2-07 小学五年生になりました ①
「……十二刻の砂時計?」
恩坐は一番上の兄に呼び出され、そのような言葉を聞かされた。
一定の年齢になった事もあるが、小学生の頃から真面目に修行していたせいか、実力も兄に近くなり、大人として認められて重大な秘密を教えて貰える事となった。
「そうだ。本来なら親父から話をするのが筋だと思うが、俺は以前に恩坐に少し話してしまったからな。だから責任を持って俺が話すことになった。かなり重大な話になると思うが、覚悟は良いか?」
「お、おう…はいっ」
「それでいい」
緊張した顔で返事を途中で敬語に変えた恩坐に、兄は優しげに微笑む。それをすぐに引き締めて、ロウソクの明かりだけが揺れる本堂で兄は静かに語り出す。
「恩坐には以前、十数年後に現れる【邪悪】の話をしたな」
「はい」
「正確には今から17年後の春と神託があった。そしてその時に我らが使う術式もすでに完成している。その名称が【十二刻の砂時計】だ」
「……その名前だと何の術式か分からないな」
「その術の真の意味は、我々のような末端にはまだ公開されていない。だが我らのような者まで使うような大規模術式で、数百人の術者が半年間掛けてその【邪悪】を過去に封印する」
「半年っ!?」
「そうだ、半年だ。その間、【御山】に関係する僧や術士達は、交代で昼夜途切れず術を行使し、交代要員もただ休むだけでなく術を守る護衛を兼任する、かなりきつい仕事になると思う」
「過去に送られたその邪悪はどうなるんだ…ですか?」
「それはよく分かっていない。送られた過去……たぶん、“現在”に、その邪悪は居ると思うが、俺や親父や他の僧が捜しても眠っているのかまだ見つかってはいない。かなり弱体化しているはずなのだが……」
「見つけて倒さないと拙いのでは?」
「倒せれば未来の負担が減るらしい。だが倒すよりも目覚めさせない事が重要と言う話だった。もし目覚めたらその弱体化した邪悪を、俺達が命を掛けて倒す」
「…………」
その【邪悪】を目覚めさせなければ、この過去で完全に封印できるか、滅ぼすことが出来るらしい。
兄もそれ以上は詳しい事は知らず、話はそこで終わった。
だが恩坐は少しだけ心に引っかかるものが有った。
「……その邪悪って、なんで“邪悪”なんだ?」
兄が言うには、この世界の人の心に闇をもたらし、世界の在り方を太古の混沌とした状態に戻してしまうと言う神託があったそうだ。
だが、『邪悪だから滅ぼす』……その考え方に恩坐は若干の違和感を覚える。
その邪悪はまだ何もしていない。
それでは、地縛霊や浮遊霊に何も感じず、ただ滅ぼしてしまうのと同じではないのかと、恩坐は思ったのだ。
「それに……」
最近知り合いになった勇気という少年と、彼から魔法を習う柚子のことだ。
魔法というのは最初は眉唾だったが、【魔力】と言う概念はなんとなく理解できてきた。二人は魔力を、この世界にあった太古の【力】だと言っている。
魔力がこの世界から無くなったからこそ、科学が発達して人間は勢力範囲を広げた。
太古の魔力という力は、この世界にとっては悪いことなのか……?
「……やっぱ、わかんねぇや」
***
「柚子……。そろそろパーティーに出席してはどうだろうか」
「え……どこの?」
ある日、お父さんの書斎に呼ばれると、いきなりそんなことを言われた。
何のパーティーでしょ? うちの会社の創立記念日はまだ先だし、何か祝い事でもあったっけ?
