1-04 園児になりました ②
「……柚子ちゃん、これなぁに?」
「……ゾウさん」
幼稚園で私の【椿組】は今、粘土の時間です。
『今日は大好きな動物を作ってみましょうねぇ』と言う、いまだに名前が思い出せない先生の号令でみんな一斉に粘土をこね始めた訳ですが、私もこの変な知識があるから、ちょっと差を付けてやるぜ、的に頑張ってきた結果がコレである。
「………あれぇ」
私の前に、やけに前衛的な物体が異様な個性を自己主張していた。
美王子くんが悪気もなくそう言うのも仕方がない。……くっ、心の中で名前を呼ぶだけでもダメージがきます。
暢気な彼だからまだそんな感想で済んでいるけど、向かいに座った子は私が作り始めて5分もしないうちに涙目になっていた。
………そんなに酷いか。
確かに自分でも器用だとは思ってなかったけど、ここまで不器用だったとは……。
「はんっ…さむくん…は、何を作ったの?」
「これ? 日本短角種だよぉ」
「……………うし?」
なるほど……大好きな食肉用の牛さんだったのですね。さすが、有名食肉メーカーの御曹司なのですっ。
……食肉業界の闇は深いわ。
そしてまた休み時間である。
ドォッと庭に走り出す男の子達。女の子も半分くらい外に出て、残り半分は積み木や絵本のコーナーに向かう。
その中でおもむろにクーラーボックスからフランクフルトの袋を取り出した美王子くんの手を、ガシッと掴んで止める。
「柚子ちゃん……?」
「はん、ひゃむくん、お外に遊びに行こう?」
噛んだ。でも私は頑張った。
「う~ん、じゃあ、食べたら…」
「いま行こうっ。……ね?」
「……うん、柚子ちゃんと遊ぶ」
新たなお肉を取らないように両手を握ってお願いしたら、彼はキュッとぷよぷよしたお手々で握り返して、良い笑顔で頷いてくれた。
脱メタボ。彼にちゃんとお友達が出来るように、まずは痩せて、からかわれないようにしないとね。
私の友達? う~ん……幼稚園児の女の子同士って何をして遊ぶんだっけ?
休み時間は結局、お手々繋いでお散歩するだけで終わった。美王子くんも体力無いけど、私もそれ以上に体力がない。
先生達が妙に温かい眼差しで私達を見ていたのは何故でしょう……。
次の時間は英語である。いんぐりっしゅ。……さすが高峯学園附属幼稚園。幼児の頃から英才教育だった。
でも所詮は幼稚園の英語教育。どうせ、ABCが書かれたブロックを並べていくくらいでしょ? とか考えていたら違った。私の目の前には英語の絵本が置かれている。
……え? これみんな読めるの? と思って周りを見回してみると、物の見事に二つに分かれていた。
一般家庭の子は、最初から本を開くこともせずに隣の子と遊んでいる。先生達はそれを見ても叱らない。まるっきり放置だ。
ああ……なるほど、こういう部分で振るいに掛けられるんだね。おそらくこのまま初等部に上がっても、クラスで別けられて教育も変わってくる。
そして、いかにもな感じの子供達は、普通に英語の絵本を開いて読んでいた。
「柚子ちゃん、これ面白いよ」
「……うん」
どうしよう。記憶がごっちゃになる前の私は、普通に読んでいたのか、それとも放棄して遊んでいたのか。
悩んでも仕方ないので美王子くんお勧めの絵本を開いてみる。
うん、横文字だ。……でも、あれ?
