3-10 冒険者になりました ②
この世界【テス】には冒険者と呼ばれる者達と、それを支援する冒険者ギルドが存在する。
このギルド……と言うよりも【冒険者】と言う職業と呼び名を定着させたのは召喚された異世界人だと言われており、意外と歴史は浅い。
だが冒険者とは言っても実際に冒険するのはほんの一部で、ほとんどの冒険者は所謂『何でも屋』だ。新人の冒険者は、本当に“何でも”しないと食べていけないというのが正しい。
冒険者はギルドに入らないといけないと言う決まりはない。決まりはないが、入ると便利な点が色々ある。
例えば、一般の人は何か頼みたいことがあっても、どの冒険者に頼めばよいのか分からない。農家の人が畑を荒らすネズミを退治して欲しくても、それを竜退治出来る程の冒険者に頼んでいたらお金がいくらあっても足りない。
そこで冒険者ギルドは、冒険者をランク分けして、依頼に合う冒険者を斡旋したり、冒険者にも自分にあった依頼を受けられるシステムを作っていた。
冒険者のランクは四種類。
【ブロンズ】は最下級の冒険者で、新人や、専業でなくアルバイト程度の気楽な者達も登録しているために一番人数が多い。
【シルバー】になると立派な中級冒険者で、ほぼ全員が専業冒険者であり、オークなどの魔物の討伐などを行うようになるため、戦いに長けた物が多くなる。
【ゴールド】となると、よほどのベテランか、才能のある物に限られる。
これも異世界人が決めたと言われているが、一つの国で12人しか登録出来ない。
【カムイ】と呼ばれる最上級のランクが存在するが、英雄級の者のみに与えられる称号なので、一般の冒険者にはほぼ関係ない。
そしてこのセイル国の王都にも冒険者ギルドはある。
冒険者になるには登録料に小銀貨一枚――日本円で千円程度が必要で、年会費もランクに関係なく同額の小銀貨一枚なのだが、ブロンズランクは敷居も低いせいか数千人が登録しているので、それなりに儲けているらしく建物はかなり立派だった。
中に入ると、銀行のような個別のカウンターが幾つか設置されており、朝早くから依頼を受ける冒険者が並ぶ姿が見られるが、昼時ともなるとまばらになる。
大抵の場合は朝早くに依頼を受けて夕方までに終わらせて戻ってくるのが、一般的なブロンズ冒険者のパターンだ。
シルバー以上になると、依頼の内容を厳選する者が出てくるので、そう言った者達は新しい依頼が張り出されるのを待つために、ギルド内で待機する者も出てくる。
そう言った者達のために、一階にはカフェが設置されている場合が多いが、アルコールの類は置いていない。
地方の冒険者が少ない土地なら酒場を兼ねる場合もあるが、大抵の場合は単純に冒険者のイメージを落とさないようにして、一般人でも入りやすくするためである。
冒険者でもない一般人が依頼のために来ることもあるので、良く物語にあるような、入ってきた子供に突然絡むような光景はほとんど見られない。
あくまで“ほとんど”なので、絡む場合もある。
アルバイト程度の感覚で冒険者の仕事をする者も居るので、冒険者のイメージは現代のフリーターや派遣と似たような感覚なのだが、そこに荒事が混ざるので、気性の荒い者も存在するのだ。
だが、さすがに大国の王都のような都会だと紳士的な冒険者も多いので、そのような荒くれ者は少ないのだが、この東方諸国の冒険者ギルドでは少し様子が違っていた。
「く、くるかな…」
「今から緊張してどうすんだよ」
「もっと気楽にしてろって」
「そうなんだけどさ……」
一階のカフェで数人の冒険者がそんな会話をしていた。
彼らはシルバーに上がったばかりの冒険者で、彼らはギルドに入ってきた若者に絡むために待ち構えていた。
だが、その表情や様子から、新人を苛めてやろう的な雰囲気は感じられない。
ここ東方諸国の冒険者ギルドでは、異世界人が広めたある文化が定着している。
それは、『新人冒険者の為に、世間の厳しさを教えよう』と言う試みで、順番でシルバーの冒険者達が若者に絡んでいたのだ。
もちろん新人にも強い者がいるので返り討ちに遭うこともあるが、そこは他の冒険者達がフォローするのがここの決まりだ。
このことはギルドを贔屓にする商人や研究所などにも通達されていて、新入社員の度胸試しにも使われている。
どうやら今日の担当の冒険者はかなり善良な人間だったようで、何も知らない若者に絡むことに緊張しているようだった。
