4-14 勇者の秘術 ①
少々長くなりそうなので二分割します。
闇の勢力に占拠されたテルーザの王都は、誰もが想像したように荒れ果ててはいなかった。それどころか街は表面上ほとんど変わってさえいないようにも見える。
もちろん、流通が止まり物資が滞っているのだから元々の生活に比べれば活気はないのだろうが、街中では市民が出歩き、路地からは子供の遊び声も聞こえた。
そう言った意味では逆に治安は良くなっている。以前であったならば王都とは言え、路地から続く裏通りには柄の悪い者達がいたはずだから。
王都を巡回しているのは、ダークエルフや獣人の兵士達。
本来なら侵略してきた兵士達なのだから住民は怯えそうなものだが、偏見のある大人はともかく、子供達は興味津々な様子で瞳を向けている。
それとは逆に兵士達の顔には精彩がない。どちらかというと困惑し、怯えているようにさえ見えた。
闇エルフの双子の王女達。
長らく虐げられて放置されていた彼女達は人間に何の悪意も持っておらず、それどころか軍に住民へ危害を与えることを禁止した。
もちろんそれに反抗して人間から財と女を略奪しようとした将校もいたが、それらはすべて王女配下の“ヌイグルミ”達によって無残な屍を晒し、兵達は恐怖によって命令を守ることしかできなかったのである。
「……どうなってんの」
そんな兵士達の中にティーラと言うダークエルフの女騎士がいた。
今年百歳……人間で言えば二十歳そこそこの小娘でしかない彼女は、幼い頃から親や集落の長老達に人間の卑劣さや醜さを聞かされて育った。
勇者の卑怯な罠に掛かり、この極寒の地に閉じ込められたのだと当時の苦労を涙混じりに語られたが、五百歳程度の寿命しかないダークエルフがどうして千年以上前のことを昨日のことのように語っているのだと突っ込める空気でもなかった。
それは闇の勢力では、どの集落でも当たり前に行われていた事で、そんな中で育った子供達は当然のように人間に憎しみを抱くようになる。
ティーラは困惑していた。
彼女は人間がどんなに非道な種族だとしても、王家に仕える騎士として住民に酷いことをしようとは思っていない。
それでも人間種族は恐ろしいものだと思い込んでいた彼女は、こちらから手を出すことを禁じられて住民達と関わることを恐れた。
それなのに、彼女の長い耳や艶やかな褐色の肌が珍しいのか、出歩くたびに子供達が纏わり付いてきた。
異界の知識によって、ダークエルフの女騎士は肌面積の多い鎧を着なければいけないと言う伝統があり、そこを幼い子供達に肌をペタペタ触られても、さすがにぶん殴る訳にもいかずに困惑することしかできなかった。
それだけならまだ良かったのだが、最近になって幼児達の世話をしていたらしい、まだ十歳ほどの可愛らしい少年から熱い視線を受けるようになったのだ。
純粋無垢な厚意と好意を向けるキラキラした瞳に、ティーラは大変困惑していたが、それでも悪い気はしない。
徐々にだが次第に会話をするようになり、少年とも打ち解けて悩みなどを聞かせてくれるようにもなった。
「ボクには小さい妹がいるのですが、風邪を引きやすくて……」
「そうなのか……」
この国は大量に出来て保存が利く芋が主食なので飢えることはなかったが、流通が止まったせいで食事のバランスが悪くなり、小さな子供は風邪を引きやすくなっているらしい。
「だからボクは、大きくなったら料理人になって、お嫁さんと一緒に美味しいご飯を出すお店をするんですっ」
「そ、そうなのか」
少年の熱い視線と“お嫁さん”と言う単語に、一瞬だが大人になった少年と一緒に店に立つ自分を想像してしまい、まだこんな子供に自分は何を考えているのだと、ティーラは自分の妄想に動揺してしまう。
だが、現時点ではまだしも、エルフである彼女ならば10年後では有り得ない話ではないのだ。
褐色の肌をほんのりと赤く染めて、誤魔化すように憮然とした態度を取るティーラの耳に遠くから悲鳴のような声が聞こえた。
「い、妹の声ですっ!」
「なにっ!?」
ティーラと少年が薄暗い路地を駆け抜けて悲鳴が聞こえた場所に向かうと、そこには四~五歳ほどの気を失った幼女を担ぎ上げた二人の人間が見えた。
「何をやっているっ!」
「げ、黒エルフっ」
「ち、近寄るんじゃねぇっ!」
人間の男達はティーラを見て、幼女にナイフを突きつける。
「い、妹を放せっ」
「うるせぇっ! こいつらのせいで俺達ゃあ、金が稼げねぇんだよっ!」
見るからに柄の悪そうな男達は、この国の裏社会の人間だろう。
