3-12 北の国から ①
「黄金の聖女……誰だったかしら…?」
豪華な……それこそ王族が使うような華美な内装の馬車の中で、その人物は軽く眉を下げながらしなを作る。
年齢は三十を超えているのだが、よほど日頃から手入れを怠らないのか、その肌は艶やかで、少し染めた長い髪は緩やかなウェーブで露出度の多い胸元まで広がっていた。
「……最近、東のセイル国にて召喚された者でございます」
「ああっ、そうだったわね。……小娘が」
従者らしい美青年の言葉に、その人物はやっと思い出したようにそう言って、眉を顰めた。
最初から忘れていた訳ではない。ある意味、その存在をもっとも忌々しく思っていたのがその人物なのだから。
『北の勇者』『地の勇者』……人々はその人物をそう呼んでいる。
十五年以上前に北の大国ゲンブルにて召喚され、幾度となく闇の勢力と戦い、ゲンブル国を勝利に導いた真の英雄だ。
その力は【土系】に特化され、強固な防御力で敵の侵攻を防ぎ、巨大な地震を起こして数百万の闇の軍隊を滅ぼした。
一時期、この世界の住人である“風の勇者”が人気を集めていたが、裏切った彼を始末することでその地位は不動のものとなった。
二年前に新たな風の勇者が召喚されたが、所詮はまだ日本人の学生なので、他の勇者を脅かすような存在にはなっていない。
勇者にとって他の勇者は、真の意味で味方ではない。
何千年も膠着している戦争に、勇者達はすでに勝つことを諦めている。
数千年の戦争は、小競り合いをすることはあっても、全軍が衝突するような戦いになることはなく、互いに『負けない』為の戦術が発達していた。
それでも【勇者】がいなければ、個人で劣る人間国家は敗れていただろう。
それを知っているからこそ光の勢力側は勇者を讃え、そのことがただの召喚された現代人を増長させている。
過去には戦国武将が大軍を率いて、闇の勢力側を追い詰めたこともあったが、それも昔の話だ
今の勇者達にとって、真の敵は【闇の勢力】ではなく、政治的に敵となる他国の勇者なのだ。
それでも今居る古参の勇者――【水の勇者】【火の勇者】【地の勇者】は、ある意味で密約があり、表だって相手の排除を出来ない。
もし政治的に追い込んで、ある“事実”が公になれば困るのは自分なのだ。
だが、新たに現れた【黄金の聖女】は違う。
地球ではなく他の異世界から現れたその少女は、勇者の秘術を伝授される前から強力な聖属性の魔法を使い、その魔力は勇者を超えるものだと聞いている。
それが水の勇者に取り込まれれば、他国の勇者パーティとはレベルが違うものになるだろう。
それが分かっているからこそ、セイル国はその少女を【聖女】として発表し、自国の発言力を高めるために利用したのだ。
だがそのことは他国にもう一つの可能性を連想させた。
通常は勇者を召喚出来ても、完全に取り込みが済むまで発表したりはしない。過去には小国が勇者召喚に成功した数日後に、大国に奪われると言うこともあったのだ。
それは大国同士でも同じだ。なので召喚から発表までの早さを考えると、初めから忠誠があるとは思えないので、セイル国はその聖女と意思を統一することを、どこかで諦めているのではないかと思ったのだ。
ゲンブル国も表と裏と両方から接触して、出来ればこちらに引き込もうと画策しているが、いまだにそれらしい接触も出来ないでいた。
「で? その小娘が、コロコトのドワーフ国に向かっているのね?」
「はい。彼の聖女はキリシアール国に従者を派遣して、王都周辺で起きたゾンビ発生事件を解決しております。おそらくはその関連で動いているのかと」
「……面倒ね」
地の勇者は長い髪を掻き上げて、甘ったるい香水の香りを撒き散らしながら溜息を漏らす。
もしその聖女がゾンビ発生事件で動いているとしたら、その地下にあるダンジョンの存在にも気付いているのかも知れない。
そこは他国に知られていないダンジョンで、ゲンブル国でも上層部しか知らない場所だった。数年前に地の勇者が見つけ出し、その“ダンジョンマスター”とは地の勇者が個人的に契約し、ゲンブル国から全ての交渉権を奪っていた。
ダンジョンマスターとは、この大陸に幾つもある地下遺跡や迷宮に住み着き、管理する者の総称である。
国家に登録し税金を払う者も居るが、大抵は知恵のあるモンスターか無法者で会話にはならない。
その為、冒険者が国に登録してあるダンジョンマスターを、間違って襲うと言う事件が起きるのだが、その場合は冒険者が犯罪者となるのだから難しい。
「本当に来るようなら対処しないとダメね」
地の勇者は懐から一個の宝石を取り出し、それをウットリと見つめる。
それはキリシアール国で倒されたゾンビの体内から出てきた“魔石”の亜種と言われているもので、冒険者がギルドに提出したそれを、地の勇者が“勇者特権”を使って強引に買い取ったのだ。
今回、地の勇者が向かっているのもそのダンジョンで、このやっと出来た“完成品”をダンジョンマスターに見せて、調査研究させる為であった。
「宰相閣下からは、その聖女と接触して、こちらに取り込むようにと……」
「はぁ!? 何でこの私が、そんなどこの馬の骨とも分からない小娘を引き込まないといけないのよっ!」
地の勇者は、他の誰よりもその【聖女】を忌々しく思っている。
