4-11 迷子になりました ②
「ユールシア様、僭越ながら、わたくしがご案内させていただきますね」
「ええ、よろしくお願いしますわ、セフィラ」
案内するというセフィラと一緒に、私はその難民キャンプ的な場所に向かうことになりました。
彼女は、……えーっとまぁ厳密には“彼女”ではないんですけど、便宜上ややこしいのでそう呼ぶことにして、彼女は自分の部下に何か“命令”ではなく“お願い”して指示を出すと、男性の兵士達は『仕方ないなぁ』って感じを醸し出しながらも、顔がニヤけていたりデレデレしていたりする。……凄いな。色々な意味で。
セフィラ。あなたのその特盛りサイズの胸部には何が詰まっているのですか?
夢ですか? 愛ですか? 肉まんですか? 大穴でメロンですか?
「改造だねぇ」
「え………?」
私の荷物を積み込んでいたファニーが何の感慨もなく爆弾発言をした。
その内容も吃驚だけど、ファニーちゃん、私は君の鑑定眼にもの申したい。……何か悪魔的な能力なの? 【ナイトメア】ってそんなこと出来るの? って言うか、私いま声に出していなかったよね?
だんだん、うちの子達が【大悪魔】の常識から逸脱してきているような気がしています。出来れば悪魔として真っ当な子に育って欲しい。
まったく誰に似たのかしら……?
どんな改造で“夢”を詰め込んでいるのか知らないけど、セフィラは私の目から見ても不自然さがまるでない。
一応言っておきますが、“女性”としてですよ?
私だって年頃の乙女ですので、そう言う方面に興味がない訳でもないですけど、年がら年中、男子中学生並みに胸部装甲のことを考えている訳ではない。
ちなみに私のお母様の装甲は、対人戦を想定した防御力しかない。
だが、しかしっ、お父様のお姉様である伯母様の胸部装甲は、対戦車装甲並の防御力を誇っていた。
そちら側の血を引いている私は、将来的にあそこまでの防御力は無いとしても、エアバック並みの安心感と安定感を得られるであろうと期待している。
別に関係ありませんが、唐突に豆乳が飲みたくなりましたね。あれの成分は成長期に摂取すると効果的だそうですよ。
「あら、ユールシア様、どうかなされました?」
「車体の安全性と大豆の関係性を考察しておりました」
「まあ、ユールシア様は難しい学問を研究されているのですね。私どもの馬車も安全性は保証いたしますわ」
戻ってきたセフィラはそう言って華のように微笑む。
やっぱりどう見ても女性にしか見えない。
女性であることを理想とした完璧な振る舞いをするカンちゃんと違い、自然体で女性なのです。……まぁ多少あざといと言うか、そう言う部分もあるけど、普通の女の子もそう言うところがあるからね。
まぁ、色々と考えてもみたけど、ぶっちゃけ、どうでもいいことに今更ながら気がついた。
「それではユールシア様、こちらの事は万事お任せ下さい。すべては我らが主の望みのままに」
四人の従者達が整列して、ノアの言葉と共に跪く。
ノアがニヤリと薄く笑っていたけど、また変なこと企んでないでしょうね……?
