1-06 夏休みになりました ②
余裕が出来たので本日二本目。
私は夏休みに入って暇な訳ですが、最近になって琴ちゃんの付き合いが悪い。
琴ちゃんも中学三年生。受験があるから夏期講習の後に図書館にでも寄っているのかと思ったら、そう言えば付属なので受験なんて有りません。
琴ちゃんったら暇を持て余す妹を放っておいて、何処に行っているのでしょう?
お父さんもお母さんも相変わらず忙しいし、お盆にどこか行くのかと思ったら、お祖父ちゃんは一昨年お祖母ちゃんを亡くしてから、親戚が集まるような騒がしいのが苦手になったそうな。
「そう言う訳なので、お兄ちゃん、行きましょう」
「良く分からないよっ?」
暇なのは大葉お兄ちゃんしかいないので仕方ありません。琴ちゃんが悪い男に引っかかっていたら大変ですから、調べなければいけないのです。
暇でどうしようもないからではありません。
「お、おう、そうだなっ」
妹思いの大葉お兄ちゃんもすぐに理解してくれました。
琴ちゃん、心配だな……。普通に新しいお友達が出来ただけなら良いんだけど、情が深い琴ちゃんだから、子持ちのおっさんとかに貢いでそうで不安です。
「………意外と辛口だな」
おっと、声に出てたみたい。お兄ちゃんの顔がちょっと引きつっていた。
そして次の日、大葉お兄ちゃんが夏期講習からダッシュで帰ってきて、……と言っても車で送迎されて帰ってきたので、ついでに運転手さんも巻き込んで、琴ちゃんの追跡に向かいます。
運転手さんの証言によると、以前お友達と遊びに出掛けた、少し離れたところにある商店街に何度か足を運んでいるようです。
「俺、何だかワクワクしてきたぞ……」
強敵なんていませんよ?
それとお兄ちゃんは、自分のことを“僕”とか言ってなかったっけ? どうやら大葉お兄ちゃんも可愛い妹の前では猫をかぶっていたようです。
「あ、琴音だ」
「え、どこ?」
「ほら、あの本屋の向こう」
車の中から窓の外を見ると、離れた場所に良く知っている高峯学園の制服が見えた。
確かに琴ちゃんだ。でも一人で歩いてる。なんだろ? 普通に本を買いに来ただけなの? でも大きな商店街だけど、ちょっと寂れた感じのここで買うより、本を買うなら駅のほうへ行けば大きな本屋はいくらでもある。
運転手さんがノリノリでとろとろ運転しながら後を追い、途中で後ろの車にクラクションを鳴らされながら見ていると、琴ちゃんは一軒のラーメン屋に入っていった。
「……食い気か?」
「食い気かっ!?」
そう言えば、最近の琴ちゃんは妙にツヤツヤと言うか、油物でも食べた? って感じがする。
「いやいやいや、待ちなさい、柚子。そうだっ、最近うちの会社で製麺事業に乗り出すと言う話があってだな」
「え~…、それでどうして、琴お姉ちゃんだけでラーメンを?」
「…………」
琴ちゃんがお父さんのお手伝いをしたくて内緒で……って言うのも無理がある。私やお兄ちゃんにも内緒にする意味がない。
こうして車の中で考察しても仕方ないので、私達はそのラーメン屋に向かってみることにした。外からこっそり……って無理かしら?
「それじゃ俺は、店の裏から様子を窺ってくる」
「……え、そこまでしなくても、」
呼び止める間もなく軽い足取りで行ってしまった。愉しんでいるんじゃないよね? 琴ちゃんが心配なんだよね? そうだと言ってよ、お兄様っ。
「……どうしよ?」
商店街のラーメン屋の前でポツンと取り残された五歳の幼女。危ないなぁ。
でも子供一人じゃなかった。ラーメン屋さんの脇にある横道で、ゴム鞠を持った小さな女の子がポケッと私を見つめていた。
小さいと言っても私と同じくらい。こけしみたいな髪型の可愛い子で、私が彼女を見て微笑むと、ビクッと身を竦ませながらもちょこちょこと近づいてきた。
「ねぇ……あなた、お姫様ぁ?」
そう言う評価は初めてだ。……あれ、初めてだっけ? とりあえず彼女は私の人形のような外見をそれほど怖がっていないみたい。
「ううん、違うよぉ。あなたも可愛いよ……」
こけしみたいで。と続ける途中でふと気付いた。……なんかこの子、私や琴ちゃんと少しだけ似てる気がする。
「どうしたのぉ?」
「なんでもないよ~。私は柚子って言うの。あなたは?」
「私ねぇ、美紗っ」
私はお兄ちゃんが戻ってくるまで、この美紗と言うこけしヘアの可愛い子と遊ぶことにした。そして私達はどちらもぶきっちょで、ゴム鞠遊びが成立しなかった。
えっと……道路に丸を書いて遊ぶのはどうやるんだっけ? 書けば思い出すかと小石を拾って道路に丸を書いたら、美紗も書き始めてお絵かき遊びになってしまった。
「それなぁに?」
「うんとねぇ……ラーメンっ」
「ラーメン好きなの?」
「うんっ、大きくなったらラーメン屋さんになるんだっ」
「あ、……もしかして、ここの、」
「柚子っ!」
突然声がして顔を上げると少し怒ったような顔の琴ちゃんと、叱られたワンコのように項垂れる大葉お兄ちゃんの後ろに、背の高いおじさんが立っていた。
おじさんと言っても三十歳くらいかな? もう少しダンディなおじ様だったら良かったんだけど、……もしかしてこの人が琴ちゃんを?
