3-16 北の国から ⑤
お昼時に更新してますが、お食事中の方はご注意ください。
悪魔的な描写がございます。
「こちらです、カンゾー様」
「わかったわ」
騎士である美青年の言葉に、カンゾーは長い髪をふわりと掻き上げながら、真っ赤な唇で怪しく微笑む。
その笑みに若干顔が引き攣った騎士が、何かに追われるように足早に歩くと、カンゾーは前を歩く引き締まった尻をジッと見つめる。
「うふふ」
巨漢の男性から向けられる視線と、そのわずかに漏らした声に、さらに騎士の脚が速くなり、目的地にはすぐに辿り着いた。
ドワーフ国の地下街。本来ならいくら火を焚こうと暗くなるはずなのだが、地下街はランタンがいらないほどほんのりと明るい。
その理由は、ここがダンジョンの一部だからだ。
程度の差はあれど、ダンジョンマスターが管理する迷宮は、清潔に保たれ、ある程度の明るさが確保される。
だが、この迷宮にドワーフが住み着いて千年以上過ぎ、ここがダンジョンであると知っている者はほとんどいなかった。
知っているのはこの集落の長老達とその関係者。ゲンブルの上層部と冒険者ギルドの一部。そして大地の勇者カンゾーとそのパーティメンバーだけだ。
「……これって」
やけに埃っぽい道を進むと、カンゾーのパーティメンバーが道路封鎖をしており、その先の大地に岩盤を貫くような穴が開いていた。
付近の住人には地下水による地面の陥没と説明してあるが、チラリと見ただけでカンゾーにはその穴がダンジョンの下層まで続いていると分かった。
「自然現象でしょうか?」
近くに控えていた騎士のリーダーがそっとカンゾーに伺いを立てると。
「……違うわ。極微少だけど、魔力が残ってる。それもかなり不純物の少ない純粋な魔力……。かなりの使い手だわ」
見た目はアレだが、カンゾーは十数年もの間、負けることなく戦ってきた【勇者】である。
一目見ただけで、この穴を開けた者の技量を見抜き、その者がこの下にダンジョンがあると理解した上で穴を開けたのだと看破した。
「……では」
「ええ、そうね。侵入者よ」
ほとんど知られていないダンジョンへの侵入者。
おそらくそれが、こちらにゾンビ発生事件の調査に来たらしい【黄金の聖女】の仕業だと考え、カンゾーはその顔に凄惨な笑みを浮かべた。
「噂ばかりのお嬢ちゃんかと思っていたら、少しは愉しめそうね……。あんた達っ」
「「「はっ」」」
カンゾーの声に騎士達が一斉に応える。
「私はこの穴から直接追うわ。あんた達は、正規の通路から下層に下りてきなさい。誰も逃がすんじゃないわよっ!」
「「「はっ!」」」
騎士達の声が聞こえると同時にカンゾーは道路の穴に飛び込む。
それと同時にカンゾーが【土魔法】で道路の穴を塞ぐと、騎士達は正規のルートから侵入者を追い立てる為にダンジョンの入り口へと駆け出した。
***
ダンジョンにはモンスターがいる。
何を当たり前のことを言っているのかと思うかも知れないが、通常の洞窟や遺跡などはモンスターが住み着くより、まず野生の獣が住み着く。
モンスター……魔物とは何なのか。
様々な説はあるが、もっとも有力なのは魔素の影響だ。
動物に魔素が取りついて魔物と化し、死骸に魔素が染みついてアンデッドになる。
それ以外は、低級な悪魔などが取り憑いて変異したものや、ドラゴンやユニコーンのような幻獣もいるが、一般的にはそれらも含めてすべてモンスターと呼ばれる。
ダンジョンにモンスターが多いのは、ダンジョンマスターによって迷宮が魔力を帯びているからだと言われているが、実際には、その程度の魔力では短時間で動物が魔物化したりしない。
ダンジョンはモンスターを引き寄せる“何か”がある。だが、それが何かを知っている者はいない。
「どわぁあああああああああああああああああっ!」
ダンジョン内を疾走する一人の少年。
大地は、この異世界で“保護者”である金髪の少女に買ってもらった剣を抜き身で持ちながら、ダンジョンの通路を汗やら鼻水やら涙やら、色々垂れ流しながら全力で走っていた。
『うーあー』
その大地の前に現れたのは数体のゴブリンゾンビ。
大地は生きているゴブリンを見たことはなかったが、腐った皮膚や匂い、その濁った瞳からそれがゾンビであると分かった。
どうやらこの迷宮はアンデッド系モンスターがたむろするダンジョンのようだ。
大地はユールシアから、このダンジョンがゾンビ発生事件と関係があることを聞いていたので、ここにゾンビがいることに驚きは少なかったが、怖いものは怖い。
いかに気張ろうと数ヶ月前までただの高校生だったのだから、動く死体や命を脅かす魔物に恐怖を覚えるのは当然のことだ。
物語によくある、召喚されていきなりモンスターを倒せる主人公など、今の大地に言わせればその時点で一般人と掛け離れている。
だが……
「ひぃっ!」
ズバッ!
