしよう。進め」
「「「はっ」」」
事は順調に進んでいる。求めていた物がこの先にある。だが、
「ぐっ、」
「どうした?」
「申し訳ありません。我らではこれ以上進めないようで……」
「どうやら結界があるようだな。ここからは私が一人で進む。全員、先ほどの広間まで戻り周囲を調べろ」
「……申し訳ありません」
再度頭を下げるジェリドに片手を軽く振って応え、キョージは一人で通路の奥へと進んだ。
「おおおおおぉ……これが、スキルの契約書か」
その進んだ一番奥に、巨大な石板が安置されていた。
どうやらこの城自体が周囲の魔素を吸収するシステムになっているらしく、巨大な石板にびっしりと彫られていた小さな文字が、脈動するように光っている。
遙かな昔、大魔導師達が命を削るようにして大精霊達と契約した、スキル使用契約書がそれだった。
「ふふ……ふははははははははははははははははははははははははっ! これでスキルを思うままに出来る。与えるのも奪うのも思いのままだっ! この力さえあれば、私が新世界の神と言える存在になれるのだっ!」
普段は冷静なキョージが興奮を抑えられないように石板に触れる。
この巨大な石板にある細かな精霊文字はキョージには読めない物だったが、キョージはセフィラから、この契約書に自分の魔力を注ぎ込み、契約者の“上書き”を行うことで支配出来ると言う情報を得ていたのだ。
「くっ……」
だが、いくら魔力を注ぎ込んでも上書きが終わらない。
一度で……いや、一日で終わるような代物ではなく、もしかすると何ヶ月も掛かるかも知れない。
「なんだ、これは……」
一度休憩しようとしたキョージだったが、その手が石板から離れない。それどころかキョージが魔力を止めても、強引に魔力が引き出されてしまう。
「私を甘く見るなっ!!!」
キョージは一瞬で対策を考え、魂から絞り出すように【純魔力】を生成する。半ば強引だが、その純魔力でこの石板の支配権の一部を奪おうと考えたのだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「はい、お疲れ様でしたー」
突然少女のような声が聞こえると、石板からの吸収も消え、手も離れたキョージが尻餅をつくように後ろに倒れ込む。
「ユールシア姫……ッ!?」
「あら久しぶりね、京時」
そこに現れたのは、邪悪によって取り込まれ、【魔王】の依り代になってしまったはずの黄金の聖女――ユールシアであった。
だが何かがおかしい。今までとは違う、まるで庶民が近所の人にでも会ったかのような態度にキョージも驚きつつも眉を顰める。
「何故ここに……いえ、どうやって【魔王】の呪縛を解いたのですかっ?」
キョージの【勇者】としての感覚が、あの存在を【魔王】かそれと同等の“邪悪”であると認識させていた。
そんな存在から依り代を救出しようなど正気の沙汰ではない。
だからこそ、ユールシアを救い出そうとする愚かな人類に見切りを付けて、キョージは自分の目的のために動き出したのだ。
目の前にいるのは本当にユールシアなのか? 黒髪は美しい金髪に戻ってはいるが、それだけで本物とは限らない。疑惑の目を向けるキョージに、ユールシアは彼の知る可憐で……少しだけ愉しそうな笑顔を浮かべる。
「もちろん、みんなに助けて貰ったのよ。ああ、そうそう、誰よりも早く【魔王】から逃げ出して“裏切り者”になった勇者が居たんだけど、瑞樹達四人が新しい【英雄】になって、彼らを助けたダークエルフの双子の姫も居たから、どちらも落ち着いたみたいよ。魔王もいなくなったし、今頃は停戦協定でも結んでいるんじゃないかな?」
私は面会謝絶で休養中なんですけどね。と、続けながらクスクスと笑うユールシアにキョージも目を見張る。
外の世界ではいつの間にかキョージ達は魔王から逃げた裏切り者と呼ばれ、勇者が必要なくなった平和な世界では、新たな英雄が生まれた。
「………そうですか」
だがキョージには、自らの失態を自嘲出来るくらいには余裕があった。
元々全てを捨てて、この世の全てを手に入れる為に、情報がまだ集まりきっていないこの【スキル契約書】を求めたのだ。
なにやら色々なことに気付き動いている、この怪しい少女さえ死んでしまえば全てが上手く行く。
今まで手を出せなかったのは、キョージにも立場があり、ユールシアの周りは、英雄クラスと思われる彼女の従者達が常に固めていたからだ。
ユールシアが、こんな勇者クラスしか来られない場所まで来たのは想定外だったが、ここでなら誰にも邪魔されずに彼女を始末することが出来るだろう。
たとえ【勇者クラス】の実力があるとしても、彼女は【聖女】だ。単独の接近戦では【勇者】である自分に敵うはずがない。
「あら京時。急に立ち上がって。魔力の放出で疲れていたのではないの?」
「……いいえ、この程度ならまだ問題ありませんよ」
「さすがは勇者様ね。でも……何かをする余裕があるのかしら?」
「なに……?」
その時、遠くから何か悲鳴のような声がキョージの耳に届いた。
「まーたいへん。すぐにむかいましょう」
「は? おいっ」
