4-15 勇者の秘術 ②
遅れました。本日二話目です。
「ひ、姫しゃまっ、わたひが城内までご案内いたしましゅっ!」
ダークエルフの女性騎士さんが、どう見ても普通の人間にしか見えないはずの私に敬礼をして、盛大に噛みながら案内を申し出てくれた。
また怖がられたけど私のせいじゃないよっ。ギアスのせいだよっ。……多分。
「おねーちゃん、ばいばーい」
「うん、ばいばーい」
あの小さな女の子がお兄ちゃんに抱っこされて私に手を振ってくれるので、私もニッコリ笑顔で手を振り返す。病弱そうだったので、ちゃんと乾燥ワカメもいっぱいお兄ちゃんに渡しておきました。
女の子の耳と目は塞いだけど、男の子は目撃しちゃったので視線が猫に悪戯されたマウスの矢印のように飛び回っている。
一応ギアスには、街中で食べるのは止めなさいと言ってあったので、ポカポカ殴るだけで済んだけど、飛び散る血飛沫は子供にはきつかったようです。
でも助かったわ。遠くにお城が見えたので近道しようとしたら思いっきり迷っちゃったのですもの。
ちょっと不安になったので思わず気配を撒き散らしてしまっていたから、一般人を驚かせてしまったのかと思ったのですけど、半分は一般市民とは言えなかったからギリギリセーフだと思います。
「そ、それではご案内いたしまふ」
「ええ、よろしくお願いね。でも……どうして案内していただけるの?」
「そ、それは、そのクマ…さんの魔道具は、姫殿下のお膝でお見かけしたことがありますので……」
ああ、なるほど。だからそのギアスが懐いている私も関係者だと思った訳ね。
この子、真面目だなぁ……。
生真面目で、ダークエルフで、女騎士で、可愛い……。こういう子良いなぁ。なにやら最近荒んだ心のやり取りしかなかったので癒されます。
「っ!」
突然、女性騎士さんの顔が盛大に引き攣った。
「あら…? どうかしました?」
「い、いえ……、申し訳ございません」
……いや、原因は分かっているんですけどね。人が微笑ましく思って浮かべた笑顔に驚くとか、あんまりではありませんか。
今の彼女は、偶然森の中で飢えたヒグマに出会った小型犬のように可愛らしいけど、顔が真っ赤になるほど心拍数が上がるまで怯えられると、ちゃんと騎士のお仕事が出来るのか心配になります。
*
お城に案内されて中に入ると、女性騎士さんはある一定の場所から進めなくなったらしく、彼女にはそこで戻って貰った。
あの騎士さんは可愛かったので、姫殿下ちゃんとやらに会ったら出世出来るように推しておきましょう。
それにしても、結界……かな? 聖属性の結界ではないけど、【神霊語】でもないし私が知らない術式のような感じがする。
近いところだと……【勇者の秘術】? でもなんか違う。
『ガウガウ』
「うん、ここからはギアスが案内するのね」
誰も近寄れないからか、人気のない通路をギアスに先導されて進む。
こういう所こそ執事バージョンのギアスで案内して欲しいんですけど、よほどエネルギーを使うのか、人化が不完全なのか、まだヌイグルミのままです。
カツン…ッ。
ヒールが大理石っぽい床と音を立てて私が足を止めると、通路の先にある闇の中から小さな黒い影が二つ現れた。
「ようこそ」
「いらっしゃいました」
「「我らが女王様」」
女王様……っ!? 姫から女王にランクアップですっ、じゃなくってっ。
現れたのは、まだ五歳くらいのそっくりな二人の幼女。仄かに輝くような褐色の肌。ちょっぴり垂れ下がった長い耳。
髪の色が綺麗に金色と銀色で分かれているのに、印象と顔立ちは驚くほど良く似ている。……双子ってこんな感じなんだね。
やばい……めっちゃ可愛い。
ギアスと恩坐くんを抱っこさせて、ゴシック風のソファに座らせてみたいなぁ。
「「女王様…?」」
失敬、……意識が飛んでいましたっ。
「……あなた達、お名前は?」
「はい、私はネフィで」
「私はリミィと申します」
金の子がネフィで銀の子がリミィね。
「私はユールシアよ。……ところでその“女王様”って?」
「「はい、魔の神様よりそのお隣に立つ方だと窺いましたので、女王様です」」
「いやいやいやいや、普通に名前で呼んでもいいのよぉ?」
彼女達と目線を会わせてお願いしてみる。
色々と今まで恥ずかしい名前で呼ばれたけど、これもなかなかにきついものがあります。……魔の神ってリンネでしょ? 何を言ってんのよ、あいつ。
「お気に召しませんか……?」
「でしたら、女神様と…」
「いやいやいやいや……」
さらにランクアップしてどうするっ。
この子達、すっごく可愛いのに、リンネの奴、何を吹き込んだの!?