『うぉあ……』
鼻水と涙まみれの顔で、大地はゴブリンゾンビ達を簡単に打ち倒していった。
刃は正確に叩き込まれ、その剣筋にもブレはない。
この数ヶ月で身体と魂に刻み込まれた【戦闘スキル】と“恐怖”は、我を失っていても大地に戦う力を与えてくれた。
いや……我を忘れているからこそ、大地は本領を発揮しているとも言える。
大地の身に一体何が起きたのか……?
「きゃわぁあああああああああああっ!」
ゾンビを倒す数十秒ほどの間に迫ってきた影に、大地は乙女のような悲鳴をあげた。
そこには、抜き身の黄金魔剣を構えたニアが、驚くほど素晴らしい笑みで大地を追ってきていた。
このダンジョンに落ちて、他の面子から離され、二人きりとなった時、ニアは年頃の少女のように少し恥ずかしそうにこう言った。
『追いかけっこしよ? 私が追いついたら、大地の“首”をちょうだい』
意味が分からない。
はにかむ仕草は大変可愛らしいが、そんなことに意味はない。
ただ分かるのは、それが冗談でも、大地を真剣にさせる言葉でも何でもなく、本気にしか聞こえなかったということ。
制服の第二ボタンを強請るような仕草で、そんなことを言われても萌えられない。
これまでの訓練でも、ニアは手加減せずに大地達を模擬刀で切り刻んだ。
今まで死ななかったのも、恐怖で発狂しなかったのも、すべてはそれを完全に癒せるユールシアという“保護者”が近くに居てくれたからだった。
だが今はそのストッパーがいない。
毎回やり過ぎるニアを、デコピンで地面に叩きつけて叱る者が存在しない。
今ここには、毎回叱られてしょんぼりしながら、次の日にはまた大地をボロボロにする、“反省”という言葉をどこかに投げ捨てたニアしかいないのだ。
大地はやり方に問題はあっても、ニアを戦闘の師匠だと認めている。
認めざるを得ないほど、ニアと大地の戦闘能力には差がありすぎたのだ。
それでもここまでされてどうして師匠と思えるのか大地は自分でも不思議だったが、そこは単純に強さに憧れる少年心と、単純にニアの見た目が同年代の綺麗な女の子だからに過ぎない。
思春期のリビドーは全てに於いて優先される。
それはともかく。
現状、大地が生き残るには生きてユールシアと合流するしか道はない。
ユールシアと合流する前にニアに追いつかれたら、死が待っている。“首”とか言われているが、峰打ちされたり戒めに傷を付けられるとか、そんな甘い考えは普段の訓練で無いと分かっている。
心の奥底で、これは訓練だから死にそうになったら助けてくれるとか、そんな思いもどこかにあるが、ニアの愉しそうな笑顔を見るとそんなものは消え失せた。
「おああああああああああああああああああああああっ!」
突然現れた巨大なオークゾンビに、大地は悲鳴をあげながら突っ込み、その股下を滑るように潜り抜けた。
『ぶも…っ!?』
大地はオークゾンビを見た瞬間、自分の力量と敵の戦力。倒すまでの時間と追いつかれる時間を瞬時に生存本能で計算して、その行動をとった。
魔物に対する恐怖心は途中でどこかに忘れてきた。
例え前方にどんな敵が待ち受けていたとしても、後ろから迫る恐怖よりマシだった。
戦闘訓練とは別に、ユールシア達が大地達が知らない間に行っていた“施術”が功をなしはじめている。
どんな施術をされたのかは、普通の人間は知らないほうが幸せだ。
『ニャ』
あの奇妙な斬撃音にチラリと振り返ると、オークゾンビがニアの一撃で腐った細切れ肉と化していた。
「あはっ♪」
「きゃああああああああああああああああああああっ!」
周囲の石壁をプリンのようにスパスパ斬りながら追ってくる、ニアの可愛らしい笑顔に大地はまた絹を引き裂くような悲鳴をあげた。
「なんだ貴様っ!」
「こいつが侵入者かっ!」
次に現れたのは、騎士のような装備を纏った数名の男達だった。
何故、こんな場所に生身の人間がいるのか? そもそも人間なのか? 彼らが言った侵入者とは何のことなのか?
