3-19 悪魔の誘惑 ③
シリアスモードでございます。
「……ふぅ~ん、ユルちゃんが聖女だったり?」
突然姿を現した美しい金髪と黒いドレスの少女に、カンゾーは一瞬感じた驚きを瞬く間にぶ厚い面の皮に閉じ込め、余裕のある笑みを浮かべた。
ユールシアはカンゾーのその言葉に微かに目を細め、愉しそうに微笑みながら軽く首を傾げる。
「あら……? あまり驚かないのね?」
「なんとなく……“普通”じゃないとは思っていたのよねぇ」
実際にユールシアは、カンゾーにしてみれば怪しい少女だった。
どこぞの姫と呼ばれてもおかしくない美貌と気品のようなものを備えながら、冒険者のような気安さを感じさせる、カンゾーに一目置かせた存在。
だが、普通ではないと気付き、この地域に【聖女】と呼ばれる美しい“少女”が来ていると知っていても、あの時のユールシアからは、まるで認識が狂わされたかのように彼女を【聖女】として見ることが出来なかった。
それなのに、今のユールシアからはジワジワと寒気がするような威圧感を感じて、カンゾーは彼女を自分と同じ【勇者クラス】だと認識を改める。
「あの時は演技だった?」
「まさか……あれも“私”ですよ」
「へぇ……それでその“聖女様”はこんなところで何をしているのかしらぁ?」
カンゾーが魔力を高めて牙を見せるように微笑むと、騎士でさえ怯えるようなその威圧に、ユールシアの笑みが深くなった。
「ここが死者の迷宮で、私を“聖女”と呼ぶのなら、やるべきことは決まっているのではなくて…? 不思議なことを聞くわね……大地の勇者様は」
「あら……、私のことを知っていたのね? 油断ならない子ねぇ」
「ふふ……。あなたも【勇者】なら、私に協力してこの場にいる死者をすべて消滅させるべきではなくて?」
「……あなたが本物の【聖女】ならね」
「自分で名乗ったことは無いのですけれど」
困ったものね……と、ユールシアは貴族の令嬢のように片頬に手を当て、小さく溜息を吐いた。
その様子に……その以前にユールシアの微笑みや声、その美貌そのものにカンゾーは頭に掛かりそうになる靄を振り払うように、ギリッ……と奥歯を噛みしめる。
「一応、ここはゲンブル国が管理するダンジョンよ?」
「だから、セイル国が召喚した者を攻撃して良いとでも? 国際問題になりますよ? ああ、それならセイル国と、ゲンブル、ハッコー、スザークの各国に、ここのダンジョンについて問い合わせるべきかしら……」
「………」
言いながらクスクス笑うユールシアの様子に、彼女はこのダンジョンが秘匿されている場所だと知っている。と、カンゾーは気付いた。
実際にどこまで知られているのか分からないが、他国に知られて、ここの管理をしているのがゲンブルではなくカンゾー個人だと気付かれたら、他の勇者が必ず横やりを入れてくる。
そうなればカンゾーが『ゾンビ大量発生事件』を引き起こした張本人だとバレる恐れがあり、今の名声や立場を守るならばダンジョンマスターであるエルダーリッチの口を封じる必要があった。
だがそれは、カンゾーの計画がすべて水泡に帰すことを意味する。
勇者達に裏取引を持ちかけても、あの狡猾な水の勇者――キョージなら、引き替えに全てを奪っていくだろう。
「………私のモノを奪うの……?」
この世にある美しいモノは自分の物で、それを奪うような者は“悪”だ。
「『シェイカー』ッ!!!」
予備動作も見せず、詠唱破棄の単音節で放った魔法が、ユールシアが居た辺りごと周りの死体を超振動で塵に変えた。
「アハハッ、小娘がっ! この私から奪おうだなんて、」
笑いを抑えられないようにカンゾーが叫ぶと、
『光在れ』
「っ! 『アクセラ』ッ!」
あの声と共に膨大な光と熱が真正面から迫り、カンゾーは【加速】の魔術を使いその場から逃れると、光はその周辺数十体の死体を灰に変えた。
「ちっ、『アースショット』!」
岩の弾丸を巨大なショットガンのようにばらまき、同時にカンゾーはそれを追うように突っ込んでいく。
カンゾーの戦闘スタイルは鍛錬した詠唱破棄による、呪文と武器の同時攻撃だ。
「ふんっ!」
筋肉が大きく盛り上がり、聖魔法と声が聞こえた辺りを、【勇者の秘術】である光の剣撃を飛ばす範囲攻撃でなぎ払った。
「ああっ、もうっ!」
岩の弾丸と剣撃により、自分でさらに死体を壊してしまったカンゾーが苛つくように唸る。
「どこよっ! 出てきなさいっ、この卑怯者っ!」
先ほどの攻撃に手応えを感じず、カンゾーは気配を探りながら、隠れているユールシアに呼びかけた。
「不意打ちを仕掛けてきて、ずいぶんねぇ」
その声はカンゾーの真後ろの方角から聞こえた。
「ちっ、岩斬剣っ!」
「『輝聖槍』」
振り返りざま、ダメージどころか埃一つ付いていない黒いドレスに渾身の一振りを振るうと、ユールシアはそれを生み出した光の槍でなぎ払う。
ガキンッ!