「いいじゃねーか、好意で呼んでるんだから好きにさせなよ、姫さん」
「……………は?」
唐突に闇の中から誰かが声を掛けてきた。
いくら私が探査系が苦手でも、こんな近くに寄られるまで気付かないなんて……。
「……あなたは」
姿を見せたのは、三十歳くらいの男性だった。
短く切った黒い髪。長身で細身だけど鍛えていると分かる肩幅の広い身体。
顔立ちは整っているけど、だらしなく着崩した騎士の礼服に無精髭が台無しにして、それでいて奇妙に似合っていた。
……って言うか、ここまできてボケたりしない。
「なにしてんの、恩坐くん……」
「おお、やっぱ姫さんは分かるかっ。やっぱご主人だけあるなっ」
せっかく可愛らしいウサギにしたのに、なんでまた無精髭なんだよ。毟るぞ。
でも『姫さん』? 『ご主人』? そりゃまぁ今更『柚子』とか呼ばれても悪魔的に困るんですけど、もしかして……
「恩坐くん、【私】が誰か分かってる……?」
「はぁ? んなもん俺らの“主様”だろ? ギアスはお嬢とか呼んでたけどなっ」
「……なるほどね」
まだ人間の頃の記憶はほとんど戻っていないのか。
リンネも悪魔転生して人間の頃の記憶があるのは珍しいって言ってたしね。ギアスはギアスであれも転生慣れしているから規格外だ。
「ギアスはまた戻っちまったのか?」
『ガウガウ』
「そりゃ仕方ねぇな、ははは」
さっぱりわからん。
まぁ、この所帯じみた感じのお調子者は、間違いなく恩坐くんだな。
「それでよぉ、おっと城下町で安い酒見つけたんだが、ギアスも飲むだろ」
『ガウ』
「ていっ」
「どわぁあああああああああああああああっ!?」
突然私を放置して酒盛りを始めた二人をデコピンで吹き飛ばした。……少々力加減を間違って子供達に怯えられましたけど。
「お酒の飲み過ぎは駄目よ、って前に言わなかったっけ?」
あれ? 言ったのは小学生の頃だっけ?
