2-13 目覚め ②
「お前、いい加減にしろよっ! 女に剣なんて向けやがってっ」
「…………」
恩坐くんがそう叫んで身構えると、まともな状態ではなくても何か感じたのか、勇気くんも警戒したように剣を構え直す。
「恩坐くん、私もすぐに、」
「柚子は休んでろっ!」
「……、」
怒られた……。でも本当に大丈夫なんでしょうねっ。
「ハァアッ!」
次の瞬間、勇気くんが一瞬で間合いを詰めて、恩坐くんに剣を突き出した。
私の輝聖槍のダメージが残っているのか、遅くはなっているけど、それでも人間の域を超えている。
「くっ」
恩坐くんは呻いて……それでも、剣の腹を“氣”を込めた拳で叩いて軌道を逸らす。かなりの速さだったのにあれを捌いたの?
「はっ!」
恩坐くんがさらに間合いを詰めて拳を繰り出す。あの間合いなら大剣は使いづらいけど、勇気くんは片手でその拳と打ち合わせ、私の目にはお互いの“氣”が火花のように飛び散ったのが見えた。
やっぱり勇気くんの身体能力は尋常じゃない。【勇者の秘術】で鍛えられた身体は、数十キロはある鉄の大剣を片手でも操れる。だから万全の体勢から繰り出された恩坐くんの攻撃を片手でも受けられた。
速さも力も勇気くんが数段上。その上、彼は前世と今世を使い、十数年も鍛え上げられた【勇者】としての戦闘経験と技術がある。
普通に考えたら大人と子供以上に差がある恩坐くんに勝ち目はない。
それなのに……
「『万物の根源たる…』」
「遅いッ!」
一瞬の隙を突いて唱え始めた呪文を、恩坐くんはまるで分かっていたように蹴りを合わせて、詠唱を中断させる。
「ふんっ!」
勇気くんは即座に大剣を横薙ぎに片手で振るうが、恩坐くんの身体はすでにそこに無く、すぐに戻って蹴りを放ったけど、勇気くんも剣の柄でそれを受けた。
……恩坐くんは攻撃を先読みしている?
「フラッシュッ!」
それでもさすがは元勇者。すぐに詠唱の短い魔法に切り替えた。
目眩ましの光……? ここで視界を潰されたら一気に終わりそうだけど、恩坐くんはそれさえも読んでいた。
恩坐くんは閃光の下をかいくぐるように頭から飛び込むと、
「はぁっ!」
「くっ」
一回転してその勢いを乗せた踵の蹴りを、自分の閃光で一瞬見失った勇気くんは大剣を盾にして受けるしかなかった。
……凄い恩坐くん、ちゃんと戦えてる。ギリギリだけど。
「お前の戦い方は知っている。それに、お前が教えてくれた“気配”を読む技術も使えるようになったんだぜっ」
「…………」
恩坐くんは勇気くんから魔法を習ったけど、魔力がないので使えなかった。
その替わりに何か教えて貰っていたみたいだけど、それが気配を読む技術ってこと?
たぶん、地縛霊の気持ちさえ汲んでしまう恩坐くんだから、相手の気持ちに合わせて行動を先読みしているんでしょう。……マジで?
