3-18 悪魔の誘惑 ②
『おおおぉ、姫よ、感謝いたしますっ』
「そ、そう? 良かったわね……」
それでいいのかリヒャルドくん。
彼は私が渡した“サイン色紙”を宝物のように抱きしめたり、掲げて眺めたりと大変喜んでいるのが良く分かる。
私は良く知らないけど、【えるだーりっち】である彼の魔力値は、私の目から見ても【上級悪魔】以上、【大悪魔】以下の、かなり強力な魔物で、これで元人間だと言うのだから侮れない。
最初、この最終ボス部屋に私が着いた時は、どうやって屈服させようか悩んでいたんだけど、私が威圧全開で乗り込んでいくとリヒャルドくんはいきなり土下座したから驚いた。
『コホン……失礼した』
サイン色紙を懐にしまいながら威厳を保とうとしても無駄ですよ?
「……ひょっとして、私のことは前から知っていた?」
『ええ、もちろんです』
私の呟きにリヒャルドくんは、銀色骸骨の眼の空洞から、キラキラした瞳を私に向ける。……器用だな。
『私も不死者となって数百年……様々な知識を得て、世界は多々あれど、魔界は必ずどこかで繋がっていると知りました。魔物となって知己となった上級悪魔から姫のお噂は聞き及んでおります』
「……え?」
なんだなんだっ? テス周辺から通じる魔界地方にまで私の噂が広がってんのっ!?
『魔界を統べる【悪魔公】の一柱をあくどい手口で葬り去り、【魔界十二柱】の一角に名を連ね、同じ十二柱である“魔界の野獣”と言われた【暗い獣】さえ暴力で従え、【大悪魔】と悪魔の軍勢を引き連れ、魔界の悪魔を喰らい尽くす、その悪逆非道さは、真に悪魔の姫と呼ばれるに相応しい、』
「てい」
『ぐわぁああああああああああああああああああああああああああっ!?』
やけに熱の籠もった演説をデコピンで黙らせると、リヒャルドくんは悲鳴をあげながら、五十畳はあるボス部屋の壁際まで吹っ飛んでいった。
……力の加減を間違えた。思わずティナが迫ってくる時と同等の魔力を込めてしまったけど、リヒャルドくんは滅びもせずに起き上がり、立ち上がることが出来ないのか、虫のようにわさわさと四つん這いで戻ってくる。
やだ……きもい。
『ありがとうございます』
「………………」
………なにが?
リヒャルドくんはひび割れて半分崩壊したような頭蓋骨でも元気そうだ。さすが不死者だね。魔物も健康が第一です。私特製の青い汁でも飲む? 100%ワカメの自分から飲まれてくれる健康飲料だよ? ……あ、いりませんか。
『肋の内側に零れてしまうので……』
そう言えば骸骨でしたね。
しかし、なんでしょう、その“噂”は。事実無根も甚だしいわ。
しかも魔界十二柱とか何? どこの大規模アイドルグループか知らないけど、いつの間にか、そんな恥ずかしい名前で呼ばれていたなんて……。
また歌のレッスンを再開すべきか。
「……リヒャルド。あまりそう言うことを吹聴したらダメよ?」
『何か問題でも……ギッ、わ、分かりましたっ、滅びますっ、本当に滅びますっ!!』
リヒャルドくんの頭蓋骨を掴んでミシミシ軋ませていると、彼は切羽詰まった声で素直なお返事をしてくれました。
『……と、とりあえず、後のことはお任せ下さい。ダンジョンマスター組合、魔物の会にて“姫”がご降臨なされた事を知らしめ、姫のご意志を遂行いたします』
「ええ、任せましたわ、リヒャルド」
リヒャルドの言葉に、私も【公爵令嬢モード】で微笑みながら頷く。
私がここに来た本当の目的は、ダンジョンマスターを支配下に置くことだった。
私が以前に聖王国で、吸血鬼達に裏社会を牛耳らせて、情報収集と社会のゴミ掃除をさせていたように、私はこの世界では魔物達を使うことにした。
見た目が“人”でないから、人間社会にはあまり影響が無いように思えるけど、この世界では【冒険者ギルド】が国家の枠を超えてそれなりの発言力を持つ。
一般人は、ダンジョンマスターと冒険者ギルドが敵対関係にあるように見えているのでしょうけど、実際は持ちつ持たれつの関係が正しい。
