2-05 女子小学生の可憐な日常 ①
商店街の現状説明を兼ねた、飯テロ回です。
私は恩坐くんの熱意に負けて、一緒にラーメンを食べに行くことになりました。
ラーメンってカロリー高いんですよね……。私が今の“私“になってからは成長以外の体型の変化はありませんが、悪魔でも油断は禁物です。魔力を使うようになって、最近少々疲れやすいから。
おっと、父ちゃんの作るラーメンは“らーめん”でした。この微妙な違いが分かるのが通だそうで、何気なく普通に“ラーメン”と言っただけで修正されるのです。
父ちゃんのらーめんはコクのあるあっさり系で、底まで透き通るスープが黄金色に輝いています。うちの会社で作った細麺もいい感じで合ってますね。最近は出汁に使う鶏も二句之ハム直営の牧場から良い物が入るので、つい最後までスープを飲んでしまうのです。まぁドンブリは子供サイズですけど。
「何言ってんだ、柚子。スープもいいが、あのチャーシューが絶品だろ」
「う~ん……、私には少し油っぽいかなぁ」
父ちゃんのお店のチャーシューは普通とはちょっと違います。父ちゃんは二句之ハムから提供されたチャーシューが気に入らなかったらしく、開発の人と話し合って豚バラを使ったチャーシューにしたそうです。
実際には煮豚に近いですね。スープで熱せられると脂身がトロトロになってその脂がさらにコクを加えるようで、恩坐くんはチャーシュー麺と、白いご飯にチャーシューを乗せて特製タレを掛けただけのチャーシューメシを良く頼むみたい。
……ん? 良く頼む?
「恩坐くん、教えてから何度か通ってるの?」
「うちの夕飯遅いから、夕方になると腹が減るんだよっ」
……まぁいいけど。太ったら私が強制ダイエットさせますよ?
本日の私達は、うちの車じゃなくて徒歩で商店街まで来ております。
それと言うのも、恩坐くんはうちの車の、ソファのふかふか具合が『落ちつかねぇ』らしく、乗車を拒否して来やがったのですよ。
私も四年生になりましたし、最近は誘拐とか襲われることもなくなったので、両親もそこまで煩くありません。
それに琴ちゃんが、私を保護してくれた恩坐くんを気に入っているらしく、恩坐くんと一緒ならお出掛けするのを了承してくれたのです。
そんな琴ちゃんは、私が恩坐くんの話をするとニマニマした妙によい笑顔を向けてくる。……おっさん萌えで男子中学生にも興味があるとか、琴ちゃんの業は深いな。
「…………」
最近、私の周りが平穏になったのには訳がある。
例えばこうやって、高峯学園の制服を着た男子中学生と女子小学生が並んで歩いていると、結構目立つ。端から見て私達がどう見えているのか分からないけど、私と恩坐くんは似てないから兄妹には見えないかも。
そうなると、数十メートル先から私達を見つけてニヤニヤ笑いをしている、私服の男子高校生のような二人組が左右に微妙に揺れながら近づいてくるのです。
……何故揺れる? 奇妙なモノに取り憑かれているの?
別に絡んできても、私を守ってくれる恩坐くんが居るから追い払ってくれると思うけど、彼らは近づいてくると次第に落ち着きが無くなり眼の色が変わってきた。
私が威圧したり何かした訳じゃない。
私とは違う力を持った【存在】が彼らに“何か”をした。
……あ、本当に取り憑かれてたね。
「なんだ、あいつら……」
恩坐くんも彼らを不審に思って自然に私より半歩前に出る。
「大丈夫よ、恩坐くん。それより早く行きましょ」
「お、おう」
私は恩坐くんの腕を取って普通に足を進めた。だって本当に大丈夫なんだから。
目の焦点が合っていない彼らの横を普通に通り過ぎ、その次の瞬間、彼らは私達の背中に無言で拳を振り上げて……少しだけ振り返った、私の真紅の瞳に凍り付く。
私の【悪魔】としての気配をもろに浴びた彼らから、憑いていた嫌な【気配】が霧散していった。
ついでに彼らの魂からも人生の“経験値”のようなモノが霧散して赤ん坊同然になってしまったけど、それはまぁ、平和的に解決する為の事故のようなものです。
このまま子供を襲って人生を台無しにするか、赤ん坊からやり直すか、どちらが良いのか分かんないけど、欲望がなければあんなモノは憑かないのだから、素直に諦めて貰いたい。
こんな感じに事件が起きる前に終わっているので、私の周りでは何も起きていないのですよ。
………ホント、あれって何なんだろ?
*
「父ちゃん、らーめん食べに来たよぉ」
「だから柚子ちゃんっ、俺は美紗の父ちゃんじゃねぇっ、て、らっっしゃいっ」
「あ、柚子ちゃんだぁ」
「美紗ッ」
お店のお手伝いをしていた美紗がちょこちょこ寄ってきたので、私も名前を呼んで、互いにがっつりと抱擁する。
最近はお店のお手伝いをしているせいか、美紗は結構力強い。でもここで悪魔の力で対抗したら負けだと思う。
お店はちゃんと流行っているようで、こんな半端な時間でも商店街の常連客がちらほら見える。私もこの商店街では数少ない彷徨いている子供だったから、こんな私と美紗を見てニコニコと微笑んでくれていた。
去年、ここの店主である飯野さんの養子になった父ちゃんと美紗は、今年の春に正式に店を譲られて、父ちゃんはここの店主となった。
ちなみに元の店主だった飯野さんはかなりのお爺ちゃんだったので、田舎に引っ込んで“マタギ”をしているらしい。
………………マタギ…?