「どこの、って……二句之ハムの創業70周年記念パーティーだよ。柚子に言ってなかったっけ?」
「ぜんぜん」
お父さんの言葉に私はあっさりと首を振る。
「そうか……てっきり美王子くんに聞いていると思っていたよ」
ビクッ。
「彼も随分痩せて、明るい少年になったな。以前は彼の父親である二句之社長から、息子がお化けを異様に怖がって困ると言ってたくらいだったのに」
「そうだったんだ」
ああ、確かに以前はそんな感じがしてたかも。
なんか悪霊とかなんとかだったけど、今でもそう感じるのなら恩坐くんを紹介しておくかな。後でメールしておこう。
「柚子も今までは体調のこともあったけど、もう周りもだいぶ平和になったから、今回は柚子も出席してくれないかな?」
いや、全然減ってはいないんですけどね。平和的に解決しすぎましたか。
「でも、私は一回も出たこと無いから挨拶とかわかんないよ?」
「そこら辺はお父さんも一緒に居るから、お父さんが挨拶した人に挨拶をすればいい。柚子も五年生になったし、他の方に『末のお嬢さんは来てないのか』と聞かれることもあるのだよ。体調もよくないと思うけど、少しでも出てくれると嬉しいな」
「そっかぁ」
さすがにもうサボる訳にはいきませんね。厄介ごとを引き込みそうですけど……。
そしてお父さんが言った通り、私は小学五年生になりました。
もう身体も結構大きくなりましたよ? どのくらい大きくなったのかと言うと、大葉お兄ちゃんが久しぶりに私を抱っこしようとして、ぎっくり腰になりかけたくらい。
……失礼な。私は凄く軽いんですよ。ラーメン食べてますけど、お腹がほとんど減らないので、その他の食事をほとんど摂っていませんからね。ラーメンの食べ過ぎでスイミング通いが激しくなってきた琴ちゃんに比べたら私なんて、……あれ……何か一瞬、寒気がしました。
そうそう、ラーメンと言えばこんな事もありました。
その日、父ちゃんのラーメン屋さんに入ると、微かな違和感があった。
分かりやすく表現すると、悪徳事業家系のこってりとした魂を食べたと思ったら、悪女系魂のどろりとした甘さを感じたような、そんな感じです。
「い、いらっしゃい」
「………」
「………」
私の視線に厨房の彼は無言で視線を外す。
「挨拶はもっと元気にしねぇかっ」
「……いらっしゃいっ!」
多少やけくそ気味に声を出す彼に、私はジト目でぽつりと漏らす。
「……何やってるの? 勇気くん」
「………」
厨房の中にはぶかぶかの調理服を着た勇気くんが皿洗いをしていた。
思わず入り口に突っ立っていると、美紗が私に気付いてちょこちょこと寄ってくる。
「柚子ちゃん、いらっしゃい」
「ねぇ美紗……あれって」
「うん。勇気くんはねぇ、ラーメン好きで、全国のラーメンとかお土産に買ってきてくれて、凄く詳しいんだよ」
「へぇ……」
チラ……。
「それで兄ちゃんと話しているうちに、お店をお手伝いしてくれることになったの」
「へぇ……」
チラ……。
「お、俺は、美紗が地方のラーメン食べたことがないって言うからっ、」
チラチラ見る私の視線に、勇気くんは何か自白し始めた。
なるほど……『美紗が』ね。随分と仲良くなったものですね。父ちゃんが何も言わないと言うことは、父ちゃんにもかなり気に入られたのか。
では私が代わりに。
「娘はやらんぞ、この若造が」
「いきなり何の話だよっ!?」
……と、そんな事があったんです。
でもいいのか、そんなのこっちに未練を作りまくって。まぁ、美紗は可愛いから仕方ないね。相変わらず“こけし”だけど。
転生者なのに、小学生の女の子にどうして惹かれるのかと思われるかも知れないが、前世の記憶はあってもそれはあくまで知識だから、感情は実際の年齢にかなり影響を受けるのですよ。
「――そう言う訳で柚子は出席でいいな?」
「……あ、うん」
しまった。途中の話をまったく聞いていませんでした。……まぁいいよね。私がそろそろパーティーに出てくれないと困るって話でしょうから。
「そんなに心配はいらんぞ。大葉も琴音も出席するからな」
「大葉お兄ちゃん、跡取りだしね」
「最初は二句之ハムに修行に出すけどな。平社員で」
「それがいいよ。最初から自社で課長待遇とか、ぼんくら製造器だしね」
「……柚子は大葉に厳しいな」
「未来の社員さんが大事なだけですよ。琴お姉ちゃんの場合は、言い寄る男性が多そうですよ?」
「おおっ、琴音は綺麗だからなっ! もう二十歳にもなるのに、いまだに彼氏一人連れてこないが……」
「そこらの若造にはくれてやらんぞ」
「柚子はお父さんが言う台詞を取らないでくれないかっ!?」
なんだ、お父さんも言いたかったのですか。それはともかく、琴ちゃんは相手がアレですから、簡単に連れてこられないよねぇ。
こうして私は二句之ハムのパーティーに出席する事になりました。
ん~……本当に何も問題ないといいんだけど。
次回、またヒロイン様がお出でになります。





