3-11 冒険者になりました ③
私達は職員らしいおじ様に案内されて、ギルドマスターの部屋に向かう事になった。
その部屋は最上階の三階にあるらしく、そこまで登らないといけないのだけど、みんな見事なまでに静まりかえっている。
それは何故かと言うと、私のすぐ後ろを歩いているニアとティアが、私が歩かされている事に不機嫌そうな気配を隠そうとしていないからだ。
じわじわと滲み出る気配が“威圧”となって、一階の冒険者達が居るロビーからも物音一つ聞こえない状態になっている。
「二人とも、控えなさい」
「「……はい」」
あ、納得してないな。
こっそり呟いた私の声に応えて威圧は減ったけど、二人から聞こえる声はまだ機嫌が悪そうだ。二人とも気が短いからねぇ……。とりあえず燈火と瑞樹が過呼吸起こしそうになっているから止めなさい。
悪魔は好き勝手に生きているように見えて、実際はかなりの体育会系縦社会だ。
私達とあの上級悪魔達は、ブラック企業の取締役と平社員みたいな関係で、がりがりに痩せ細っていてもホームページで『素晴らしい職場です』と言わなければいけない。
でも私と従者達は、私が直に育てたせいか、直属の配下を通り越して【眷属】と言ってもいい。
そのせいか忠誠度が半端ない。それは良いんだけど、誰に似たのか知らないけど、行動が読めないから、振り返るとこの街が全滅しているとかありそうで怖い。
そう言う部分はきっとリンネの影響ね。
まだキョージの……と言うか、【勇者】の戦力分析が済んでいないから、今はあまり無茶はしない。
たぶんだけど、勇者がちゃんとしたパーティを組めば、大悪魔と互角程度にはなると思う。私かリンネなら問題ないけど、勇気くんが言うには、勇者の怖さは強さだけじゃないらしいから。
「……こちらです」
おっと、着いたみたいです。
案内してくれたおじ様は、ここに来るまでの短い間に十歳くらい老けた感じになっていた。ごめんなさい。
「ギルドマスター、お客人をお連れしました」
「ああ、ご苦労」
おじ様が開けてくれた扉から部屋に入ると、二十畳くらいの部屋の奥にあるデスクから女の子の声が聞こえた。
「……へぇ」
そう呟いたのは、デスクからこちらに歩いてくる、見た目は私と同年代で、背は瑞樹よりも小さい赤毛の女の子だった。……髪の毛の量が多いな。
でも、私を前にしてのその態度と、その眼光が見た目通りではないと教えてくれる。
そう言えば、勇気くんから少し聞いていたね。
「ドワーフ?」
「おや? あんたの世界にもドワーフが居るのかい?」
彼女はあっさりと、私達が【異世界人】であると看破した。いや、違うか。自分が情報を知っていることを伝えて、先制してきた感じね。
「少しだけ違うけど、友人が居るわ」
「それは良いことを聞いた。いつもの異世界人達の世界では、人間しか居ないらしいから、他の世界でも同族が居るのはいいことだ」
「身の丈3メートルの、巌のような可憐な姫だけど」
「………言っている意味が分からない」
「ドワーフって、人の言葉が話せるのね」
「お、おい、何を言って、」
「それより、いつまでここに立っていればいいの?」
「あ、ああ、すまない。そちらに腰掛けてくれ…」
彼女は少し狼狽えたようにソファがあるほうへ向かった。
良し勝った。じゃなくて、こんな事をしに来た訳ではない。
こちらの世界のドワーフは背の低いガッチリした体格で、男はヒゲモジャ。女はロリと言う珍しい種族だ。寿命も人間より長く、彼女も見た目は“少女”だけど、年齢はずっと上だと思う。
それが普通だろ、って? ところがアトラのドワーフはこちらとまったく違うのだから仕方ない。あれは種族ではなく生体兵器だ。
私がソファに腰を下ろすと、正面に座った彼女がまた口を開く。
「なぁ、さっきの、」
「挨拶はいたしませんの? 瑞樹と燈火もそんなところに立ってないで、こっちに座りなさい」