「今日は恩坐くんも一緒か。ご注文は?」
「あ、いつもの」
「へいよっ、チャーシュー麺とチャーシューメシ一丁っ」
やっぱりそれなのか。私は何を食べようかな……。食べ物に旨みを感じない私にとって、魂を込めて作っている父ちゃんの“らーめん”はご馳走なのです。
「ほい、柚子ちゃんワカメらーめん」
どんっ、と私が注文する前に目の前にラーメンが置かれた。
「……父ちゃん、私、まだ注文してないけど?」
「いいんだよっ。柚子ちゃんが来るようになってから商店街が明るくなったからなっ。それに美紗の友達から金は取らねぇよっ」
いや、そうじゃなくて、何で私がワカメラーメンを食べることが決定事項なの? 金を払うから好きな物を食わせろ。まぁ、食べるけど。
ふと隣を見ると、恩坐くんがたっぷりチャーシューが乗ったラーメンをがっついていた。あんなにお肉乗ってたっけ?
「だから言っただろ。柚子が居るとサービス良いんだよ」
私の視線に気付いた恩坐くんが、ドヤ顔でそんなことを言ってきた。
そんな、他のお客さんも居るのに私達だけサービス貰って良いの? そう思って周りを見てみると、美紗が他の客にサービス品を配っていた。
まさか……だから皆さん、私を見てニコニコしていた訳じゃないのよね?
「……あれ?」
「どうした、柚子」
「ううん、携帯にメールが来ていたみたい」
ラーメンを食べていたら、ワカメが携帯電話にメールが来ていることを私に教えて、スープに溺れて沈んでいった。無理よっ、熱々のラーメンの中はあなたが住めるような環境じゃないのよっ。
とりあえず、伸びる前に麺だけ先にいただいてからメール欄をチェックすると、今日の朝から複数のメールが来ていたみたい。
すっかりチェックするの忘れてたなぁ……と送り先を見てみると、全部、勇気くんからのメールだった。
…………あ、昨日の夜は、情報交換の日だった事を忘れてた。
なるほど、今朝から勇気くんが睨んでるような気がしていたのは、気のせいじゃなかったのね。
勇気くんは生真面目だから、朝まで待っていたのかも。
とりあえず、『いま、らーめん中』と打ってラーメンの写真と一緒に送って、私は残りのスープを飲む。
むむ、さすがにちょっと冷めてしまった。
「…………」
スープを飲み干していると、凍てつく冬の嵐のような“殺気”が感じられた。
他のお客が平然としているので、その殺気は私だけに向けられていると分かる。かろうじて恩坐くんが、何となく周りを不思議そうに見回した程度だ。
その殺気の強さと指向性から、その敵がかなりの手練れだと分かる。そんな、私がみんなを守らないといけないレベルの相手だった。
ガラ……ッ。
「父ちゃん、この子にラーメン食べさせてあげて」
「お前まで俺を父ちゃんと呼ぶんじゃねぇよっ。……って誰だい、その子」
いつの間に外に出ていたのか、美紗が一人の男の子の手を引っ張って、お店に入っていた。
「いや、俺は…」
「お店の外にいたでしょ? 兄ちゃんのらーめんは美味しいよ」
「………」
男の子は何か言いかけて口を噤み、私は目の下に隈のある、その“殺気”の主をニマニマしながら見ていたら、また睨まれた。
「勇気くん、ホントに美味しいから食べてったら?」
*
あの後、勇気くんは偶に私に恨みがましい視線を向けながら、ラーメンを二杯も食べて帰っていった。
どうやらこの世界の食べ物に興味を持たず、初めて食べたラーメンの美味しさに感動していたみたい。
「あの子も柚子の友達なの?」
「うん、クラスメイトだよ」
今年から大学生になった琴ちゃんが私を迎えに来てくれた。迎えに来たのか、父ちゃんに会いに来たのか微妙だけど。
大学生になって琴ちゃんはまた綺麗になりました。父ちゃんも以前は遠縁の中学生だった女の子がすっかり大人っぽくなったから、琴ちゃんが来る度に少しだけソワソワしているようにも感じられる。春は過ぎたけど“春”が来そうですね。
あ、勇気くんから怨念のこもったメールが来た。……う~ん、今晩サボったら本気で敵対されかねないねっ。……ちょっと怠いわ。
「柚子……、あいつを良く知っているのか?」
「うん? 勇気くんのこと?」
勇気くんが来てからずっと静かだった恩坐くんが、眉を顰めながら話しかけてきた。
「そうだ。……なんか、あいつ初めてじゃないような“気配”がするんだ」
「……そうなんだ?」
勇気くん何かやらしたのだろうか。あいつは人の話を聞かないからなぁ。
「とにかく柚子、ちょっと注意しろよ。俺が四六時中守れる訳じゃないんだからな」
「う、うん……」
恩坐くん、何があったんだろ……。
「柚子……? 何か顔が赤いわよ」
私と恩坐くんの会話をニマニマして見ていた琴ちゃんが、急に真面目な顔になって私の額に手を当てる。
「……少し熱があるかも」
「そう? 自分では分からないけど」
確かにちょっとだけ怠いかも。
この身体はいまだにひ弱だからなぁ……。でも、悪魔でも風邪を引くんだね。本格的に今晩が面倒になってきました。
夜中にこんな話を書く物じゃありません。
次回は、勇気くんの修行にお付き合い。