唐突に棒読みになったユールシアが、スキップでもするように止める間もなく通路を逆走し始めた。
すぐにその後を追うキョージであったが、手が届きそうでその距離が縮まらない。
通路を走るキョージは奇妙な違和感を感じていたが、それが何なのか、分かりそうで分からない。
そのまま通路から出て部屋の明るさに一瞬目を細めるキョージの視界に、とんでもない物が映った。
「………悪魔………」
そこには数十体の【上級悪魔】に蹂躙される部下達の姿があった。
ただ一人、ボロボロになりながらも悲痛な顔で両手で剣を構えていたジェリドは、戻ってきたキョージを見つけてわずかに目の光が戻る。
「キョージε?сω…σσρ…タイ…アクμ……」
「なんだ……何を言っているジェリドっ」
一部は理解できるが、キョージはジェリドが何を言っているのか理解できなかった。
それはジェリドも同様のようで、キョージの言葉を聞いたジェリドが顔を引き攣らせると、その巨体が小さなウサギのヌイグルミに吹き飛ばされた。
「ジェリドっ!」
「まぁまぁ、京時。プリンとか食べる? 燈火のお手製で意外と美味しいよ?」
「ふざけるな……ッ!」
ジェリドの助太刀をしようとするキョージに、ユールシアが意味不明の妨害を仕掛けてくる。
振り払えばすぐに吹き飛びそうな小柄な少女なのに、キョージは思わずその意味不明さを警戒してしまう。
「まあ、こっちの世界も地球の人が無茶苦茶しまくったから、大抵の食べ物はあるのよね。タコスルメとかはどう?」
「お前は……」
次第に強くなる違和感。それが何なのか確かめようとした時、ジェリドの断末魔の悲鳴が響き渡った。
「ジェリドっ!」
血塗れで倒れ伏したジェリドの上で、小さなウサギのヌイグルミが得意そうに顎をあげて腕組みをしていた。
そんなウサギのヌイグルミに、巨体の【上級悪魔】達が腰を低くして近づき、安っぽい酒瓶と昆布の佃煮のような物を差し出している。
「恩坐くん、すごーい。でも飲みすぎはダメよー」
ユールシアからそんな声が聞こえると、キョージはそのヌイグルミが彼女が最初から連れていた【自立式魔道具】であると思い出す。
けれど、それは本当に魔道具の類なのか? それと悪魔がどうして一緒にいる? もしかしたらユールシアはまだ【魔王】の呪縛から解放されていないのでは?
溢れてくる疑問。さらに強くなる違和感。
「本当にお疲れ様、京時。あなたが頑張ってくれたから、恩坐くんが無駄な怪我をせずに済んだわ」
「何を言っているっ!」
「ねぇ……気付いている? 私達は今、日本語で会話をしているのよ?」
「………なんだと」
確かにキョージは日本語で会話していた。頭の中でテスの供用語を使おうとしても、よく使っていた単語が浮かぶだけで文章にはならない。
「供用言語スキルが……」
「うん。そんなモノはもう存在しない」
愕然とするキョージにユールシアの笑顔がさらに深くなった。
「もう気付いているんじゃないの? 私があの石板の文字を書き換えていたのよ。私の魔力では上手に調整出来なかったから、あなたの魔力で発動させてくれたので助かっちゃった」
「スキルが使えない……だと」
「それは正確じゃないわね。あの石板を書き換えたから、この地方全ての【スキル】が消滅しているのよ」
最初の違和感。それは石板の文字が読めなくなっていることだった。
よく使っていた技能を意識して使う程度は出来るだろうが、スキルに頼り切りだった技能の類は一切使用が出来なくなっていた。
「お前は……何者だ、ユールシアっ!」
「あらあら、色々とヒントは出したつもりだったんだけどね、京時」
「その呼び方は……」
そこでようやく呼ばれている名前のイントネーションの違いに気付いた。この世界で呼ばれる“キョージ”ではなく、日本語で呼ばれる“京時”という発音。
「今度は地球まで泳いでみる? 空気は無いけど肺活量には自信はあるかな?」
そのどこかで聴いた台詞に京時がダラダラと汗を掻き、トラウマとなった一人の少女の名前を思い出させた。
「………柚…子………」
「本当にお久しぶりね。……京時」
髪の色も瞳の色も違う。だが、ゆっくりと……静かにユールシアの瞳が真紅に変わり白目の部分が黒に浸食されていく少女の姿と、上位悪魔の邪悪な気配に、京時は顔を白くしてガタガタと歯を鳴らした。
「そうそう、あの石板だけどあれレプリカだから、【スキル】を支配なんて大層なことは出来ないわよ? それとね、前任の風の勇者が“よろしく”って」
「………うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
全て誰かの手の上で踊らされていただけだと知り、恐怖とトラウマに精神を苛まれ、抜こうとした剣をスキルが使えずに取り落とした京時は、そのまま素手でユールシアに殴りかかった。
ゴスッ!!!
肉に包まれた骨が砕ける音が聞こえて、恩坐の正拳突きを受けた京時は何度もバウンドしながら広間を横切り、壁に叩きつけられて血塗れで崩れ落ちた。
「ありがと、恩坐くん」
『………(こくん)』
「さぁて、これから最後の仕上げに行くわよ」
次回、最後にしかける世界規模の大迷惑。





