4-23 悪魔の罠 ③
「皆さん、我々人類は争っている場合ではありませんっ」
「今こそ、悪魔に人類の力を示すのですっ」
「「私達は一つになり、共に人類の脅威のために立ち上がりましょうっ!」」
絶望が支配する戦場に、幼い少女達の声が響き渡る。
人類の尊厳を信じるその気高き思いと、幼い可憐な少女達の姿に人間国家の兵士達や闇の勢力の兵士達は、心打たれたように逃げ掛けていた足を止め、反撃を開始した。
数千年続いたわだかまりと偏見は簡単には消えないだろう。だが、まだ四~五歳ほどの少女達が危険な戦場に立ち戦おうとしている姿を見て、兵士達の心の奥に何か新しい時代の息吹のような“想い”を灯した。
人類は魔王や悪魔などに負けない。未来を勝ち取るために兵士達はかつて敵だった者の横に立ち、人類の敵に共に立ち向かうのだ。
「……どうなってるの」
国家連合軍作戦司令部の天幕から、セフィラはその光景を呆然と見つめていた。
自分達こそが最上であるとそれ以外を貶めてきた彼らが、【魔王】そして【悪魔】と言う“外敵”に対し、手を取り合い、助け合いながら一つとなって立ち向かっていた。
それは、ある意味ではセフィラが目指した“優しい世界”そのものであったが。
「……違う」
だがこれは、セフィラが目指した『全てが平等で優しい世界』とは違っていた。
ずっと……ずっと長い時間を掛けて、セフィラは人類を導こうとした。昔一度失敗したセフィラは、愚かな人類を永遠の平和に導くためには絶対的な“何か”が必要だと理解していた。
それはもうすぐ手が届くはずだった。それが……
「こんな結末は認めない……っ」
まるで、出来すぎたお芝居のようだ。
それに対して最後の足掻きではないが、セフィラがダークエルフの王女ネフルティアと接触し、聖女が連れていた若者達を始末しようと画策したのだが、それもどこからバレたのか、あの幼い双子の姫達に糾弾され、心を入れ替えた……根が単純な側近の女騎士の手に掛かり、ネフルティアはその若い命を散らした。
そんなことがあったにも関わらず……いや、逆にそれがあったからこそ、闇の勢力軍はすべて双子の姫の下に集い、本当の意味で人類軍が一つに纏まったのだ。
「……こんなことって」
セフィラは、まるで自分が巨大な“何か”に弄ばれているような感覚を覚える。
まるでそうなるのが“物語として当然”だとでも言うように、悪魔軍は新生人類軍に押されるように徐々に姿を消していった。
本来ならセフィラの思惑通りに戦況を動かすはずの【勇者】達の姿はなく、勇者達が戦場から逃げたという“怪情報”まで広まっている。
「…………」
そしてセフィラは一人、配下の者に何も告げず戦場から姿を消した。
向かう場所は、勇者達が導かれるように集う場所。
セフィラの最後の望みが叶う、【始まりの地】へ……。
***
「あいつ、どこまで逃げるつもりよ」
大地の勇者カンゾーは、裏切り者の炎の勇者ミンキチを追って、人間国家と闇の勢力を隔てる山脈の洞穴を進んでいた。
カンゾーはミンキチの裏切りが水の勇者の奸計だと気付いていたが、追い詰められてなりふり構わなくなったミンキチが、勇者達が過去に犯した“罪”を暴露する前に、確実に始末するためにここまで追ってきたのだ。
だが、さすがは勇者と言うことか、ここまで追い詰めていながらカンゾーのパーティはミンキチのパーティを捕捉しきれずにいた。
「カンゾー様、ここは二手に分かれて追い詰めてはどうでしょうか? この洞穴の地理情報は調べてあります。上手く行けば先回りして挟み撃ちに出来るでしょう」