それは、その聖女がまだ年若い“少女”だからだ。
噂に聞いた、美しい黄金の糸のような髪と目も眩むような美貌……。まだ子供と言っていい年齢でその評価が出ると言うことは、おそらくそれは事実なのだろう。
地の勇者は、自分よりも美しいと讃えられる者を許せなかった。
他にも“火の勇者”は女性なのだが、地の勇者は彼女よりも自分のほうが美しいと思っているので問題はない。
それに地の勇者は、この世界に召喚された時、【勇者】と呼ばれるよりも【聖女】と呼んで欲しいと願い出て却下されている。
この世界に召喚された力ある者は【勇者】なのだと説得されて、渋々了承したのに、セイル国のその少女はあっさりと【聖女】の称号を得た。
それが許せない。自分より綺麗で若い女が許せない。自分より讃えられる存在が許せない。
「私はそんなことしないからねっ! あなた達も、私に逆らうとどうなるのか分かっているんでしょうね?」
「も、もちろんですっ」
同じ馬車の中にいる従者――正確には、勇者パーティとして厳選された、偶然美青年や美少年ばかりの魔法騎士達は、青い顔で下を向く。
「ふふふ、良い子達ね。特別に可愛がってあげるわよ」
「「「………」」」
硬直する騎士達に地の勇者が優しく手を伸ばすと、その次の瞬間、馬車が微かに揺れて動きを停めた。
「……と、到着したようです」
「みたいね……。まぁいいわ。愉しみは夜にしましょ」
地の勇者は残念そうに顔を歪めて、馬車の扉を自分で開きながら外に出ると、ズシンと大地が揺れる。
「では、行くわよっ!」
「「「はっ、カンゾー様っ」」」
地の勇者・カンゾー。
身の丈2メートル、筋骨隆々、髭剃り痕が妙に青い三十二歳、彼は心は乙女の歴とした男性である。
***
「どわぁああああああああああああああああっ!?」
「………………………」
後ろが五月蠅い。
チラリと振り返ると、後ろでティナに掴まれた大地が半狂乱で絶叫していた。
うん、まだ元気だね。これならもうしばらくは平気かな。
私達は現在、ギルドマスター・コロナの依頼を受けてゲンブル方面にあるドワーフの国に向かっています。
まともに行くと幾つかの小国を越える場所なので、軍用の脚の速い馬車でも一ヶ月以上掛かる。なので私達は自分の脚で走っていくことにした。
一応、途中までは馬車だったのよ? ただ一日で飽きちゃった。
これが聖王国だったら公爵令嬢として自重したんだけど、すでにファニーが人外っぽい機動力を見せちゃってるし、お忍びだって言っているのに騎士が二十人くらい付いてきて、他国に動きが知られちゃったから行動を早めただけなんですよ。
セイル国とはしては私が他の国と接触するのは面白くないから、お目付役を付けたいんでしょうねぇ。だが、断る。
それから馬に乗った騎士を置き去りにする形で私達は走っていた。
ビバ、聖女様。聖王国でもそうだったけど、大抵のことは『聖女様だから』で許される優しい世界です。
飛んでいけばもっと速いけど、さすがにコウモリの翼を見せると正体がバレそうなのでそれは自重しました。
「ユールシアさまぁ、なんか愉しそう?」
「あ、わかる?」
横からニアが私と併走する形で話しかけてくる。
あ、……なんか途中から大地の声しか聞こえないと思ったら、ニアが担いだ風太が白目を剥いていた。
その米袋を肩に担ぐような持ち方はどうにかならなかったのか……。まぁそれでも、脚を掴んで走っているティナよりはマシか。
多分、時速で300キロくらい出ているから、これ以上速度を落としたら大地は地面を引きずられるかも。
その速度でまだ気絶していない大地も、だいぶ鍛えられてきたね。風太は戻ったら、再特訓だ。
今回の面子は従者達は変更無しだけど、燈火や瑞樹と入れ替わりで、大地と風太を連れてきている。
今回、他国のダンジョン攻略に行くって言ったら、自分達から行きたいって言ったのですよ。男の子として“冒険”に行きたいってのも理解できるけど、たぶん、特訓より楽だと思ったのかな?
女の子は愛されて綺麗になる。男の子は厳しくされて強くなる。と昔、誰かが言っていたので、二人には頑張って貰っていたのです。
「ほら、コロナと契約したじゃない? 今回はちゃんとした契約だったと思うよ」
「いいなぁ、味見したい」
「すぐには手に入らないわよ」
私が愉しそうなのは、そんな理由です。
恩坐くんの時は、恩坐くんがアホだったからだいぶ曖昧な契約だったけど、今回はちゃんとしました。
事件を解決して勇者の介入を防ぐこと。これも曖昧と言えば曖昧なんだけど、その項目に事件に関することでの全面協力を入れた。
これでコロナか、ゲンブル国の冒険者ギルドマスターが協力を渋れば、その時点で彼女達からの契約破棄ということで、強制的に魂を徴収出来るのです。
いやはや、言質を取るのに苦労しましたよ。
コロナにゲンブルまで長距離通話させたりね。携帯電話みたいな個人通話はまだ無いけど、冒険者ギルドクラスになると各支部間の通話出来る機能が有ったのですよ。
「主様、大地が気絶したので、そろそろかと」
「わかったわ」
…………気絶時間で時間を計るなよ。
それはともかく、走り出して半日ほどで、私達は初めてのドワーフ国に到着した。
次回、ダンジョン攻略。