「どうしたのぉ?」
「ううんっ」
読める……。なんだか分からないけど、読める。
英語は単語程度なら分かるけど、私はそれが文章になると分からない。
でも、ジッと見つめていると、その文字の意味や文章の流れが、私が理解できるような形で“視えて”くる。
それを口に出すと、勝手に英語になって私の口から流れた。
「君、英語上手だね」
そんな声を掛けてきたのは美王子くんじゃない。
後ろから掛けられた声に振り返ると、そこには、黒に近い青い瞳で自然な茶の髪色をした可愛い男の子がニッコリ笑っていた。
「あ、公貴くんだ」
「やぁ、美王子」
「……(ピクッ)」
王子様のような笑顔で普通に美王子くんの名前を呼ぶから、私の頬が痙攣した。……なかなか慣れませんね。魂が拒絶しているのかも知れません。
それはともかく彼も美王子くんのお友達なら、それなりに良い家柄の男の子かも。
公貴くんの後ろから、絵本を抱えた女の子達が何人か付いてきていた。……あなた、憑かれてるのよ。って、そうじゃなくて、彼はどうやら見た目通り【王子様】的な存在みたいです。
「君は確か、塔垣さんのお嬢さん……だったよね?」
「え……うん」
私の事も知られていた。お友達ではなかったみたいだけど、お父さんのお仕事と関係有るかも知れないから大人しくしてたほうが良いかも?
「……ふぅ~ん」
公貴くんが不思議そうな顔で私の顔を覗き込む。……近い近いっ。美少年だなぁ……君の後ろで女の子達がざわついてるよっ。
「なんだかずいぶん印象が変わったね……。前は英語の時間はあっちにいたのに……」
そう言って公貴くんがちらりと視線を向けたのは、英語の時間なのに遊んでいる子供達だった。
前の私はあっちのグループだったみたい。それは良いとして『印象が変わった』って中身のこと? 外見のこと?
どっちも普通じゃないのは自覚しているけど、あの変な“力”の事じゃないのよね?
「「………」」
思わず無言のまま微笑み合う私達。……これで五歳? すごいね。私も人の事は言えないけど。
「……公貴くん、柚子ちゃんっ」
美王子くんが少し大きな声を出して私の手をギュッと握る。そしてそれに驚いたのは私じゃなくて、公貴くんだった。
「……美王子、大きな声が出るんだね。うん、そのほうが良いよっ」
公貴くんはニコニコして私と美王子くんを交互に見る。
「えっと、柚子ちゃん? 美王子と仲が良いんだね」
「あ、……うん、ハンッ、…サムくんとはお友達……」
また噛んだ。彼の名を素直に呼べないのは、きっとこの想いが……“変”だから。
「へぇ……サムって呼んでるんだ。それいいなっ。僕もそう呼んでいい?」
「あ、うん、いいよぉ」
サムっ!? なにその米国人の愛称的な呼び名はっ!?
美王子くんは自分の名前に興味がないのか諦めているのか知らないけど、純日本人でその呼び方は、かなりきつい。
「ち、違うんですっ」
「「……?」」
思わず声に出して止めると、にこやかに微笑みあっていた二人が不思議そうにこっちに振り返った。
思わず止めちゃったけど、これからどうする!? サムでもハンサムよりマシなのかも? いや、えっと……考えろ、私っ。
「私は、……“王子”くんが呼びやすいかなぁ……なんて」
咄嗟に何の捻りもなく私の口からそんな名称が漏れた。
これも王子様的外見をしてないと本人が辛いが、彼は幸い可愛い顔立ちをしているからギリギリ大丈夫っ。私の精神耐久的にっ。
「そうか……僕としてはサムが呼びやすかったんだけど」
公貴くんが残念そうな顔をしている。
そりゃハーフっぽい公貴くんなら外国人の知り合いが多いでしょうから、そうなんだろうけど、純日本人だときついんですよ。
「僕はどっちでもいいけど……柚子ちゃんの決めたほうで良いよぉ」
最後は本人のそんな一言で決まった。
……良かったのかこれで。本人が良いなら良いけど。
でも後になって思い返した時、見た目が王子様の公貴くんに『王子』と呼ばれる彼を想像して、少し胃が痛くなった。