ティーラ達騎士や兵士は、人間に手出し禁止を命じられてはいたが犯罪者だけは積極的に狩るように言われていた。
冤罪を擦り付けての一般人への虐待は処罰される為、兵士達は鬱憤を晴らすように犯罪者を殺していった。そこに裁判はなく言い逃れも効かない。
そのせいで一部の市民からは感謝され、今まで憲兵に賄賂を渡していた犯罪者などが通報され始めると、裏社会の人間は何も出来なくなっていった。
「この国から逃げるんだよっ、元手がいるんだっ」
聞かれてもいないのに自白し始めた男達によると、子供を誘拐して他国に逃げて売り払うつもりだったらしい。
「……逃げた先で誘拐したほうが楽ではないのか?」
「………………うるせぇっ!!!」
しかも短絡的犯行だったようだ。
「さあ人間の犯罪者めっ、大人しくその子供を放せっ」
「よ、寄るなっ、このガキがどうなってもいいのかっ!」
「……くっ」
思わず躊躇するティーラに、自分で言っておきながら、まさかダークエルフが人間の子供に気を掛けるとは思わなかった男達は呆気にとられ、それを理解するとニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「……黒エルフにしちゃあ、いい女じゃねぇか。このガキを傷つけられたくなかったら武器を捨てろっ、……いや、鎧も服も全部脱ぎなっ」
「ひっひっひ、お前も売っ払ってやるぜ、俺達が可愛がった後でなっ!」
「な、なんだとっ」
ティーラはジロジロと見られる剥き出しの二の腕や太股を手で隠しながら、こんな露出度の高い鎧を採用した、異世界から来たという千年前の魔王を恨んだ。
「お、おねえさん……」
「くっ」
不安そうな顔をする少年の前でこのまま辱めを受けるか、少年の妹を見捨てて卑劣な男達を倒すか。
少し前の自分なら卑怯な男達に怒りながらも少女を見捨てただろう。
「………」
けれど……ティーラは優しく少年に微笑むと、その手の中の武器を地面に捨てようとした。
ギシ……ッ。
唐突に空気が軋むような音が聞こえた。
「「「「…………」」」」
何も変わらない。何もおかしなところはない。
ただその場にいた全員が悪寒を感じて、ゾッとしたように身を震わせた。
何かがいる。何かが近づいてくる。
それが“何か”も、どうして寒気を感じたのかも分からず、全員が錆びたブリキ人形のようにある方角へ顔を横に向けると、あり得ないものが近づいてくるのが見えた。
陽にかざした黄金のように煌めく金色の髪。
見たこともない上質な艶を見せる黒と銀のドレス。
絹のように滑らかで白い肌に完璧に配置された秀麗な顔立ち。
その冷たい人形のような美貌の中で、すべてを射貫くような金色の瞳。
まだ十代前半の奇跡のように美しい少女。
だが、彼女は本当に人間なのか……? いや……本当にこの世の生き物なのか?
その美しさに蕩けそうになる心を、その奥底から沸き上がる『異物への恐怖』が凍らせ、我知らずティーラの足を一歩下がらせた。
人間では気付かなかったかも知れないが、闇の世界で生きるダークエルフとしての鋭敏な感覚が、自分の魂を護ろうと本能的にティーラの足を下がらせたのだ。
凍り付いた世界の中で、少女は唯一動いたティーラに向けてそっと微笑みを浮かべると、それと同時に凍り付いた世界が動き出す。
「……あれぇ」
どこか寝ぼけたような幼女の声に、全員がまるで魅了されていたような状態から正気を取り戻した。
「……え? あ?」
いつの間にか幼女は金色の少女の腕に抱かれ、その少女と自分の腕を何度も見直した誘拐犯の男は、こぼれ落ちそうな見開いた目で少女を見つめる。
本当にいつ幼女が移動したのか誰も気付かなかった。
次第に現状を思い出したのか泣き出しそうになる幼女に、金色の少女の背中から現れたクマのヌイグルミが頭を撫でる。
『ガウガウ』
「くましゃん……」
「あなた大丈夫?」
少女が……今までのことが悪夢だったように優しげに微笑むと、幼女は少女の顔を驚いたように見つめた後にニッコリと笑った。
「うん、おねーちゃんっ」
その唐突なまでの緩んだ空気に、兄である少年が脱力したようにへたり込んだ。
「……な、なんだ、てみぃえはっ!?」
舌が回っていない。
その乱暴な物言いに、金色の少女がわずかに眉を顰めると。
「そいつは誘拐犯だっ、気をつけ…」
嫌な予感がしまくったティーラがその言葉を言い切る前に、金色の少女が幼女の目と耳を塞ぎ、
『ガウ』
可愛らしいクマのヌイグルミが二人の誘拐犯に飛びかかった。
できれば再会まで書きたかったので、後半は昼までに投稿します。