吹き飛ばした恩坐くんは額を押さえながら若干涙目で立ち上がると、ぶーぶー不満げな顔を私に向ける。
「だからお前は身体が弱いんだからそう言うの止めろって、俺も前に言っただろおっ」
「………ふぅ~ん」
……前に…ね。
恩坐くんが相手だと気兼ねが無くなるなぁ。
久しぶりの“じゃれ合い”はさておき、確認したいことがある。
「それで恩坐くん、リンネのことなんだけど」
「お、おう、相変わらずいきなり話題が変わるな。リンネの旦那は玉座にいる。俺もいつまでこの姿を保てるか分からんから、歩きながら話すぞ」
「了解」
やっぱり制限ありか。
ネフィとリミィはまだ小さいのでギアスに面倒を見てもらい、私達は多少早歩きで玉座のある場所まで進んでいく。
「俺達の【人化】は、闇の勢力にあった【最初の勇者】が残した【勇者の秘術】を解析したものだ」
「最初の勇者……? なんでそんなものが闇の勢力に?」
「詳しくはノアが知ってると思うぜ、あいつが解析したからな」
あの子は……。また何か企んでいるのか。
「俺とギアスは魔力値が低いから、ある意味安定しているが、旦那は姫さんより魔力がデカいだろ? 進軍途中で暗殺された獣人の王子を依り代に使って安定させようとしたらしいが、それでもまだ駄目だ」
「駄目って……大丈夫なんでしょうね? 何か解決方法があるの?」
「ノアが言うには、大量の生け贄を用意して、通常の顕現状態にするのが手っ取り早いって言ってたな」
企んでいたのは、戦争激化か……。単純に魂は集まるけど、私の趣味じゃない。後でお仕置きかな。
「後は、最初の勇者が残した最後の部分に何かあるって言ってたぜ」
「ノアはそれを調べているの?」
「いや、俺らではそれ以上無理だった。純粋な悪魔のノアでも、魔力の低い俺やギアスでも無理だったから」
「ふむ……」
あとは、非常識な私か。……自分で言ってて悲しくなるけど。
「着いたぜ」
「………」
ギギィイ~~……と大扉を恩坐くんが押し開けると、その奥に玉座に座った人影が見えた。
「……恩坐くん」
「なんだ、姫さん」
私はニコリと微笑んで恩坐くんの耳を引っ張った。
「なんで、子供になっているのよ? しかも猫耳まで付いているじゃないかっ」
玉座に腰を下ろしたリンネ……うん、多分リンネは、思いっきりショタってた。
なんでこうなった? なんで猫耳ついてるのっ?
「いてててて、何でって……旦那は元々付いていただろ?」
「そりゃそうだけどっ」
「外見が縮んだのは依り代のせいもあるが、安定すればデカくなるんじゃないのか?」
こいつ適当だな……。
「………」
私はゆっくりとリンネに向かって歩いて行く。
「おい、姫さん、待てっ」
「っ!?」
静電気みたいにバチッとして、思わず手を引っ込める。
「すまん、言い忘れた。今は旦那の意識が曖昧で安定するまで眠っている感じなんだ。だから旦那とちびっ子達がすげぇ結界を張ってる。目が覚めるまで解けないし、姫さんでも無理に近寄ると危ないぞ」
「……私を呼んでいたんじゃないの?」
「それは旦那が、姫さんの名を呼んでいたから…」
「…………」
「お、おいっ!?」
私は恩坐くんの声を無視して足を進める。
「……リンネ」
私ね、ちょっと怒ってるんだよ。勝手なことして危ないじゃない。
この地に来たのは、契約した子供を護る為? それとも私に会う為……?
進むたびに静電気のような衝撃が電撃並みの激しさに変わる。【大悪魔】クラスでも半分も進まないうちに消滅してしまうほどきつい。
「姫さんっ!」
最初に私の髪留めが消滅して髪の毛が大きく広がる。
その次は聖遺物級のドレスが耐えきれなくなって、袖が燃え始めた。
恩坐くんが駆け寄ってこようとしているけど、私が魔力で押し返しておいた。
「…………」
バチバチ弾ける痛みと、全身が燃え上がる熱を我慢しながら、私は玉座まで辿り着いて目を閉じているリンネの頬に両手を添えた。
「待っててね。私がすぐに起こしてあげるから」
私が人間世界に居ると我が儘を言ったから、リンネはそれに付き合う為に人の姿を求めた。リンネほどの悪魔が、人の姿を得るほどの依り代を得て顕現するのはとても難しいのに……。
『…………』
私が燃えながら軽くリンネの頬を抓ると、少しだけ瞼を開けた気がした。
「すぐだからね」
私が最後にそう言って玉座から離れると、魔力を吸ってドレスが瞬く間に再生する。
「恩坐、ギアスと付いてきなさい。これから闇の勢力の本拠地へ向かいます」
恩坐くんは恩坐くんですね。
次回は、闇の勢力の本拠地です。