普通なら警戒するところだが、大地は彼らの存在に心の底から感謝する。
「ありがとうございますっ」
「はぁ!?」
「構わん、斬れっ!」
躊躇もなく向かってくる大地に、騎士達も躊躇無く剣を抜き、斬りつけてくる。
「この場所を知ったからには生かしておかぬっ!」
問答無用。
基本的にダンジョンへの侵入は、冒険者ギルドが不可としない限りは自由に入れる。
一部の国に届け出があり、税金を払っているダンジョンマスターがいるダンジョン以外は、冒険者なら誰でも自分の裁量で攻略出来るのだ。
だから大地がここにいても咎められる筋合いはない。
だが、騎士達からすれば、ここはゲンブル国の管理するダンジョンで、国家戦略面から秘匿しなければいけない場所だった。
だから侵入者は悪であり、見つければ殺す。
考え方の行き違いはあるが、どちらが悪いかは見る方向によって違うだろう。
「ひぃ」
振られる鋭い閃刃を、大地は下がることなく身を屈めて擦り抜ける。
「このっ!」
「ひゃあっ」
続けざまに迫る刃を、大地は足を止めることなく剣でいなし、そのままの勢いで通路の奥に駆け抜けていった。
「あ、後は、お任せしまーっす!」
その恐れを知らないようなギリギリの回避術に騎士達が思わず唖然となる。
「ま、待てっ」
「追えっ、逃がすなっ!」
「待って、何か来ますっ!」
若い騎士の一人が、通路から迫る存在に気付いた。
通路を軽い足取りで駆けてくる若い女。どこかの国の騎士の礼服のような上等な衣装を纏い、戦闘とは無縁のような美しい少女に、普段アレなモノばかりを見ている騎士達は一瞬見惚れてしまう。
「お前ら何をしているっ、あれも侵入者だっ」
その中で、リーダー格の騎士が近づいてくる少女に剣を向けた。
彼は、勇者カンゾーの従者で、勇者パーティの騎士団を率いるパーティのサブリーダー的な存在だった。
ゲンブル国の上級騎士で、伯爵家の次男でもある貴族だ。
彼は今の立ち位置が不満だった。彼が勇者パーティの一員に選ばれたのは、その容姿や戦闘能力もあるが、一番の理由は上級騎士でありながら、いつ死んでも構わない貴族家の次男だったからだ。
彼は自分が、家の跡取りである兄より優れていると思っている。
そんな自分が、名誉ある【勇者パーティ】とは言え、あのようなゲテモノに仕えていることに不満を感じていた。
彼がカンゾーのセクハラに笑顔で付き従っているのは、自分の地位を上げる為だ。
自分が有能であることを示し、戦果を上げれば、王族の護衛騎士に抜擢される可能性もある。
そうなれば、上位の――侯爵家以上の令嬢の婿になり、自分を軽んじてきた連中を見返すことが出来ると考えていた。
全ては自分の為……。
でも、こんな生活でも偶には“潤い”が欲しい。
あんなゲテモノではなく、美しい女性と逢瀬を愉しみ、思う存分嬲ってみたい。
その欲望を満たしてくれる獲物がここにいる。
可愛らしい笑みを浮かべる美しい少女。
彼女が侵入者で、先ほどの少年が何故逃げていたのか分からないが、部下達に先ほどの少年の後を追わせ、自分はこの少女をねじ伏せ、思う存分愉しむ。
その後に殺せば、単に侵入者を撃退したと報告出来る。
「お前達は先ほどの小僧を追えっ、急げっ!」
「…はいっ」
他の騎士達も心からカンゾーに従っている訳でもなかったが、それでもゲンブルの騎士として【勇者】に仕えている。
部下達は自分の隊長が、何か心に闇を抱えていることに薄々気付いていたが、上司であり貴族である彼に逆らうことは出来ず、敵である侵入者とは言え、彼の手に掛かるあの美しい少女に心の隅で同情した。
「てりゃあっ!」
リーダーである騎士が少女の腕に鋭く突きを放つ。
まずは動きを止める。抵抗出来なくする。愉しむのはその後だ。……だが。
「……なっ」
鋭い剣先が少女に迫ると、彼女は手に持った高価な魔力剣を使いもせず、その白い指先で剣をそっと摘んでいた。
剣を放った騎士と、まだ近くにいた部下の騎士達がその事実に驚愕する。
「…こ、このっ」
辱められたと思った騎士はどす黒い顔で剣を戻そうとしたが、その剣はまるで巨大な岩に挟まれたかのようにビクともしない。
そして騎士は少女を睨み付け……少女が自分を見つめる毒花のような笑顔に、自分が根本的な勘違いをしていたと今更ながら気がついた。
この場にいる“獲物”は自分なのだと……。
「あはっ」
可愛らしい笑顔と、可愛らしい声で笑いながら、少女のたおやかな指先が騎士の胸元に突き刺さる。
金属鎧をあっさりと素手で貫き、少女の指先が自分の脈動する臓器に触れていると察した騎士は、泣き笑いのような顔で子供のように首を振った。
少女の指先が哀れな騎士の心臓を握り潰し、“何か”を抜き取るように手を引き抜いた少女は、ウットリとした顔で血塗れの指先を舐めて、血で真っ赤に塗れた唇で残っていた騎士の部下達に可憐に微笑んだ。
『うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!』
騎士達は武器を放り投げて、一斉に逃げ出した。
その顔が先ほどの大地と同じ表情だったと、騎士の誰も気付いていない。
「あはは♪」
ニアの愉しそうな嗤い声が響き、大地と騎士達は涙まみれで併走しながら、ダンジョン内を駆け抜けていった。
ニアはニアなりに大地達を可愛がっております。ただ不器用で若干ヤンデレ気質なだけです。
それはそうと、騎士と書いたつもりが偶に死期になってしまいます。
次回は、ダンジョンマスター戦





