2-11 悪意の気配 ②
※4/6 前話2-10に一文を追加しました。
「……付いてこい」
ただそれだけ言って先を歩く恩坐くんと一緒に、私は高峯学園から外に出る。
華子にメールで荷物を預かって貰うように連絡して、焦げた袖口を隠す為に上着を脱いで歩いていたら、ちょっと肌寒くなった。
「……こほ、こほっ」
「………これ着てろ」
恩坐くんはそう言って、自分が着ていたブレザーを私に投げて寄越した。
「ぶふっ、」
そして当然のように受け取れず顔で受けてしまう。……またちょっと汗臭いな。
どのくらい歩いただろうか……。30分くらいかな? その間、華子や王子くんから来るメール対応に追われていたので退屈はしなかったけど、恩坐くんは最初以外の言葉もなかった。恩坐くんもどこかにメールしていたけど。
辿り着いたのは、私も知らないどこかの神社だった。
古いけどかなり大きな神社でそれなりに人は居たが、内緒の会話を出来ないほどではない。
「柚子……お前が【邪悪】なのか……?」
恩坐くんは人の居ない奥まで来ると、私に振り返ってそう言った。けどさ……。
「ごめん、さすがに抽象的すぎてわかんない」
「…………」
私が普通にそう言うと、恩坐くんはガリガリと頭を掻いて、少し私を睨んだ。
「お前は、人間を破滅させる為にやってきた【邪悪】な存在なのか」
なるほど、あの私を見てそう思ったのか。
あれ……? そう言えばマツリの取り巻きって、お寺の関係者だって言ってたよね。ってことは、恩坐くんも何か変な話を聞かされたのかも。
「どうなんだよっ!」
「あ、私は悪魔だよ」
「ぶほっ」
あっさり暴露したら恩坐くんは盛大に咽せた。
「あ、あくまぁ?」
「ネタバレする時、『あ、クマ』とか寒いギャグも考えたけど、もしかしたら恩坐くんが本気にするかも知れないから、一応ちゃんと…」
「分かってるよっ、そこまでバカじゃねーよっ!」
どうせ、そろそろ誤魔化しづらくなってきたし、どちらにしろ私は早めに悪魔として記憶と力を取り戻さないと拙い状況になっている。
「悪魔って……そんなの居る訳無いだろっ!」
まぁ普通の反応が聞けて何となく嬉しい。
「恩坐くんの氣も、勇気くんの魔法も、普通はあり得ないよね? でも恩坐くんはそれが在ることを知っている」
「それは……それじゃ、お前は“柚子”じゃないのか……?」
「私は正真正銘の柚子だよ。ただし、二回目の“柚子”だけど」
「……二回目……?」
私の簡単な説明に恩坐くんは、訳が分からないって顔をしていた。
「私は15歳までの“柚子”の記憶がある……って言ったら信じる? 私はその時に病気で死んじゃったんだ……」
「…………」
「たぶん生まれ変わって【悪魔】になった。でも良く覚えてないのよ……。気がついたらまた“柚子”になって、こうして普通に暮らしている」
「ちょ、ちょっと待て、それじゃ柚子だけど二回目で……えっと、今はその悪魔じゃないのか?」
それなりに把握してきた恩坐くんの言葉に、私はゆっくり首を振った。
「ううん、あの誘拐事件で私は【悪魔】の力を取り戻した。それでも完全じゃない。悪魔だった記憶がほとんど曖昧だから、悪魔の力に人間の身体が悲鳴をあげている」
「……どういう事だ?」
ジッと見つめる恩坐くんの瞳を見つめ返して、私は真実を口にする。
「私はまた死ぬと思う。……今度は15歳を待たずに」
「なっ、」
「私、ずっと具合が悪かったでしょ……? 病気の発症も早くて、12歳まで持たないかもって思ってたけど、最近になってさらに加速した」
「……じょ、冗談はよせよっ、そんなに元気じゃねーかっ!」
「悪魔の力で無理矢理動いているだけよ……。恩坐くん、心配してくれるの……?」
「当たり前だろっ、このバカっ!」
……叱られた。でもあんなに怒るのは、恩坐くんはまだ私の“友達”で居てくれるってことだよね……。立場的にはともかく。
「それじゃ二度目って、過去に戻って……過去に封印するってこういう事か……」
「ちょっと待って、恩坐くん。何か凄いこと聞こえたけど……」
「ん? ……ああ、なんでも十数年後に【邪悪】が現れるって【神託】があって、12とか砂時計とかそんな術式で、過去に邪悪を…」
「恩坐、そこまでだっ!」
突然鋭い声がして、気がつくと周囲を取り囲まれていることに気付いた。
10じゃ20じゃないな。結構人数がいるのに気が付けなかったのは、私が鈍いせいじゃない。……だって、恩坐くんも気付かなかったじゃない。
やられたねぇ……。良く見たら神社にいた“一般人”じゃないか。やけに体格の良い人ばかりなんだから、気付けよ私。
「あ、兄貴っ!?」
「……本当にお前はお調子者だな。簡単に絆されて。さっさとこっちに来いっ」
「何で此処に兄貴達が居るんだよっ!」
「お前とそこの娘は見張られていた。お前が接触していたほうが正体が分かると思ったんだが、お前は喋りすぎだ」
「お、俺を……」
恩坐くんはお兄ちゃんに利用されていたと知って気落ちしてる。それでも家族の情はあったんじゃないかな?