それはそうと、こういう場合って単独で行動するお嬢様――私のことだよ?を心配するところじゃないかなぁ。
「ユルちゃん、一人で大丈夫…?」
「私よりも、これから戦場に向かう燈火や瑞樹のほうが心配ですけど」
見送りに来てくれた二人に、私はにっこりと笑顔を返す。
心配してくれるのは燈火と瑞樹の二人だけか……。大地と風太は私の実力を見ているのであちら側です。
戦力的にまったく問題ないのは確かなんだけど、ほら、私だって女の子なんだし、悪い奴とか寄ってくるかも知れないしぃ~。
ノアとファニーはまったく変わらず、ニアなんか護衛騎士のくせにまだ私が単独で動く意味を理解してない感じがする。
おや? ティナだけはちょっとそわそわしている。
この子は、職務にだけは有能だから、侍女として心配してくれているのかな? って気持ちで微笑ましくティナを見ると。
「………」
「………」
ティナは頬を赤くしてモジモジし始め、目を閉じて唇を突き出した。
そして私はその口に、無言でタコスルメの脚を5本程ねじ込む。
本気で訳が分からない。前から言っているけど、私にはそう言う趣味はないんだよ。
「さぁ、セフィラ、参りましょうか」
「え、…ええ」
何事もなかったように微笑む私と、リスのように頬を膨らませてぼりぼりとタコスルメを貪るティナを交互に見て、セフィラの顔が初めて引き攣っていたように見えた。
*
「それでその難民の方は、どのくらい居るのですか?」
「あ、申し訳ございませんっ、そう言えばお伝えしていませんでしたね」
現在私は、セフィラと二人きりで移動する馬車に乗っています。
私達に随従する兵士というか、セフィラの部下である国家連合軍勤務の人は三十名。もちろん女性の方も少数ながら居るのですが、若い女性同士のほうが話も弾むし、気楽で良いだろうと二人で馬車に乗り込むことになったのです。
……なんだろう、色々とツッコミたい。
ひょっとして他の人は、彼女の性別を知らないのでしょうか……? てっきり皆さんはそう言う趣味でも許容出来る人達かと思っていたのですけど。
「…で、男性は兵として残った方も居るので」
あ、話を聞いていなかった。
まぁ覚えている部分を要約すると、難民は千人ずつくらいのキャンプに分かれていて、一~二割が怪我や病気になっているので、皆さんを励まして欲しいみたいです。
また、アイドル慰問でしょうか?
……最近練習していないけど、上手に歌えるかしら? 歌ったこともないけど。
「……それで私は最近、考えるようになったのです。異世界の知識で、便利にはなっているのですが、民は本当に幸せなのかと」
あ、なんか、いつの間にか話題が変わってる。
私の悪魔としての特技で、頭の中で考えている最中も、私は優しい笑顔を浮かべて、話の切れ間切れ間に微かに頷くことが出来るのです。
ん? 悪魔関係ないかも。
「でもこの世界には【スキル】の恩恵がありますっ! 富める者も貧しき者も、スキルの恩恵は平等に与えられますっ。スキルさえあれば失敗することはほぼありません。この世界こそ、異世界で諦められた本当に平等な世界になるのですっ」
セフィラが何かエキサイトしております。誰か翻訳に掛けてくれ。
言いたいことは少しだけ理解できるけど、スキルだって平等じゃないんだけどなぁ。
一般スキルは努力で得られるから、そう言ってもいいような気もするけど、そのスキルレベルによって、作った物が同じ価値になってしまうのは不平等ではないの?
才能やセンスが無視される世界は文化が衰退する。
文化が衰退すれば、魂のレベルが下がる。
魂のレベルが下がれば、悪魔の食生活の質が落ちる。
……なんか、地球も魂的な意味でギリギリの崖っぷちだったけど、こっちの世界もあまり良くないみたいです。ご飯的にっ。
『野盗だぁああああっ!』
「ユールシア様っ!」
「ええ、聞こえましたわ」
唐突にごは……こほん、野盗が出たようです。
戦地近くだと本当に多いですね。多分前の時と同じ、食べるのに困った農村の人なのでしょうか?
