3-08 夜の国の子供達 ②
しばらく仕事が忙しくて、落ち着くまで更新が遅れがちになることがあると思います。申し訳ありません。
大空洞には、数百万人の闇の住人が住んでいる。
彼らは闇の勢力として人間やエルフ達の光の勢力側と争っているが、けして一枚岩ではない。
ダークエルフ。獣人。知恵のある魔物。
ユールシア達が居た異世界アトラでは、魔王の存在がそう言う者達を纏めていたが、ここでは“強き者”を尊びながらも、互いが相手を尊重することはなかった。
大空洞の中心部には古い城があり、かつては彼らを纏めていた者が居たことを思わせる。だがその城は数千年間無人であり、いずれかの王がそこを手に入れようとすれば、他の種族から攻撃されることになるだろう。
三つの種族は、その城から離れた大空洞の壁沿いに城を構えていた。
そのうちの一つ、ダークエルフの城では数年前よりある問題が起きていた。
「ねぇ、ネフィ。父様はまだ忙しいのかなぁ?」
「うん、リミィ。戦争の準備なんだって」
小さな少女の言葉に、同じ年頃の少女がそれに答える。
まだ五~六歳に見えるダークエルフの少女達で、エルフ種は外見からの年齢は当てにならないが、一五歳までなら人間と同じように成長するので、彼女達も見た目通りの子供だった。
エルフ種は通常の白いエルフとダークエルフ。そして、その原種であるハイエルフが存在する。
もっとも精霊に近い種であるハイエルフが人間と交わった事で白いエルフが産まれ、魔物と交わったことでダークエルフが産まれたと言われている。
ハイエルフは無限の寿命を持つと言われ、実際に暇を持て余した者が多かったことから、彼らはチャレンジャーだったのだ。
生き物は長生きしても立派になるとは限らない見本のような生き物だった。
「お腹減ったね……」
「へったねぇ」
少女達は貧民という訳ではない。石造りの部屋は、愛らしい幼女が暮らすには彩りに欠けていたが、広さもあり調度品もかなり良い物を使っている。
二人が着ている物も手間の掛かった豪華なドレスで、並の豪商程度では子供にこんな物は与えられないだろう。
二人の少女はダークエルフの王族である。金の髪で碧い瞳の少女はネフィで、銀の髪で紫の瞳の少女をリミィと言い、二人は双子として生を受けた。
だが、まだ幼い彼女達を世話するような侍女の姿もなく、二人は城の中で放置されているような状況に近い。
何故そうなったのか?
この城では王の子供達が成人し、現在、五人の王子と三人の王女が後継者を争い、緊迫した状態が続いている。母親も違い、年齢が離れた幼い二人は後継者争いから外れていたが、疑心暗鬼に囚われた兄や姉達は、積極的でないにしても念の為に二人を亡き者にしようとしていた。
「ネフィ、いい匂いがする」
「ホントだね。リミィ」
世話係達は王子や王女の不興を買うことを恐れて彼女達の側から逃げている。
それから数ヶ月、二人は手を取り合って何とか生きてきた。
二人は大きな扉を開けると、誰が置いたか分からないカートに乗せられた豪華な料理を見て手を伸ばすと、それを片っ端から窓の外に捨てた。
「また毒入りだね」
「そろそろ飽きてきたね」
二人は幼い頃から微量の毒を盛られていたために【毒耐性スキル】を得ている。それでも味見をすれば毒と分かる程度で、この料理を毎日食べ続ければ半年ほどで死んでしまうだろう。
「それではリミィ、ご飯を食べに行こう」
「今日は美味しいのあるといいね」
おっとりとした性格で見た目も人形のように可愛らしい二人は、兄弟達からあまり警戒されていなかったが、知性があり、他の兄姉の誰よりも狡猾さがあった。
皮肉にも、二人は幼い頃から命の危険があったために、狡猾さと強さを研磨し続けてきたダークエルフの王族としての才能が開花したのだ。
ネフィとリミィは子供しか通れないような穴を潜り、厨房の一つへと向かう。現状で兄姉達は毒殺を恐れて、厨房を別けて配下の料理人に調理をさせていた。
匂いと勘で調理の進行具合を確かめると、二人は第一王女専用の厨房に忍び込む。