「……そうね」
どうしてミンキチが途中から闇の勢力に向かったのか分からないが、もしかしたら闇の勢力側に何かしらの軍備を隠し持っているのかも知れない。
ただでさえ人間国家軍が今まで侵攻出来なかったほど入り組んだ洞穴で、ミンキチのパーティはどこからか案内でも得たように迷わずに進んでいる。
それに……
「あなたがそう言うのなら任せるわ」
以前は、表面上だけ従っているようなパーティの副官だったが、あの聖女と出会ったエルダーリッチのダンジョンから彼は“人”が変わったかのように有能になり、カンゾーに対して誠実に接するようになった。
それはこの戦いが終わったら、自分の寵愛を与えても良いと思えるくらい……
(……いえ、私にはノアきゅんがいるんだから、浮気は良くないわね)
カンゾーは一瞬浮かんだ考えを、頭を振って振り払い、信頼出来る副官の案を了承する。
「任せるわっ。必ずミンキチを始末するわよ」
「はっ」
カンゾーのパーティは二手に分かれてミンキチの後を追った。
普通ならこの入り組んだ洞穴で二手に分かれるのは愚策にも思えるが、大地の勇者であるカンゾーは、ゲンブル国に伝わる【勇者の秘術】によって、離れていてもある程度は自分達のパーティの位置を特定することが出来た。
副官が得た地理情報がどこからもたらされたのか知らないが、彼は正確にミンキチのパーティを追い詰めるべく移動している。
「……なっ!?」
ところが、その副官を含めた四名の反応が唐突に消滅した。
一瞬、ミンキチのパーティの襲撃を受けたか、洞穴にいる魔物にでも襲われたのかと思ったが、副官を含めたカンゾーのパーティメンバーはゲンブル国でもかなりの使い手揃いの騎士達だ。何の戦闘もなく移動中に一瞬で消えるなんてあり得ない。
「……彼らが消えた位置まで行くわよ」
「「「はっ」」」
カンゾーの声に、三名の騎士がわずかに狼狽えつつも声を揃えて返した。
入り組んだ洞穴を縫うように進んで数分後……
「カンゾー様、あれをっ」
「なんてこと……」
副官と一緒にいた若い騎士の一人が、無惨な死体となって転がっていた。
「一人だけ……?」
「何にやられたのでしょうか……? こんな…」
その亡くなった騎士は恐怖に引き攣った顔で、心臓を貪り食われたように抉られて死んでいた。
騎士をこんな無残に殺せる魔物が居るのか? それとも魔物に襲われたように見せかけてミンキチ達に襲われたのか。疑ってみれば限りもなく、この死体が自分達をおびき寄せる罠とも限らない。
「すぐ移動するわ。まずは副官達が消えた場所へ」
「「はっ」」
……まだ、気付かない。
苛立つ焦る感情を胸に抱き、カンゾーは洞穴を駆け抜ける。
「またっ!」
そしてまた一人の騎士の死体を発見する。
今度は剣を抜いていたが、その剣には打ち合わせた跡も斬った跡もなく、その騎士は首を後ろ向きにへし折られて死亡していた。
「もぉっ、何が起きているのっ!? すぐ行くわよっ」
「はっ」
そうしてカンゾーと騎士の二人は、副官が消えた場所まで到着した。
「……なんだって言うのよ」
そこにも一人の騎士の死体が転がっていた。
その騎士はカンゾーのパーティでも古参で、家の格さえ足りていれば彼がパーティの副官となっていてもおかしくない程の強い騎士だった。
そんな彼が子供のように泣きじゃくった怯えた顔で死に絶えていた。一体どうすればこうなるのか? 一体この洞穴で何が起きているのか?