そしてまた、恩坐くんにとってはギリギリの戦闘が始まる。
勇気くんの攻撃を先読みして、いなし、躱し、隙を見て攻撃をしかける。
それでも恩坐くんに余裕はない。そもそも攻撃力が違いすぎて軽い斬撃や魔法を貰うだけでも、あっさり致命傷になり得るから。
集中力が切れたら即死もあり得る。だけど恩坐くんの集中が切れるより先に、勇気くんが焦れて本気になった。
「……フレイム」
「むっ」
勇気くんが自分で作り出した小さな魔法陣を剣で砕くと、大剣が炎に包まれた。
アレはやばそう……。魔法の炎だから現実の炎のように放射熱はないけど、あれだけの炎なら恩坐くんの攻撃から盾替わりにするだけでも、恩坐くんの身体が焼け焦げる。
でも、もう少し……。
私も段々息苦しさが無くなって、脚に力も戻ってきた。
「……、」
私が無理矢理立ち上がると、勇気くんが私を警戒するように視線を向けて、恩坐くんは何か言いたげな顔をしていたけど、結局何も言わなかった。
恩坐くんも“氣”は使えるけど、私達から見れば普通の人間だ。そして“人間”の限界も良く知っている。
結構良い勝負をしているように見えるけど、ギリギリでも戦えていたのは、勇気くんが私との戦闘でダメージも負っていたからで、単独で軍隊を相手に出来るような私達とは違う。
勇気くんも人間だけど、彼は“化け物”の領域に一歩足を踏み入れていた。
それでも……私も大きな魔力は使えないけど、さっきの“光”を使えば、恩坐くんを強化出来ると思う。
魔力量なら悪魔である私は人間とは比べものにならない。後は勇気くんの魔力が尽きるか、私の身体が調子を取り戻せば……私達は勝てる。
「……行くよ、恩坐くん」
「……無理するなよ」
「もちろん。……『光在れ』…っ」
「おわぁ!?」
私の魔法で、恩坐くんの身体が光に包まれた。
たぶん、防御と体力向上かな? なんで悪魔の私がこんな力を使えるのか分からないけど、便利だから文句はない。
……何か、この“魔法”に記憶が刺激される。
何だろう……。ずっと使っていたような。私はこの力で……何と戦っていた?
………吸血鬼…? 愚かな人間…? もっと何か……真っ黒な……獣……
「柚子っ!」
思考の海に飲み込まれ掛けていると、恩坐くんの叫ぶような声が響いた。
でも勇気くんは動いていない。では何が……と思って何気なく辺りを見回すと、すぐ近く……ほんの数メートルの所に、私に駆け寄ってくる小柄な影が居た。
「ゆずぅううっ! あんたが居なくなればあっ!!」
「マツリっ!?」
勇気くんや私達の魔法で、どうしてマツリが無事だったの? それよりもどうして、ここまで近づかれるまで気付かなかった?
マツリから、あの“気配”を今更ながら強く感じた。
そうか……あの“気配”の存在は、そんなに“私”を恐れているのか。ただの人間であるマツリに、無理矢理歪な【力】を与えるほどに。
でも、どうしてそこまで私を恐れるの……?
悪魔は人間の天敵と言えるけど、“私”には、人間から巫女を通じて崇められるほどの【存在】から恐れられるほどの【力】があると言うの?
アレと戦えるだけの……力。
そうだ……私は“真っ黒な獣”と戦った。
マツリはゆっくりと私に迫ってくる。思考が速くなっているからその光景はゆっくりと見えるけど、今の私の身体は人間並みにも動けない。
恩坐くんが何かを叫びながらこちらに駆け寄ろうとするのが見える。
マツリの手にある小さなナイフでも私を殺せるのかな……?
ゆっくりと流れる世界の中で、その鋭い切っ先が私のお腹に少しずつ私にめり込み、目の前には狂気に満ちたマツリの笑みがあった。
「…………」
でも私はマツリを見ていない。
その背後の向こうに、あの【黒猫】の姿が遠くに見えた。
私をジッと見つめるその銀の瞳……。そっか……やっと分かったよ。
君はあの…【暗い獣】だ……っ。
「……お待たせ……凜涅……」
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギィ………ッ!!!
空間が……いえ、世界が軋み、悲鳴をあげる。
先ほどまで使っていたより数倍も巨大な魔力が、私の全身から解き放たれていた。
世界から色が失われて、ひび割れた陶器の仮面のように崩れ、剥がれ落ちていく。
周囲の“気配”を吹き飛ばし、唖然とした勇気くんがその手から剣を落として……
私のほうに駆け出し、泣きそうな顔の恩坐くんも、世界と共にひび割れて……
キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィン……ッ。
音叉を鳴らすような音と共に、色を失った世界が消えて、よく澄んだ高い青空が私の瞳に映った。
そっと天に伸ばした腕は、黒と銀のレースをあしらったドレスに包まれ、そよ風に流されて、黄金の糸のような長い髪がさらりと流れる。
そうだ……私は、
「………悪魔公女…だ……」
復活しました。
次回、2-14話 『 神魔大戦 』