ギルド内には他の冒険者達も居て、自分が昔やったことを思い出しながら、もし彼らが上手く絡めないようなら、自分が代わりに絡んでやろうと、ある意味彼ら以上に緊張し、ギルド内が異様な空気に包まれていた。
……カラン。
『『『……、』』』
ギルド内の冒険者達が、扉の鐘が鳴る涼しげな音に一斉に顔を向けた。
これまでも何度か扉は開けられていたが、そのどれもが普通の冒険者で、初めてここを訪れるような若者はまだ現れていなかった。
その冒険者達も異様な雰囲気に事情を察して、カフェのテーブルに着いたために、今日は冒険者の数がいつもより多いほどだ。
そしてついにその時が訪れた。
入ってきたのは、黒髪の少女が二人。
どちらもこの世界では十代前半にしか見えなかったが、異世界人……正確に言えば東洋人系の少女は若く見えるので、彼女達はもう少し歳は上だろう。
「………」
本日の絡み担当冒険者はその二人にホッとした反面、落ち込んでいた。
新人でも気性の荒い田舎者が居て、逆に冒険者に絡んでくるような場合もあるが、この少女達ならそんなことはないだろう。だが、その冒険者もまだ若い男性であり、彼女達はちょっと好みだったので、絡むことに躊躇してしまったのだ。
そんな彼らの近くにいた年嵩の冒険者が、可哀想な彼に代わって彼女達に絡むべく腰を浮かすと、その前に状況が変わった。
きょろきょろと不思議そうに周りを見回す彼女達の後ろから、さらに二人の少女が姿を現した。
一人は小柄で冷たい印象のある、凛とした雰囲気のメイド服の少女。
一人はマントを羽織っていたが、その下に騎士服を着た少女だった。
どちらもまだ年若いが驚くような美貌を備えており、見た目にも仕立ての良い服装から、どこかの貴族かそれに仕える者だと想像出来た。
だが、そうなると少々問題が出てくる。
貴族が依頼をしに来ることはあるが、その場合は冒険者に舐められるのを避ける為、新人を送ってくることはあまりない。
もし新人が来たとしても、貴族との関わりを考えれば若い冒険者に絡ませるのは少々可哀想に思えて、数人の冒険者達が席から腰を浮かした時、また状況が変わる。
『『『……っ!』』』
全員が声にならない驚きの息を漏らした。
彼女達の後に入ってきた一人の少女……。どこかの商家の娘のような身なりをしているが、彼女が持つ雰囲気がそうは思わせなかった。
輝くような金の髪。鍔広の帽子を目深に被っていながらも、半分見える口元の美貌に男性だけでなく女性も思わず溜息を漏らし、冒険者達は彼女が持つ雰囲気に飲まれて、全員が声を掛けることすら諦めてそっと席に腰を戻した。
*
冒険者ギルドと言えば、テンプレのように絡んでくるかと思って、軽く威圧する準備をしていたのに誰も絡んでこなかったわ。やっぱり物語と実際は違うのね。
でも、なんでしょう……。チラチラ見てくるくせに、誰も目を合わせてくれないんですけど。
まぁいいか。
とりあえず、私は受付の一つに向かう。
ここに来た目的は観光もあるけど、一番の理由は冒険者に登録することだった。
私の身分はセイル国が保証してくれるけど、それが【聖女様】としての保証だから、他国に行った時とか普段使いがめんどくさい。
内緒の行動をしようとしても、セイル国にはここで登録した事なんてすぐバレると思うけど、冒険者しか閲覧出来ない資料を見ることも目的の一つだ。
「ぼ、ぼうけんひゃギルドにようこひょ」
「………」
若い女の子の受付が、私が彼女のカウンターを選んだことで泣きそうになっていた。
何故泣く……?
「冒険者の登録をしたいのですが、ここでよろしい?」
「ひぃい」
コラ待て、なんだその返しは。
無意識に軽く威圧しちゃったのかな? ほら私って結構シャイな部分があるから、初めての場所だと緊張しちゃうんですよ。
口をパクパクさせて真っ赤な顔でフリーズしてしまった彼女に困って隣のカウンターに視線を向けると、そこでも視線を逸らされる。
どうしようかと考えていると、奥から男性の職員がやってきて私の前で丁寧に頭を下げた。
「申し訳ありません。こちらにお出でいただけますでしょうか」
「どうして?」
たぶん、私が居るだけで業務が滞るからだと思うけど、一応聞いてみる。
ちょっと年季の入ったロマンスグレーのおじ様だったから、会話をしたかった訳ではない。
「はい……、当方のギルドマスターが、あなた様にお会いになりたいそうです」
「………」
いきなりギルドマスター?
……ややこしいことにならないと良いけど。
次回、ギルドマスターとのお話。