こうして私は、今までいた“一般人グループ”から離れて、公貴くん達がいるグループに、王子くんとセットで移ることになった。
平穏な生活が遠のきそう……。
このグループで私の変な“力”がバレたら、お父さんに迷惑掛かるんだろうなぁ。
***
食肉加工メーカー【二句之ハム】は全国に専用牧場と工場を持ち、従業員約8000名、売り上げ2000億を越える企業である。
二句之ハムでは全てを自社工場で加工するのではなく、先代の頃から一般の中小企業や工場と提携し、新規商品の開発や販売ルートの拡大を行っていた。
主に提携する企業だけでも数百以上あるが、先代からの付き合いで信用できる相手となると一気に数が減る。
そう言う企業は特に重要な新規商品に関わって貰うので、企業としては小さくてもそれなりの付き合いをする必要があった。
二句之家長男である美王子は、歳を取ってからの初めての子供でテンションが上がりまくった両親によって命名された。
家族全員が福福しい体型をしており、肉の摂取による成人病で、年配の者があまりいなかったせいで誰にも止められなかったのは、ある意味、食肉業界の闇とも言える。
だが本人は、性格的なものもあり自分の名前を気にしていなかった。
母の友人の子供には“栄光之剣”くんも居たので、麻痺していたのかも知れない。
ちなみに妹の美茄子は、届け出時に役所の職員に説得されて正気に戻り、“美茄子”として届けられ、事なきを得た。
美王子は周りから、おっとりとした大人しい性格に思われていた。
体格のせいもあり同年代の子供からからかわれて、暢気で大人しい少年になったと思われていたが、その根本の原因はストレスであった。
二句之家の人間はあまり長生きしない。
単純に肉の食べ過ぎによる太りすぎが原因なのだが、美王子は早死にすることになった理由を、精肉となった動物達の“呪い”だと思い込んで、そのストレスで過食していたのだ。
そんな美王子に友人は少ない。からかわれることもストレスになるので、久遠公貴のような名士の家系や、家同士の繋がりがある者としか付き合わなくなった。
その中に、昔から提携していた塔垣商事の娘である柚子が居た。柚子も暢気な性格をしており、彼女の側に居ると美王子は心が落ち着くのを感じていた。
だが彼女は次第に美王子から離れていく。
上流家庭の中でも一般家庭と同じような教育と生活をしていた柚子は、高峯学園の教育についていけず、一般家庭の子供とばかり遊ぶようになる。
そんなある日、父親より柚子が高熱を出して一時的に記憶が混乱したと聞かされた。
美王子の父と柚子の父は学生時代の友人で、美王子が生まれた時は我が事のように喜んでいたらしい。
記憶の混乱……。それがどの程度か分からないが、そうなったら美王子との距離はさらに離れていくだろう。
そして数日後、幼稚園に登園してきた柚子は、確かに知っている柚子だったが、どこか雰囲気が変わっていた。
そして美王子は柚子を見て、まるでお伽話の魔法使いに魅了されたみたいに胸が高鳴るのを感じた。
良く見れば、ほとんどの子達が頬を染めて、近寄ることも出来ずにいたと分かって、美王子は柚子に声を掛ける。
柚子は少しだけ変わっていたが、周りの空気を柔らかく緩めてしまう空気を持った、美王子が知っている柚子だった。
以前、彼から離れていった柚子は、今度は美王子の手を取り、今まで気付けなかった外の世界の素晴らしさを教えてくれた。
このまま……彼女が居てくれるのなら、もう何も怖くない。
「早く明日にならないかなぁ。柚子ちゃんと遊ぶんだぁ」
最近明るくなって前向きになって来た息子の様子に、福福しい体型の両親は喜んで、二人は顔を見合わせると、微笑みながらゆっくり頷いた。
本日はここまでです。次からは二日に一話更新予定ですが、第一章は出来るだけ早くあげていきたいと思っています。
次回、夏休みに突入です。





