2-09 小学五年生になりました ③
シリアスっぽい感じです。
「柚子ちゃんっ」
しばらく待っていると、人混みの中から現れた男の子が私を見つけて嬉しそうに名前を呼んだ。
「王子くん、ごめんね、迎えに来させて」
「ううんっ、柚子ちゃんと会えて良かったよ。あ、あの……」
「うん?」
「ドレス似合ってるね。……綺麗でビックリした」
「あ、ありがと……」
公貴くんもそうだけど、王子くんもさらりとこういうこと言うんだよね。
いや、さらりとじゃないか……。私も恥ずかしかったけど、王子くんは自分で言っておきながら盛大に照れていた。
「じゃ、行こうか。はい」
「うん」
幼稚園の頃のように自然に手を出されたので、私も普通にその手を取る。
そう言えば小学二年生くらいから手を繋いで歩かなくなったね。なんでだっけ……痩せてきたから、手を引っ張る必要が無くなった?
「……どうしたの?」
「ううん」
そっか………男の子になったのか。と隣を歩く王子くんの大人っぽくなってきた横顔を見てそう思った。
「そうだ、柚子ちゃん。僕ね、正式に改名することになったんだよ」
「……えっ!? 本当にっ?」
「柚子ちゃんがずっと、王子って呼んでいたでしょ? 最近は家族もそう呼ぶし、学園でもそう通っているから、それが普段使いになっているって、裁判所も認めてくれたんだよ」
「良かったねっ! ……って言っていいのかな」
「いいんだよ、ありがとう」
なんか微妙に、王子でいいのかとか思わないでもないけど、肩の荷ががっつり下りた気がします。これでトラウマや胃痛ともおさらばですよっ。
それから何となく無言のまま歩いていると。
「……柚子ちゃん、ありがと……」
「……うん?」
王子くんのご両親の居る所へ向かう途中、人が少なくなった廊下で王子くんがポツッと呟いた。さっきの話の続き?
「ほら、中等部の海島さんを紹介してくれたでしょ?」
「……ああ、恩坐くんか。あの人、役に立った?」
「うん、色々教えてもらったよ。僕もだいぶ楽になったし……海島さんは、柚子ちゃんを随分心配していた」
「そうなんだ……。恩坐くんはずっと前から、私を守るって言ってるのよ」
おかげで変な契約をする羽目になったけど……。
「……柚子ちゃんは海島さんと随分仲が良いんだね」
「そうかな? 話しやすいのは確かだけど」
「僕も海島さんと話して、少し衝撃を受けたんだ。……違いって言うのかな」
「……何の話?」
「柚子ちゃん」
王子くんは誰も居なくなった廊下の隅で立ち止まり私を見た。
「僕は柚子ちゃんが好きだ」
「……っ!」
「でも、小さな頃からの幼なじみで、家族みたいにも感じていたんだ。婚約の話は嬉しかった。大好きな柚子ちゃんとずっと一緒に居られると思ったからね」
「……私も嫌じゃなかったよ?」
「知ってる。柚子ちゃんも僕を家族のように思ってくれていたんでしょ? 柚子ちゃんは、必要としてくれる人と居たほうが良いと思う」
「王子くんは、もう必要じゃない?」
「僕は必要だけど、それだけじゃなくて、柚子ちゃんが必要とする人とだよ」
「…………」
「今日は父さん達から、僕の婚約者としてみんなに紹介したいって話があると思う。父さん達には僕から話しておくけど、中学になるまでは僕に付き合ってくれない?」
「付き合うって……婚約のこと?」
「うん、そう。未練だと思ってくれて良いけど、しばらく婚約という話で柚子ちゃんに変な奴が寄るのを防ぎたかったんだ。もちろん、それまでに柚子ちゃんが僕に惚れてくれたらいいなぁ……なんて願望もあったんだけど」
そう言って王子くんは照れくさそうに笑った。……そして私はどんな顔をして良いのか分からない。
王子くんは……ちゃんと私を見ていてくれたんだね。
「それじゃあ……私は王子くんの虫除けになればいいのかな?」
「そうだね。でも虫除けが無くなっても、あの転入生みたいな変な子には引っかからないから安心して」