冒険者ギルドはダンジョンがなければ、冒険者の安定した収入と素材を確保出来ず、ダンジョンマスターは冒険者が来ないと、安定した【餌】が手に入らない。
それに冒険者に攻略を任せているからこそ、国家が軍を率いて攻めてくるのを回避している状況なのだ。
上手くいけば、冒険者とモンスター。その二つが自分達が気付かないうちに、私の思惑に沿って動くようになるのです。
なんか、悪魔っぽくて良い感じではありませんか? これでバカ魔力だけの脳筋悪魔とか言わせませんよっ。
「……でも、他のダンジョンマスター達は本当に動いてくれます?」
そこがちょっと不安。ダンジョンマスターに組合があるとは思わなかったけど、私が直に脅迫……もとい、お願いしなくても協力してくれるでしょうか。
『そこはご安心を。魔物でございますので多少は癖はありますが、それ故に強き魔の者には従います。人間のマスターは時間が掛かるでしょうが、彼らも人間国家と【勇者】には煮え湯を飲まされている者も多いので、時間の問題でしょう』
「なるほど……」
やっぱり色々やらかしてるな、あの勇者共。
聞いてみると、この前も人間のダンジョンマスターの一人が、国に住居登録と税金を払っているのにもかかわらず、勇者の襲撃を受けるという“強盗”にあったらしい。
着実に敵を作っていますね……。
「では、私は勇者サマのお相手をしてきますわ」
『かしこまりました。姫よ、コレはお持ちになりますか?』
リヒャルドは懐から先ほど勇者から預かった【宝魔石】を取り出す。
まさか、勇者がゾンビを発生させていたとは思わなかったわ……。それより、怪しいとは思っていたけど、まさか“カンちゃん”が勇者だったとはね。
ああ言う【乙女系】は嫌いじゃないけど、あれじゃダメね。
「それはリヒャルドが持っていていいわ」
『はい。それではお気を付けて。見た目はアレですが、かなりの手練れです。それと、知り合いの上級悪魔ですが、姫の『ファンクラブ』に入る為、面接を受けに行くと思いますので、よろしくお願いします』
「私の『ブラック企業』にですか? わかりましたわ」
奇特な悪魔も居るものね。
……ドMかしら? 入社したら亜空間でワカメ干しから始まりますよ。
『それと……』
「……まだ何か?」
協力する立場だから、ある程度の要望は聞くけど、なんでしょう?
『このTシャツにもサインをいただけますか?』
「……Tシャツ?」
てか、この世界にTシャツなんて有ったんだ。
『私の普段着です』
「……………」
どうやら、現在の悪役っぽい黒のローブは、仕事着のようです。
***
「ふん……っ!」
ダンジョン中層にある行き止まりの通路で、カンゾーが魔力を込めるように石を押し込むと、石壁が開いてその場にまた通路が現れる。
それなりの魔力とそれなりの腕力がいるので、通常の斥候職では開けることも出来ないし、そもそもかなりの魔力がなければ発見も難しいだろう。
その薄暗い通路の先にあるのは、このダンジョンにアンデッドモンスターを送り込む為の“死体保管倉庫”である。
地上に繋がるいくつかの蟻地獄のような穴から落ちてきた人間種や魔物が死体として管理され、紛れ込んだ小動物などは食人鬼の餌として利用されていた。
たまに強い冒険者が生き残ることはあるが、それらはダンジョンを徘徊する魔物に倒され、その装備はドワーフ国に売り払われる。
有能な冒険者はギルドからリストを貰っているので、そのまま帰すこともある。
ダンジョンとしては、あまり冒険者の来ない閉鎖型のダンジョンで、あまり多くの死体は必要ではないのだが、死体をモンスター化させて【魔法石】を造りたいカンゾーからするともっと大量の死体が必要だった。
「……どうやってここを見つけたのかしら? 斥候系に強い仲間がいるの? おっと、それどころじゃないわね」
カンゾーはここに潜り込んだ【聖女】の手札や目的を考えていたが、思考を放棄して足早に死体倉庫へ向かう。