「………なんで」
そこまできてカンゾーは、自分が一人きりになっている事にようやく気がついた。
カンゾーは両手持ちの魔力剣を抜き放ち、周囲を警戒する。
「……そこっ!」
一瞬で振りかぶり、カンゾーは大剣を小枝のように振り回して、洞穴の闇に向け衝撃波を放つ。
ザシン……ッ。
何か生き物を斬った音ではない。外れて岩肌を抉った音でもない。
剣や鎧のような硬質なモノではなく、何かに“優しく”受け止められた。
「出てきなさいっ!」
それだけで相手が最低でも英雄級……もしかすると自分と同じ【勇者級】に近い実力があると見抜き、カンゾーは相手の出方を見る振りをして身体強化や補助呪文を自分に掛けていった。
「おや、勇者様ではありませんか」
感情が少ないながらどこか暢気に聞こえる、そんな声が聞こえた。
闇の中から闇よりも黒い漆黒のメイド服に純白のエプロンドレスを纏った、縦巻き金髪ロールの少女が、まるで散歩途中に偶然出会ったように突然現れたのだ。
「……あ、あんた」
「お久しぶりでございます」
黄金の聖女の従者。ユールシアの専属侍女。ティナ。
顔見知りであり、友人の従者ながらその実力が高いとは聞いている相手だが、こんな不自然きわまりない再会はあり得ない。
「あんた、ユルが大変な状況なのに、何をしているの……?」
彼女の主であるユールシアは、聖女として清らかすぎたせいかその力を取り込まれ、闇に飲み込まれて、あらゆる生き物の天敵である【魔王】となってしまった。
終わることのない争いを続ける人類に対する“罪”なのか……。
そうなってしまった経緯は不明だが、あの邪悪な気配と破滅的な力の奔流は、本当に魔王と呼ばれるに相応しい存在だった。
そんな主を救い出すために、ティナ達従者は戦場で戦っていたはずだ。
「はい、我が主様は、瑞樹様や燈火様、ほか二匹の手により、可愛らしいペットである双子ちゃんの手を借りて救い出される予定になっております」
「……………はぁ?」
何やら酷い言いぐさだが、その内容の歪さにカンゾーは警戒を強くする。
「……それで、あんたは何をしているの?」
カンゾーは大剣を構えてジリジリと自分の有利な場所に移動する。
大剣を活かせる広い場所。岩よりも自在に動かせる土や砂がある場所……。そんなあからさまに警戒するカンゾーを目の前にして、ティナは最初に現れた時から腰の前で手を合わせたまま身じろぎさえしていない。
……いや、それはおかしい。
カンゾーは移動している。それなのに身じろぎさえしていないはずのティナが、必ずカンゾーの真正面を向いていた。
「私が何をしているか……でしたね」
ティナはカンゾーに問われた言葉を思い出したようにわずかに首を傾げて。
「そろそろ、カンゾー様の魂を収穫する時期かと」
その言葉の意味。まるで家庭菜園のプチトマトでも収穫するような口調に、カンゾーは溜めていた魔力を一気に解き放った。
「やっぱり、何かに憑かれていたのねっ!」
光の精霊の力を借りた渾身の一撃。その衝撃波の斬撃をティナは横向きになるようにして躱した。
「……やはり小さいほうが優れているのです」
もしティナにファニー並の胸部装甲が装備されていたら掠っていたかも知れない。
そう呟いて自分を納得させるティナに、渾身の一撃をあっさり躱されたカンゾーが牙を剥き出すように歯噛みする。
カンゾーはティナが、ユールシアと同じように【邪悪なる力】に憑依されたのだと考えた。意味の分からない台詞を口走っているのがその証拠だと思ったのだ。
かなり強力な【邪悪】に憑依されているようだったが、ユールシアが【魔王】となった時と同様に、脅威には思っていても最終的に負けるとは考えていなかった。
何かに憑依されたモノは、完全に支配されるまでかなりの時間が掛かる。ユールシアのような【聖女】と呼ばれる存在なら、完全に支配された時の脅威は絶望を感じるほどだが、それ故に支配に時間も掛かり、場合によっては救い出せることもある。
だが、何かがおかしい。
憑依されて完全に支配されていない故の思考の混乱かと思ったが、先ほどティナは、ユールシアが救い出される“予定”だと言っていた。
「……まあいいわ。私はあんたを救い出すなんて面倒なことはしないわよっ!」
「……良く分かりませんね」
叫びながら剣を振り魔法を放つカンゾーに、ティナはそれを躱しながら微かに首を傾げた。
バチンッ!