「あ、おしごと、おわったぁ?」
そのおじさんを見て、美紗が良い笑顔で駆け寄っていく。この人はっ、
「美紗の“父ちゃん”っ!?」
「俺はまだ、二十歳だっ!」
ハハッ、ご冗談を。
*
「………なるほど」
話を聞いてみると、彼はここのラーメン屋さんの店員さんで、美紗とは血縁ではあるけど実の父ちゃんではなくお兄さんだった。……似てねぇな。
「もう柚子ったら、兄さんと一緒にこんなとこまで来るなんて……」
「ごめんねぇ……。でもどうしてラーメン屋さんに?」
外でお話も何だから、昼食時じゃなくなって空いた店内でお話を聞いている。
ちなみに大葉お兄ちゃんは、お店の裏でうろちょろして迷惑を掛けたので、床で正座中である。
「……あ、えっと…うん。……あのね、柚子。彼と美紗ちゃんは私達のはとこなのよ。それで私がちょっと様子を見に……ね」
ちらりと彼を見た琴ちゃんの頬が少し赤い。
……ふ~ん? 私がまだ幼児だから色々と言葉を濁していたけど、纏めると、二人の両親が早くに亡くなった。以前そのご両親が仕事面でうちのお父さんと揉めたことがあるので、親戚を頼れない。でも揉めていたのは親で、彼らには関係ない。
彼はラーメン屋で働きながら、幼い美紗と二人で暮らしているらしい。
……ここまで解読した私を褒めて良いのよ?
「てやんでぃっ、俺はラーメンが好きなだけなんだよっ」
「そうだよ、兄ちゃんのラーメンは美味しいんだっ」
「おうっそうだ、みんな俺の“らーめん”を食っていきなっ、なぁに、子供から金は取らねぇよっ」
江戸っ子かっ!?
あれ? なんで琴ちゃんは彼をウットリした目で見ているの……? 私まだ子供だから良く分かりませんっ。
それに、勝手にただで食べさせていいの? ちらりと店主さんらしい人物を見ると、そのよぼよぼのお爺さんは、穏やかな笑顔で頷く。
「飯はまだかのう…」
「………」
ボケてるんじゃないよねっ!?
「へい、らーめんお待ちっ」
お爺さんを観察していたら私達の前に“らーめん”が出てきた。
彼が作るラーメンは“らーめん”らしい。すっごい微妙な違いだな。なんとなく魂で理解できるけど言葉で説明できない。
私と美紗のらーめんは、子供用の小ドンブリに入っていた。二人分で一人前くらい。
折角だから美紗と一緒にカウンターで並んで食べることにする。
日本に来た外国人観光客が勘違いしているが、日本の麺類を、音を立てて食べるのはマナーでも風習でもない。料理人が丹精込めて作った料理を、伸びないうちに美味しく戴くという“心意気”だ。
でも幼児は猫舌だからすぐに食べられない。……どうしよう?
なんとなく琴ちゃん達のほうを見ると、二人が食べているらーめんとは違い、私達のどんぶりには、コーンとかナルトとかワカメとかトッピングしてあった。
子供用に栄養も考えているんだね。……いい人だ。
スープの熱でうねうね動いているワカメを見ていると、突然そのワカメが“身”を起こして片手を上げた。
『やあ、僕、悪いワカメじゃないよっ』……だろうか、それとも『ここは俺に任せて、先に喰え』だろうか。
ワカメはひとしきり蠢いた後、溺れるようにラーメンスープに沈んでいき、私の耳に断末魔の幻聴を残した。
「…………」
その横で美紗が、私と私の前のドンブリを交互に見ながらポカンと口を開けている。……残念なことに幻覚でもなかったみたい。
そして程良く冷めたらーめんを食べてみると、おおお? “味”がする。
「父ちゃん、美味しいよっ」
「俺は美紗の父ちゃんじゃねぇよっ!」
……だって、お名前聞いてないし。
何故か分からないけど、気持ちを込めた食べ物は私でも美味しくいただけるみたい。実際、あの神社でお供えされたお菓子はちゃんと味がした。
あの公園以来、奇妙な“力”が出てくる事はなかったけど、やっぱり私って普通じゃないみたい。
次回、小学生になりました。