勇者の光の力を上乗せした魔力剣が、光の槍の威力に負けてあっさりと砕け散る。
だが、所詮は戦闘職でもなく体重の軽いユールシアは、あっさりと質量差で吹き飛ばされてしまった。
「『憑依召喚』っ、『我、大地の精に願う、我が眷属に力を与えよ』っ」
そのまま勢いに任せて攻撃はせず、カンゾーはエルダーリッチより習った詠唱破棄の【クリエイトアンデッド】の呪文と、大地の精霊魔法を同時に使い、ユールシアの周辺の死体を岩の鎧を纏ったゾンビ兵に変えた。
「小娘を食っちまいなさいっ!」
だが、怯えるかと思われたユールシアは、吹き飛ばされ座り込んだまま、最初に襲ってきた二体のゾンビを、岩の鎧ごとデコピンで頭部を吹き飛ばす。
「『光在れ』」
「またっ、」
聖魔法の光が精霊の鎧に守られたゾンビさえ灰に変えて、光が消えると再びユールシアの姿はどこかに消えていた。
「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
思わず歯がみして唸りながらも、カンゾーは勇者としての長い戦闘経験から冷静に分析を始める。
思っていたより苦戦している。聖魔法の使い手は戦闘持久力があり倒しにくいとは思っていたが、ここまで攻撃が通じないとは考えもしなかった。
そして彼女には、あの光の槍のような威力の高い攻撃手段もある。
買ったばかりの新品の剣を壊されて、カンゾーはギリギリと奥歯を鳴らしながら昨日まで使っていたミスリルの大剣を背から引き抜いた。
ここの場所も悪かった。
魔力の籠もっているダンジョンの壁や床は、カンゾーの得意とする大地の魔法に使いづらい。先ほどのような岩の破片を使うならともかく、地震を起こして大規模範囲攻撃を行う【アースシェイカー】のような高等呪文が使えない。
そしてなにより。
「私の【魔法石】ちゃんの苗床を……」
故意か無意識か、ユールシアは死体を次々と消し去っている。
これ以上破壊されると計画がまた遅れる。かといって場所を変えようにも、ユールシアが追ってくるとは考えにくい。
へたをすると死体をすべて灰にされてから、逃げられてしまう可能性もあった。
撤退も移動も出来ない状況。
まるで全てを知られていて、この場所にまで誘い込まれたような感覚を覚えて、カンゾーの困惑しながらも苛立っていた頭を冷やしていった。
「………………ち、」
このまま戦闘を続けるか、もしくは取引を持ちかけるか。
戦闘を続けるのなら、死体を全部諦めて本気で攻撃しなければ埒があかない相手だとカンゾーも認めている。
取引は……あの会話をした感じから、ある程度以上の譲歩をすれば応じるだろうと考えた。
だが、一方的に損をするのはカンゾーとしても面白くない。
何か得られる物……もしくは一泡吹かせることは出来ないか。
カラン……
「なっ、」
そんなことを考えていたカンゾーの足下に大粒の宝石が転がってきた。
ただの宝石ではない。カンゾーなら見ただけで分かるその輝きと魔力は、その宝石が完成された【魔宝石】であると教えてくれた。
「な、なんでこれがあるのっ!?」
「私が作らせたのよ」
その声に振り返ると、先ほどまで戦闘をしていたとは思えない足取りで、悠々とユールシアが近づいてくるのが見えた。
「あ、あんた、どうしてこれをっ」