そして、十年以上勇者として戦ってきたカンゾーの剣がついにティナを捉え、光の魔力が込められた一撃を、ティナは魔力を込めた拳で叩いてそれを逸らした。
「この化け物が! やっぱりあんたが仲間達も手に掛けたのねっ!」
「…………」
剣を弾いた左手が光の魔力で焼け焦げ、ティナは形の良い眉を顰める。
ティナは自分が傷つけられるとは思わず驚いていたが、それはカンゾーも同様でその驚き具合で言えばティナを遙かに上回っていた。
カンゾー達【勇者】は、パーティ戦ならかなり強力な魔物でも倒せる。
光の精霊の加護。物質界という人間に有利な環境。長年強力な敵と戦ってきた人間の歴史。その戦闘技術と連携の妙。それらの総合戦闘力は【邪竜】や【エルダーリッチ】【真祖系吸血鬼】【大悪魔】のような伝説級の強大な魔物とさえも互角に戦えた。
現在単独であるカンゾーだが、十年以上の勇者としての戦闘経験と、【勇者の秘術】を中心とした鍛え上げた【戦闘スキル】の恩恵がある。
特に【戦闘スキル】は、自分で意識しなくても慣れれば自動で剣を振り、自動で防御し、最大最適の戦果を得られるのだ。
スキルのない他の世界ならともかく、【スキル】があるこの世界では、たとえ相手が伝説級でもカンゾーは互角に戦えるはずだ。
「そろそろですか」
「なにっ」
カンゾーは突然、自分の剣が遅くなったように感じた。
ティナは『そろそろ』と言っていた。彼女が何かしたのか? 無味無臭の毒のようなものを使っているのか? それとも呪いのような邪術を掛けられたのか?
ガシッ!
「なっ!」
先ほどと同じように光の魔力を込めての一撃を、ティナが素手で受け止めていた。
それでも威力を止めきれなかったのか、受け止めた手が焼け焦げているが、ティナはわずかに眉を顰める程度で大きな痛痒を受けたようには見えない。
「痛いですね。でも、先ほどまでよりずっと甘い」
「あ、あんた……」
確かに何らかの影響で体調がおかしくなっているようだが、それでも邪悪に憑依された程度の“人間”に素手で受け止められるはずがない。
「どうですか? 使えるモノが使えなくなった感想は?」
「なにをっ」
不利になった状況を見透かすような、意味不明の言葉。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そんな中で必死に筋力を振り絞り、あるはずの【剣スキル】を使用して、カンゾーは【剣技】を放とうとしたが発動しない。
そんな必死な足掻きを続けるカンゾーに、ずっと無表情だったティナが、耳元まで吊り上がる悪魔のような人間には不可能な笑みを浮かべた。
「カンゾー様は憑依とか勘違いしていましたね。内緒ですが私……悪魔ですよ?」
ティナの巻き髪が数百匹の金色の蛇へと変わり、その急激な変貌と明かされた正体に顔を引き攣らせるカンゾーの目の前で、大地さえも腐らせるような膨大な障気と魔力が荒れ狂う。
「ひっ、」
それでもまともな【大悪魔】ならば、まだカンゾーも対処出来ていたはずだ。
だが今の相手であるティナは、魔神によって魔改造された【大悪魔】の中でも上位の個体なのだ。
障気で腐った大剣を握り潰され、通常の【大悪魔】よりも強大な障気を受けたカンゾーは、全身をズタズタに引き裂かれて、悲鳴をあげることも出来ずに洞穴の奥底の闇へと落ちていった。
次回、邪悪な道化師の悪夢が、可憐な炎の勇者を襲う!