見つけたのか迷い込んだのか分からないが、それが【聖女】だと仮定すると厄介なことになる。
聖女が動き出した死体に襲われているのを見学する……とエルダーリッチにそう言ったが、カンゾーは内心焦っていた。
ここ最近、カンゾーがゾンビを造らせすぎたせいで、死体の数が減っている。
聖女が噂通り【聖魔法】を使うのなら、死体が動き出す前に全て浄化されて灰にされるかも知れない。
死体はカンゾーが望む【魔法石】の“苗床”だ。せっかく偶然とは言え完成品が出来てこれからという時に、苗床の減少は面白くなかった。
カンゾーは自重をすることがなくなり、我慢が何よりも嫌いだったのだ。
「『魔力よ盾となりて我が身を守れ……シールド』」
カンゾーは通路を早足で歩きながら、護りや肉体強化、武器に一時的魔法付与などを施しながら戦闘準備を始める。
カンゾーは【聖女】を莫迦にした発言はしても侮ってはいない。
見た目が良くて男にチヤホヤされそうな若い女と言うだけでカンゾーの敵だが、自分の趣味の邪魔をするのなら、尚更許されない。
バタン……と、辿り着いた死体倉庫の扉を開くと、微かな腐臭と、死体を腐らせない為の魔法の冷気が感じられた。
かなり広めのその場所には、数百体の人間や魔物の死体が綺麗に整頓されて並べられている。かなり大きな死体もあり、冷気のせいで靄が掛かっているので視界が悪い。
さながら食肉工場の冷蔵庫のようなその場所で、カンゾーは視界の隅で何かが動いたような気配を感じた。
「はっ!」
カンゾーが流れるような優美さで剣を振るうと、それが砕けて弾け飛ぶ。
「……あらん?」
からからん、と倉庫を管理するスケルトンの一体が粉々になって床に転がり、カンゾーは顔を顰める。
スケルトンは骸骨に低級霊が取り憑いた、魔力だけで動くこのダンジョン最弱の存在だ。例え腐っていても肉があるゾンビのほうが力も強く、防御力も高い。
それにアンデッド系は、ただでさえ血液が無いせいで魔石が生成されるのに時間が掛かるのに、スケルトンはかなり小さなゴミのような魔石しか取れないのだ。
「……どこにいるのかしら?」
作業するスケルトンは一定数いるので、動く気配はある。
もしかしてカンゾーの魔力を感じて動き出した死体もあるかも知れないが、それ以前に“何か”が居るようにも感じられた。
そのせいでカンゾーも思わず動く物に攻撃してしまったのだ。
『光在れ』
「っ!」
微かに聞こえたその声にカンゾーが振り返ると、少し離れた場所で光が見えて、何体かの死体が崩れ去った。
「ちっ、」
カンゾーが舌打ちをしてその方角へ音もなく走り出す。
聞こえたのは知っている【聖魔法】と同じではないが、それと良く似た『全ての光』を意味する音節の呪文だった。
噂に聞く【聖女】は、カンゾーのようにこの世界で魔法を習得したのではなく、元の世界の魔法を使うらしいと思い出す。
『光在れ』
「なっ、」
また少し離れた場所から声と光が漏れると、また数体の死体が崩れ去る。
「……小娘がっ」
せっかくの“苗床”を潰されて、カンゾーは顔を歪めながらそちらへ駆け出した。
その瞬間、微かに……スケルトンとは違う動きを感じてカンゾーが剣を振るうと、いつの間に動き出していたのか、コボルトのゾンビが真っ二つになって床に落ちる。
「……くそっ」
動き出してすぐのゾンビは、体内に魔石を持っていない。
しかも、勇者の力はわずかに浄化の力もあるらしく、カンゾーが倒したゾンビはもう二度とゾンビとして復活しないのだ。
「どこにいるのっ! 出てきなさいっ!」
我慢の限界にカンゾーが吠えた。最初は偶然通りかかった勇者を装って、油断させて攻撃しようとか考えていたが、警戒されるのを承知で大声を上げた。
「……あら、こんなところで奇遇ね。カンちゃん」
「っ!?」
背後からの声に振り返ると、そこには地下街の武器屋で意気投合した、あの美しい金色の少女が微笑ましいモノを見るようにそこに佇んでいた。
次回、悪魔の悪意に晒された可憐な勇者に活路はあるのか。