「うん。そうなったら友達辞めるからね」
「僕より公貴くんのほうが言い寄られているみたいだけどねぇ。四集院さんも大変だ」
「確かに……」
私と王子くんはそう言って、穏やかに微笑み合う。
これは……私が振られたってことでいいのかな……? まぁ仕方ないね。私も王子くんを弟みたいにしか見てなかったと思う。
大人になれば気持ちも変わるかも知れないけど、それでは王子くんに失礼だ。
でも……そう言う決断をした王子くんは、恩坐くんと話して何を感じたのだろう。
***
「なんか身体が痒い……なにこれ、湿疹みたくなってるじゃないっ。まったくもうっ、この安っぽいドレスのせいかしら? パパもお金しか取り柄がないんだから、どっかのブランドでオーダーメイドのドレスでも作らせればいいのに、ホント、どいつもこいつも使えないっ」
マツリは一人で会場を彷徨きながら、公貴や美王子を捜していた。
本来の時系列なら小学生時代にイベントは起こらないはずだが、マツリは公貴や美王子に何度も話しかけ、それなりに好感度は稼いだつもりだ。
華子は相変わらずマツリに何も仕掛けてこないので、断罪イベントは起こしようがないが、こっそり上がった好感度で美王子との婚約イベントくらいは起きても良いんじゃないかと、マツリは内心期待していた。
「華子の奴、運良く罠を避けやがるから、何も進まなかったじゃないっ。あのステーキも華子の仕業ね……。きっと教師をたらし込んだのよ」
この一年で気の弱そうなモブ少女達を自分の取り巻きにしてきたマツリは、学年でもそれなりに発言力を得ている。
そんな自分が男性教師に媚びた顔を見せても、注意されるような目でしか見られていないのは、きっと華子のせいだと考えていた。
「こんな可愛い私に、惚れない男なんて居るはず無いんだから……」
なかなか進まないイベント進行に思わずマツリは爪を噛む。
どんっ。
「きゃっ、なによっ?」
考え事をしながら歩いていると、マツリは誰かとぶつかったらしい。
ぽよんとした感触で痛みはなかったが、自分が思わず一歩下がってしまった事にムッとして下を見ると、玉のような女の子が尻餅をついてマツリを見上げていた。
小学生の低学年くらいであろうか、その女の子は立ち上がるとポンポンとドレスの裾を叩いて、マツリにぺこんと頭を下げた。
「おねーさん、ぶつかってごめんなさい」
「…………」
ぶつかったのはマツリの方なのだが、身に付けている物から見ても、しっかりとした教育を受けたどこかの令嬢だと分かる。
「……ちょっとあんた」
「はい?」
機嫌の悪かったマツリは、自分より上等なオーダーメイドのドレスを着る女の子に苛つき、その頬を強く抓った。
「いひゃいっ」
「あらそう? じゃあ、こっちのほっぺも痛くするわねぇ」
「ひきゃあああああああああああああああああ……っ」
声を上げて泣き出した女の子に周りの視線が集まり、マツリは小さく舌打ちすると、「あら、転んでぶつけたみたい……」
と近くの男性に媚びるような視線でそう言って、そそくさと逃げるようにその場を離れた。
「な、何よ、あの程度で。イベント進まなくて泣きたいのはこっちよ」
それでもこんな場面を、公貴や美王子にでも見られたら拙いことになる。
マツリは場所を移動して、料理が置いてあるテーブルの影からこっそり先ほどの場所を覗いてみると、そこにいた人物達に目を見開いた。
「公貴くん、……華子っ」
きっちりとした大人っぽい正装をした二人は、とても小学生には見えなかった。
二人はあの女の子を慰め、その場に膝を突いた華子は抱きついて泣いている女の子の頭を優しい顔で撫でて、公貴はそんな華子を穏やかに気遣っている。
そんな二人の様子に唖然とするマツリの耳に、周囲の大人達の声が聞こえた。
「あれは久遠家の御曹司じゃないか。隣の綺麗なお嬢さんは…」
「四集院家のお嬢さんですわね。いつの間にかに大人っぽくなって」
「二人は許嫁なんですって」