「……私をどうするの?」
この人達が私に“何か”をしたのか。……でも過去にってことは、未来から過去に封印されたってこと? だったら、今この人達をどうにかしても変わらないのか。
口を挟んだ私に、恩坐くんのお兄ちゃんは警戒するように私に視線を向ける。
「……お前が【邪悪】なのか。完全ではないがかなり目覚めているな。我らの役目は、お前が目覚める前に、」
「殺すのよっ!」
その声を遮ったのは、何度も聞いたあの声……。
「巫女様っ!? 危険です、ここに来られては」
「私は柚子が死ぬところを見に来たのよっ! あんた達がどうしてもって言うから巫女やってあげてんのよっ、あいつが何のクマだか知らないけど、あんたらは私の言うことだけ聞いてりゃいいのよっ!」
「…………」
おお……、バカだ。バカがいる。
マツリは美少年達をぞろぞろ引き連れてきたけど……でもアレで巫女なの? よく分からないけど、私にちょっかいを掛けてきた【存在】は、野良の化け物じゃなくてそれなりに認識されて居るみたいね。
でも少し確証が持てた。私が完全に目覚めれば封印とやらが解けるみたい。
マツリがギャーギャー騒いでいる中、私がその存在について考察していると、落ち込んだ精神から復活したのか、恩坐くんがこっそり声を掛けてきた。
「柚子……お前は悪魔の力で悪さしたりしねーんだな。……って、目を逸らすなよっ」
あまりにも真剣な顔なんで思わず“視線を逸らす”をやってしまった。
冗談はさておき、私も出来るだけこっそり声を返す。
「あのねぇ……悪魔だって、世界の一部なんだよ?」
「……?」
「家畜を襲う狼だって、穀物を狙う小動物を狩っている。分かる?」
「……………要するにお前は、俺の知っている柚子なんだな?」
「……………そうよ」
わかんねぇのかよ。恩坐くんらしいけど。
「……お前、死んじまうのか?」
「このままならね。でも記憶が戻れば……」
「だったら、それまで俺は柚子を守る。……約束したからな」
「………ありがと」
この人はさらりと言ってくれるなぁ。
「それに、そろそろ援軍が来るはずだぜ。最初は柚子の説得の為に呼んだんだが」
「……援軍?」
「いいから、さっさと柚子を殺しなさいっ!」
そんなことを話しているとまたマツリの声が響いた。
恩坐くんのお兄さんとお仲間さん達は、少し不機嫌そうにしながらも錫杖を構えて、例の“氣”のような力を練り始める。
たぶん、全員が恩坐くんよりも強いはず。全力でやれば勝てると思うけど、今の体調だと瞬間ならともかく、全力を持続させながら、たぶん無茶をする恩坐くんを守るのは正直きつい。
でもその時、
『ウィンドストームッ!』
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
突然声が響いて、静かだった神社の林に暴風が荒れ狂う。
「なんだっ、」
「ぎゃぁあああっ」
「なによぉ、」
「うおぉ」
ただの突風じゃない。たっぷりと魔力を含んだ風の攻撃魔法だ。その場にいた者達は目に見えない刃に斬り裂かれ、隠れていた木の影から吹き飛ばされ宙を舞った。
「…『護れ』…っ!」
私も咄嗟に神霊語の魔法で【魔力防壁】を作って自分と恩坐くんを防御する。
こんな事が出来るのは、あいつしかいない。
「勇気くん……無茶苦茶だな」
私の知り合いで恩坐くんが呼べる援軍って、彼しか居ないよね。
美紗まで心配させておいて何をやってたんだ、こいつ……。この魔法も、魔力がないとレジスト出来ないから、死んだ人もいるんじゃないの?
「……兄貴達も戦いに生きる退魔僧だから、俺も文句は言わねぇけど、柚子まで巻き込んでどういうつもりだっ」
あ、やっちゃって良かったのか。
恩坐くんは心配そうな顔をしながらも、割り切った感じがした。
「おぉいっ! お前、こっちまで攻撃してるぞっ!」
恩坐くんが叫ぶと、木の影から独特の“気配”と共に黒覆面の少年が現れる。
「恩坐くん、下がって」
「ん? どうしたんだ。あいつは…」
その時、不意に勇気くんからビリビリと震えるような魔力と殺気が放たれた。
「……ゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
抑圧された何かを解き放つような雄叫びが響く。
あの“気配”って……やっぱりね……。
以前から私を襲撃してきた人達は、心の中にある“欲望”や“悪意”を利用されて取り憑かれていた。
欲望や悪意は、人が持つ感情の中で、もっとも単純で強いから利用されるんだけど、中にはもっと純粋に強い【負】の感情を持つ人も居る。
その感情は、“怒り”と“憎しみ”……。
それを持続させるにはとてつもないエネルギーが居る。それを持続させることが出来て、この地域でもっとも強い“怒り”を持つ人は……彼しか居ない。
「勇気くん……その想いを利用されたのね」
次回、複数の世界で鍛えあげた【勇者】の力が柚子に迫る。