その中で調理人が忙しそうに働いていたが、出来上がっていた一部の料理が今日届けられた物と同じ物だと確認出来たので、二人はパンやチーズなどを取ると、その料理に自分達が持ってきた毒入りの料理を混ぜ込んだ。
ほとんど捨ててしまったので少量だったが、これを数年続ければ姉を潰すことが出来るかも知れない。
「「………」」
だが、それではどうにもならない事を二人は気付いていた。
おそらく父王は中立で、彼女達が幼くても保護はしてくれないだろう。母親はダークエルフではないらしく、二人が生まれてすぐに暗殺されている。
後ろ盾が無く、力もない二人が生き延びられるのは、後数年だろう。今は無害を装っていても、身体が成長すればそれだけで排除する理由となるからだ。
「美味しいね、リミィ」
「美味しいね、ネフィ」
二人は誰も居ないテラスの一つで、パンとチーズを分け合って食べた。
実際にそれほど美味しい物ではなかったが、二人で食べれば何でもご馳走だ。
後何年こうしていられるだろう……。二人は王の座なんかに興味はなく、その望みは二人で生きていきたい。……ただそれだけだった。
「………ネフィ」
「うん、リミィ」
二人は不意に互いの名前を呼び合う。
二人は自分達以外の気配を感じていた。それは気配と言うよりも“匂い”に近く、完全に気配を消した後の消臭剤のような“違和感”があったのだ。
『………』
闇の中から黒インクが滲み出るように黒ずくめの男が姿を現した。彼女達に気付かれたことを知り、確実に殺すために出てきたのだろう。
「「………」」
二人は、互いを逃がすことを考えながら、頭の中で魔法を構築していく。
だが、どうしてここに来て二人を直接始末しようとしたのか。二人は気付いていなかったが、兄姉の中で彼女達の素質に気付いていた者もいるのだ。
ゆっくりと何かの液体で濡れた短剣を構えて、暗殺者が動き出す。だが、その時。
『ガウガウ』
「「「………」」」
その真ん中を短い脚でちょこちょこ歩いて横切るクマのヌイグルミに、全員が思わず無言のままそれを見つめた。
「「……くまさん?」」
ネフィとリミィが同時にそう呟くと、瞬時に暗殺者が動いてクマのヌイグルミに斬りつけた。
普通に考えれば自立型の思考回路を持つ魔道具の一種と思うだろう。
それは目撃者と同意なので、暗殺者としては能力が分かりきった子供よりも先に始末するのが当然だった。……が。
ガキンッ!
「っ!」
『ガウ』
その短剣は、振り返ったクマの牙で受けられ、あっさりと噛み砕かれた。
慌てて短剣を手放し、予備の剣を抜こうとした暗殺者は突然暗闇の中で動きを停めて――一瞬で腐り果てて塵となって消えてしまった。
「……リミィ」
「うん、何か居る」
二人がクマのヌイグルミよりも、何も見えない“闇”を睨み付けると、静かに闇の中から一匹の黒猫が姿を現した。
「……ねこさん」
「くまとねこ」
暢気そうに聞こえるが、彼女達の顔には汗が浮かび、身体が小刻みに震えていた。
見た目も気配もただの黒猫としか思えなかったのに、闇の種族を率いる王族としての勘が、彼女達にこの目の前にいる存在を【超越者】だと理解させた。
『………』
「「………」」
ジッと二人を見つめる黒猫の視線に、リミィが気死するように崩れ落ち、ネフィもその場に膝を突く。
いや、跪いてしまった。――と言い換えてもいいだろう。それほどまでに存在としての格の違いを感じてしまった彼女達は、畏れながらも目線だけで互いに頷き、静かに口を開く。
「……いずこかの…名のある“魔の神”とお見受けします」
「どうか……我らの窮地をお救い下さい……」
その二人の言葉を聞いて、黒猫の銀の瞳が嗤うように細められた。
『……対価は何だ? 黒いエルフよ』
「っ、」
その【声】の圧倒的な威圧感に、幼い子供達は引きつけを起こすように、さらに頭を低くする。
二人はいつかきっと『白馬の王子様』的な存在が救いに来てくれることを、諦めながらも願っていた。
でも……もしも、そのような存在が来てくれたのなら、二人は自分達の“人生”を半分ずつ差し出すことを決めていた。