「は、はいっ」
「うん……」
従者であるニアとティナが私の後ろに立ったままだったので、どうしようかおろおろしていた二人を呼んでソファに座らせる。
それを目にしてこちら側で交渉するのは私だと理解した彼女は、やっと落ち着きを取り戻して私を見つめた。
「私がセイル国冒険者ギルドのギルドマスター、コロナ・クララだ」
「フルネームは長いから、ユールシアと覚えてくれればいいわ。こちらの二人は…」
「と、燈火よ」
「瑞樹ですっ」
二人が私の後に少し緊張気味に名を告げる。
「……後ろの二人は?」
「私の従者よ」
「……そうか」
私がそれ以上説明するつもりがないと分かったのか、一拍おいてからコロナは少し疲れたようにそう呟いた。
一瞬それで会話が途切れたが、タイミング良く先ほどのおじ様がお茶とお菓子を持ってきてくれた。
王城でも地球のスィーツのような物は出されたけど、燈火と瑞樹は庶民的なシュークリームを見て、目を輝かせた後に私を見る。どこか“お預け”をされた子犬のような目をされたので私が頷くと、彼女達は喜んでシュークリームに手を伸ばす。
……だから何で、私が保護者的な位置なのかと。
「やっぱり、女の子はそう言うの好きだよな。それは異世界人が広めた菓子だが、トーカやミズキもニホンジンかい?」
「う、うん」
「そうです…」
「ねぇ、コロナ。用があったのではないの?」
あまり異世界人だとバレないように言っておいた二人がまたチラチラ私を見るので、コロナの視線を私のほうへ引き戻す。
「……ユールシアは性急だねぇ。余裕がないのかい?」
「用がないなら帰るわよ?」
「おや? そっちに用があったから、ギルドに来たんじゃないのかい?」
私の目を見つめながらコロナがニヤリと笑う。
それだけでも普通の女性じゃないね。自分で言うのも悲しいけど、初回から真正面で見つめ合って怯えられなかったのは久しぶりです。
この部屋にもギルドマスターの部屋らしく武器が飾ってあるけど、そのどれもが普通の女性なら持ち上げることすら難しそうな両手武器ばかりで、どれも使い込まれた物だと分かる。
コロナの手が届くすぐ後ろにも魔力式の両手斧が置いてあり、コロナがただの役職だけでなく、実力のある冒険者なのだと理解できた。
問題は、コロナがどちら側かと言うことだ。
「観光よ」
「……観光ねぇ」
実際、観光のつもりで来たのだから嘘はない。ただ名前を聞かれてジョン・山田と答えるような回答にコロナの目付きがわずかに細くなる。
ここで先に用件を言ったほうが、ほんのわずかだけど交渉で有利になる。相手が何か求めているのなら、条件という形にすればいいのだから。
情報も知りたかったけど、面倒な手順を踏んでまでここで知りたい訳じゃない。
私だったら、数千キロ離れた他の国でも問題ないんだよ。
そんな私の本気が分かったのか、コロナは軽く肩を竦める。
「悪い悪い、呼び立てたのは私だったね。ただ、ユールシアが本当に【聖女】と呼ばれるほどの存在か、見てみたかったのさ」
「それでご感想は?」
やっぱり私が“誰か”は知っていたみたい。
「胆力はある。聖女らしいのかって言われたら微妙だが、それだけでも他国の間者共がうろちょろするだけの事はあるかな?」
「らしくないのは自覚しているわ」
「あんたは面白いね……。でもさ、」
笑っていたコロナの雰囲気が突然変わった。
「私が知りたいのは、【聖女様】の実力のほうさっ」
人間の十代前半にしか見えないコロナから驚くような殺気が放たれ、とんでもない速さで背後の両手斧を掴んで振り上げた。
魔力による身体強化? それともこれもスキル? どちらでもいいけど、彼女は城で見た騎士達よりも強く、下級悪魔程度では太刀打ちも出来ないでしょう。
たぶん、戦闘力なら並の上級悪魔程度はあるんじゃないかな?