「まだあるわよ?」
パラパラとさらに幾つかの【魔宝石】を床に落とすと、カンゾーの眼が大きく見開かれた。
「欲しい?」
「………何が望みよ」
苦虫を噛み潰したようなカンゾーに、ユールシアはさらに取り出した【魔宝石】を手で弄びながら、静かに嗤う。
「あなたの知っているゲンブル国の【勇者の秘術】を……」
「………っ」
その言葉にカンゾーは驚きに顔を歪めながらも納得する。
ユールシアは【勇者の秘術】を求めている。それを得る為に行われたこの戦闘も、カンゾーと交渉出来るようにする為の、ある意味“茶番”なのだろう。
ここまで互いの手の内を見せ合えば、悪辣な取引限定だが、逆に大店の商人よりも信用出来た。
魔宝石は欲しい。だが、心の隅に澱のように残った【勇者】の矜持が、勇者以外に秘術を渡すことを躊躇わせた。
「製法も欲しいでしょ?」
「っ、」
ユールシアの言葉が願いを聞き届ける悪魔のように心に染みこんでくる。
ゆるりと動いたユールシアは、まだ警戒しているはずの彼の側に自然に入り込み、混乱するカンゾーの耳元でそっと囁いた。
「少しだけ教えてあげる。強くて……“純粋な魔力”が必要なのよ」
「純粋な魔力……なに言ってるのっ、そんなの精霊でもないと無理よっ」
カンゾーも精霊のような精神生命体の魔力は、人間とは比べものにならないほど純粋で、魔力の効率がよいことは知っている。
あの魔宝石を作るには、物質を持つ生物の魔力では不純物が多すぎるのだと、カンゾーは眼から鱗が落ちるように納得した。
それと同時に失望する。純粋な魔力を得ようとすれば精霊を捕らえて、強制的に隷属させなくてはいけない。
だがそれは、精霊と敵対することを意味する。そうなれば光の精霊によって【勇者】としての力を得ているカンゾーは、その力の大部分を失いかねない。
悪魔も精神生命体だが、下位の悪魔は知能が低く、人間並みに魔力が濁っている。
高位の悪魔を呼び出せば何とかなるかも知れないが、その代償に何を求められるか分かったものではない。
「あら、有るじゃない。……ここに」
「あ、あんた……」
ユールシアがそっとカンゾーの胸元に指を滑らせると、カンゾーは驚いたようにユールシアの顔を見つめた。
精霊に愛された【勇者】なら、ある程度の純粋な魔力を生み出せる。だがそれは最後の一手のような“切り札”であり、命を削るようにしなければ生み出せない。
「そんなの無理よ……」
「ふふ……別に勇者はカンちゃんだけではないでしょ……?」
「なっ、」
驚きのあまり後ずさるカンゾーに、ユールシアは優しげに微笑んだ。
「あの宝石は、あなたのような美しい人によく似合うわ」
「……そ、そうかしら」
「カンちゃんと私……二人でやればいくらでも手に入るわよ」
「そう……ね」
見つめ合い言葉を交わし、その度にカンゾーから正常な判断が失われていった。
「さぁ、カンちゃん。お友達の印に【約束】をしましょうか」
「……ええ、わかったわ。約束よ」
美しい金色の少女の言葉をカンゾーが肯定すると、その胸元から一瞬だけ細い鎖がキラリと輝きを見せた。
ゆるくなーい。
今回は悪魔っぽい感じになったのではないでしょうか。簡単に死ぬのとどっちが辛いでしょうかね。
次回は、第三章の最終話です。