そんなことを考えていると、馬車の扉が叩かれ、セフィラが外から聞こえた声に馬車の扉を開く。
「セフィラ様、どうやら武装盗賊のようです。応戦はしていますが……おそらくは」
「逃亡した兵士崩れですか? ……やっかいですね」
あ、そう言うのもいるのか。
小隊や中隊規模で戦場から逃亡して、指揮連携機能がそのまま残っているのなら、数にも寄るけど軍隊を相手にするようなものだ。
しかもこの報告に来たおじさんの顔を見ると、荒事に慣れているようにも見えない。
「私がその人達に対処しますか?」
私のその言葉に、セフィラと事務員みたいなおじさんが驚いた顔で振り返る。
「そ、そんな…」
「いけませんっ、聖女であるユールシア様がそんな危険なことをするなんてっ」
「……え」
いやいや、私って【勇者】に戦場で祝福を掛ける系なので、そんなことを言われても困るんですけど。
私が【輝聖槍】一発ぶちかませばそれで済むし、そうでなくても護衛の兵士さん達に加護を与えれば、野盗くらい平気なんだけどなぁ。
「別に私は…」
「いいえ、駄目ですっ。ユールシア様のような綺麗な姫に何かあったらどうするのですかっ。ここは我々にお任せ下さい。この馬車を先に逃がしますっ」
「え、あの、」
こちらの話をまったく聞かずに、言いたいことだけ言ってセフィラは馬車を降りてしまった。
バタンっと、扉が閉められて、ガチャッと鍵まで掛けられる。
ちょ、ちょっと、これでは何かあっても逃げられないじゃない。普通は内側から鍵を掛けるんじゃないの?
「…きゃっ」
そして突然走り出す馬車。
ちょっと今の悲鳴は乙女チックだったと思いませんか。いや、そうじゃなくて、どうなってるの? 本当にこの馬車だけ逃げているの?
私は揺れる馬車の中を移動して御者席の小窓を開けると、そこには一人の兵士が青い顔で必死に馬車を操っている姿が見えた。
「もし、…もしっ、御者の方っ」
『…………』
ダメだっ、聞こえてないっ。しかも兵士が一人だけかいっ。
「……はぁ~」
私は小窓を閉めると、小さく溜息を吐いてソファに腰を下ろす。
安全を保証するとか言っていませんでしたか? もういっそのこと馬車を破壊して外に出ようかしら。
お茶でも飲みたいところだけど、どんな場所でもティーセットをテーブルごと出してくれる便利なティナやファニーも居ないのよねぇ。
その前にあまりにも馬車が揺れすぎて、口を開くと舌を噛みそう。
さすぺんしょんが効いて無い。一体どこを走っているの?
時間にして10分? 15分? さすがにどうなっているのかと、もう一度御者席の小窓を開けようとしたら、
『ぎゃあああッ』
兵士の悲鳴のような声と、馬の鳴く声が聞こえて、馬車が大きく揺れて停まる。
「……いたた」
思わず尻餅をついてしまった私は腰を擦りながら立ち上がると、外から獣のような唸り声が聞こえてきた。
あ、やばい。
「兵士さんっ、だいじょ…」
『うぁあああああああああああああああああぁああぁぁぁぁぁ………』
聞こえてきたのは兵士の断末魔……ではなくて、次第に遠く離れて逃げていく、兵士の叫び声でした。
「……マジで?」
兵士が護衛対象を置いて逃げるとか、どうなっているの……?
それよりもそんな兵士が獣に囲まれている状態で、一人で逃げても生き残れると思っているのかしら?
私と居るほうが助かるのに……。もしかして、私が【聖女】と言われているのはセイル国のプロパガンダで、私はお飾りのお人形だと思われているのかも知れない。
……ちょっとだけイラついた。
その瞬間、馬車の周りにいた獣の唸り声が静まりかえる。
私が静かに扉の取っ手に手を掛けると、真鍮の取っ手が一瞬で砕けて崩壊した。
そして私が一歩外に出ると……
『ぎゃいんっ!?』
周りを取り囲んでいた数十頭の狼のような魔物の群れが悲痛な悲鳴をあげて遁走し、周辺の森から一斉に鳥が飛び立ち、四方へと散っていった。
「………あ」
やっちゃった。森の動物さん達まで威圧するつもりはなかったのに……、って森っ?ここってどこっ!?
怪しい展開です。
次回、迷子になったユルはどこへ向かうのか。そして出会う人物とは。