「……………」
でもコロナは振り上げた斧を私に振り下ろすことは出来なかった。
その背後からティナに肩を掴まれ、ニアから喉元に黄金魔剣を突きつけられたコロナは、まったく動きが見えなかった二人の行動よりも、二人が放つ異様な威圧感に動きを縛られて、だらだらと汗を流していた。
「もう良いわよ」
私が微笑みを崩さすに声を掛けると二人が音もなく私の背後に戻り、カシャンッ、とコロナの手から斧が落ちると、彼女はそのまま床に崩れ落ちた。
あらら、ティナに掴まれていた肩の骨がぐしゃぐしゃになっているね。
「…『光在れ』…」
私が神聖魔法の【治癒】と【再生】を同時に掛けてやると、一瞬で治った肩に唖然としながらも、コロナは私と二人の従者に畏れるような瞳を向けてくる。
「……聖女の力……それと、この二人が“聖女の従者”か。……噂以上だね」
それはこの二人じゃなくて、別の従者です。なんて言ったらさらに怯えられるような気がする。
それでなくても、今のやり取りだけで燈火達は完全に硬直しているし。
とにかくコロナはそれだけ呟くと、床に蹲ったまま今度は何か悩んでいるみたいだった。
「これが用なら帰るけど?」
「ま、待ってくれっ、非礼は詫びる」
私の退屈そうな声にコロナは慌てて立ち上がると、素直に頭を下げてきた。
う~ん……本気で帰ろうかと思ったけど、そう素直に出られると私も弱い。
私は人間属性を持つおかげで【悪魔】としての制約からほとんど解放されているんだけど、異次元からこちらに来たばかりの時よりも、人間社会に数ヶ月触れあってきた今では、だいぶ思考が人間寄りに感化されると言う弊害が出ている。
簡単に言うと、非情になりきれないのだ。
「それで結局は、何の用だったの?」
「ああ、ユールシアに実力があったら頼みたいことがあった。謝礼はもちろん払う。それとこれを受け取って欲しい……」
「これって……」
あのおじ様が、木の箱に入れた物を持ってくると、玉虫色に輝く小さなペンダントを私達の前に広げた。
「カムイランクのタグだ。後でユールシアの名を刻めば登録は終わる」
冒険者の証である首から掛ける金属板。
英雄クラスの実力を持つ者しか受け取れない、冒険者最高ランクの証。
「本当ならブロンズランクからのスタートだが、ユールシアならそれは無意味だと判断した。仲間達にはシルバーランクのタグを用意する。必要な分だけ申し出てくれ」
「………どういう事?」
私が冒険者の登録をしようと思ったのは、他国での身分証が欲しかっただけなんだけど、いきなりカムイランクか。
確かに勇者や英雄クラスならそれを受けられるはずだけど、うちの子達にもシルバーランクとか、いきなり大盤振る舞い過ぎて逆に不安になるわ。
……シルバーとかカムイとか、なんか、マンガで読んだことあるような。
「ユールシアは、北の大国ゲンブルでのゾンビ大量発生事件は知っているよな?」
「……まぁね」
知っているも何も、ファニーがやらかしちゃった奴でしょ。
「各国のギルドは、国の調査機関とは別に独自の調査を行ってきた。国ならばその国でおしまいだが、私達ギルドは情報を共有出来るので、情報に関しては最先端だという自負がある」
「原因が分かったの?」
「……確定ではない。でもゲンブルのギルドマスターと私は、怪しいと睨んでいる場所がある」
「ゲンブル国には報告したの?」
「……まだよ」
たぶん、ギルドの利益を考えたら、ゴールドランクの冒険者を集めて攻略させたほうが、対外的にはいいはずだ。
これが自然発生ではなくて、あの宝石を使った魔法であることもある程度は察しているはずだから、その原理を知るだけでもかなりのお金になる。
別にそれを責めはしないけど、それはゲンブルから手柄を奪う行為なので、ゲンブルとの関係は悪くなるんじゃないの?
でもその理由は私の想像と少し違っていた。
「北のギルドマスターもドワーフなんだ……」
「ん?」
突然そんなことを言われても、良く分からない。
「あの地には、私達の故郷があるんだ。ゲンブルに報告したら、私達の里ごと消されるかも知れない。それに、北の勇者がそこに向かったと言う情報もある。もし、あいつが情報を知って動いていたら、ドワーフの里は間違いなく潰される……」
「ふぅ~ん……」
北の勇者……地の勇者か。勇気くんを殺した勇者の一人。
いずれはどうにかする予定だけど、今のところ直接的に敵対して、楽にしてあげるつもりはないんだけどなぁ。
コロナはキョージ達“勇者”側の人ではないと思うけど、だからと言って味方になれそうかと言われたらそうでもない。
最初に試されたのも面白くないし、この件も私にはさっぱりうま味がない。勇者相手だから、それだけ切羽詰まっていたのかも知れないけど。
でも……
「分かったわ」
「本当かっ!」
喜び顔を上げるコロナに、私はニッコリ微笑みかける。
彼女の思惑が何かは分からない。
本心から故郷を想って助けたいのかも知れないし、勇者が出てくるのなら冒険者程度では太刀打ち出来ないのも分かる。
でもね……それが人間の村とかなら、彼女はここまで真剣に悩んだのかな?
私は笑顔で席を立つと、まだ床に蹲っているコロナの所でそっと彼女の手を握る。
「コロナも協力してくれるの?」
「あ、…ああ、もちろんさっ、立場的に勇者の相手は出来ないけど、そこまでの案内なら何人か、」
「……そうじゃなくて、あなたはここに居ても良いから、全てを賭けても救いたい?」
「……も、もちろんっ」
私は一瞬不安そうな顔になったのを見逃さなかった。
それでも私はコロナに微笑み、そっと彼女に囁きかける。
「ではコロナ……【契約】しましょ」
セールスの基本は笑顔です。
次回、ゲンブルに出発です。