「……た、対価は……」
「……私達の命…半分ずつを差し上げます」
『…………』
半分ずつ……と聞いてその黒猫…リンネの顔が微妙に歪む。
500年以上の寿命があるエルフでも、長い寿命故に怠惰なのか、この国で味見したダークエルフの魂はそれほど美味ではなかった。
リンネはその中でこの二人の少女を見つけた。
太古よりのエルフの血と魂を、必死に研磨して生き延びようとする彼女達の魂は、この国で唯一の宝石のようにも見えた。
半分でもかなりの価値があるのだが、それでも【大魔獣】であるリンネを動かすには少し足りない。
人間属性を持つ一部の【魔神】なら気にしないのだろうが、悪魔には悪魔の約束事があって、自分を安売りすることが出来ないのだ。
『……しばし待て』
「「は、はい…」」
リンネはこういう細かい契約を苦手としていた。リンネが……ではなく【魔獣】全体が苦手なのかも知れない。
魔獣は呼び出されれば、その場にある全てを【贄】として破壊し喰らい尽くす、ある意味“爆弾”的な使われ方をすることが多い。下手な契約をして魔獣を縛ろうとした術者達は、その大部分が召喚した魔獣に喰われることになる。
それ故に【魔獣】は細かい契約をしたことが無く、この契約である『窮地を救え』とは、彼女達の周りの環境を全て変えることになるので、契約の有効範囲が曖昧なのだ。
とにかく細かい契約が苦手なリンネは、ギアスを呼び寄せ、その繋がりを使ってギアスの主人である【魔神】にメッセージを送った。
《そちらから、ノアをこちらに寄こせないか?》
送信すると、すぐにピロロンと気の抜ける音がして返信が届く。
《急に、どうしたの?》
《契約が面倒なので、気がつく奴が欲しい》
《ノアは今、出払ってるよ?》
《ならば、誰かを送れないか? 俺が直接は動けない。契約者を護れる者が必要だ》
《ギアスがいるでしょ? 外見はアレだけど、中身は結構使えるよ》
《うむ……契約内容が面倒でな。それに対象が二名いる》
《どんな人達?》
《黒いエルフの子供が二人だ》
《ほぉほぉ。だったら適任者を送るね。リンネ、頑張ってね~》
《……わかった》
とりあえず誰か来てくれそうなので良かった。理想としては気がつくノアが来てくれるのがありがたかったが、ニアでもそれほど悪くない。
あのポンコツメイド二人組が来るとしたら、多少は注意しないといけないが酷いことにはならないだろう。
『黒いエルフの子らよ。汝らの魂半分を貰い、それを契約としよう』
「「あ、ありがとうございます」」
契約の証としてリンネから伸びた細い鎖が、彼女達の魂に絡みつく。
かなり曖昧さを残した契約になったが、魔獣としては悪くない。『窮地を救う』とは最悪の場合、彼女達以外の全てを皆殺しにしても良いのだから。
だが出来れば、その他の王族の魂を堕として回収出来れば申し分ない。
『お前達には護衛を付ける。それで事足りるはずだ』
「護衛……ですか?」
『ガウ』
不意にギアスが何か呟き、顔を真上に上げて口を大きく開けた。
その中から……得体の知れない黒いモノが溢れて、何者かがそこから現れようとしていた。
『……(ひょい)』
「「…………ウサギさん?」」
軽い調子で片手を上げるウサギのヌイグルミに、二人は唖然としながら呟いて、目の前にいるクマとウサギのヌイグルミを見つめた後、ハッと正気を取り戻す。
「えっ!? 魔の神様っ!?」
「あれっ!? いませんっ」
確かに子供の護衛をするには打って付けなのだが、リンネはまさか来るのが恩坐とは思わず、ツッコミを受ける前に速攻で姿を消していた。
こうして常駐のギアスと出張扱いの恩坐が二人の王女を護ることになった。
今まで隠れて影の薄かった末の妹たちが表舞台に姿を見せるようになって、兄姉達も警戒して手を打ったが、それを防いだのがヌイグルミだとは気付かれず、二人は急速に城での地位を固めていった。
恩坐は定期的にユルの所に戻って報告しています。言葉は通じませんが。
次回はユル達に場面が戻ります。