「まぁっ、美男美女の可愛らしいカップルは、見てて目の保養になりますわ」
「あれは御曹司の方が、お嬢さんにベタ惚れだなぁ」
「綺麗なだけじゃなくて、小さな子にも優しいのねぇ」
「久遠家は翁が引退してから、現当主の努力でまた力を取り戻しているが、次の代も安心だな」
「……………、」
マツリは大人達の噂をする声を聴きながら、目に映る仲の良い二人の姿にギリ…ッと奥歯を噛みしめる。
何が起こっているのか。何故こうなったのか。いつの間に二人の仲はここまで進展してしまったのか。
「……私が……この世界のヒロイン……なのにっ」
まるで触れてはいけない化け物に弄ばれてるような気分になった。
「いえ……まだよ、中学に上がればイベントが……、それに美王子くんだってまだ」
その時……
ブツブツ呟きながら歩くマツリの耳に、会場の一角から大きくなったざわめきが聞こえた。
「何かあったのか?」
「ああ、なんでも二句之の御曹司の隣に、婚約者らしいお嬢さんが居るらしい」
「見てきたよ。かなり綺麗な女の子だったよ」
「70周年に顔見せか。次代の安心感は出るな」
「……………え」
マツリはまた聞こえた噂声に、慌てて騒ぎの方へ向かう。
「な、なんでよ……っ」
婚約者イベントはまだ先のはずだ。イベントが早まったとしても、その婚約者に選ばれるはずのマツリが此処にいるのに、そんなものは起こるはずがない。
そう考えたマツリが大人達の隙間から騒ぎの中心を覗いてみると、福福しい体型をした二句之社長夫妻に挟まれた美王子と、彼の手を取る一人の少女の姿が見えた。
「……モブ子…っ」
その少女は、マツリが高峯学園を覗きに来た時に目を付けた、大人しそうな外見の子で、愚図だったが見た目が良く、逆らう事もなかったので、取り巻き候補の一人として使おうと思っていたモブの一人だった。
「あ、あいつの名前はっ!?」
マツリは近くにいた男性にすがりつくようにそう尋ねた。
その男性はそんなマツリの態度に顔を顰めながらも、関係者の令嬢だと思って教えてくれる。
「確か……塔垣商事のお嬢さんで、柚子さんだったかな」
「柚子……っ!」
ゲームの中には登場しなかったが、設定資料集の中で“肉野美王子”の初恋の相手だったと、その名前が出ていたことをマツリは思い出す。
「……ゆ…ず……」
柚子がマツリを騙していたのだろうか…?
だがマツリと接していた時の馬鹿な態度から、一人でやったとは考えるよりも転生者であると思われる華子が、マツリの邪魔をする為に二人をくっつけたのだと考えた。
だがそれでも柚子を許すつもりもない。
「……許さないんだから。二人ともっ」
マツリは会場のあるホテルを飛び出して、夜の街を一人歩く。
その胸にグツグツと煮えたぎる溶鉱炉のような怒りと憎しみを抱いて……。
いかに前世の記憶があると言っても、何の力もない小学五年生の女の子が、一人で歩いて良い時間ではない。
見た目だけはよいマツリに、悪い大人がひっそりと近寄っていった。
「そうよ、そうだわっ! あははははっ」
突然笑い出したマツリは、ある設定の一文を思い出していた。
美王子が呪われていると確信した一番の原因は、中学に入って初恋の幼なじみが病気になってしまったからだ。
「そうよ、柚子が病気になれば良いんだわっ、出来ればもっと早くっ! ひひひっ」
「お、おい、そこのお嬢ちゃ、」
「煩いっ!」
邪魔をされたマツリは、振り返りざまに声を掛けた男の首を殴ってへし折ると、その男はよろけるように崩れ落ちてそのまま動かなくなった。
どうしてマツリにそんなことが出来たのか?
殴ったマツリの指の骨も折れていたが、マツリはそれを気にもせずに嗤い続け……
「あんたを殺してやるわっ、柚子っ」
その目は、柚子を襲っていた襲撃者と同じく、何かに憑かれたように欲望と狂気に染まっていた。
物語が動き始めます。
次回、マツリの起こした影響とはなんなのか。





