2-01 小学三年生になりました ①
今回より第二章、本編の始まりです。
関東の街に潜む魂喰らいの邪悪な悪魔こと、最近微妙に算数の授業に苦労し始めている柚子でございます。
このたび無事に三年生になりました。
あれぇ……おっかしいな。なんで小学三年生の算数で苦労するんでしょ?
そんな事を言うのも、だいぶ記憶の整理がついて色々思い出したので、やっぱり私って“転生者”なのかも……と思い至ったのです。
それでも私の本当の“正体”を思い出した訳じゃない。でも転生者でないと説明が出来ない“記憶”があるのですよ。
私……柚子は、【柚子】として生きた、15歳までの記憶がある。
そして、私は15歳の時に病気で死んでしまった。
大部分の記憶は曖昧だから、未来の記憶があっても、未来が予知できてウハウハ的なことはなく、実際にはもうすでに色々変わっているので、覚えている部分も役に立たないんですよ。
私は小学校に上がってから、王子くんや公貴くんと一緒のクラスになった事はなかったはずだからね。それに小学生までは王子くん、太ってた気がする……。
……なんか、やらかしちゃった?
だから、王子くんとの“婚約”話まで出てきちゃったのか……。困ったね。
そんな事より、死んでしまった私がどうして、五歳だった柚子に戻ったのか。
それは転生じゃなくて“巻き戻し”なんじゃないかと思うところだけど、私が現状を転生だと思った理由は、断片的だけど【悪魔】として過ごした記憶があったから。
多分だけど、15歳で死んだ私は【悪魔】に転生した。
私の断片的な記憶でも、転生はそう簡単には出来ないと思うんだけど、私、よっぽど死にたくなかったのかな。つまりは根性で転生した訳だ。
それでなんで悪魔なの……?
性格か。私の性格のせいなのですか。
話が逸れました。えっと……要するに、悪魔だった私がまた何故か、死ぬ前の前世の身体に精神が宿った……的な?
「……う~ん」
「……何やってんだ? 柚子」
考え事をしていたら修行中の恩坐くんが汗を拭いながら私に声を掛けてきた。
汗臭いのは嫌だけど、頑張る男の子の汗はキラッキラだね。汗を拭ってあげる少女マンガの女子マネの気持ちが2ミリほど分かったわ。
恩坐くんも六年生になって、親から正式に修行の許可も貰っているらしいけど、相変わらずこの飼育小屋の裏でも修行している。
ずいぶん背も伸びて、だいぶ身長差を付けられちゃった。もうすっかり男っぽくなっちゃって……
「……ん?」
「どうした?」
ふと気付いた私は、近づいてきた恩坐くんの顔に指で触れて。
「ていっ」
「いでぇえっ」
私はおもむろに一本の毛を摘んで引き抜いた。
「柚子ッ、なにしやがるっ」
「あ、おヒゲ、一本だけ伸びてたよ?」
「なにっ!? 俺にもついにヒゲが生えたのかっ。って抜くなよっ!」
「……生えたのが嬉しいのは分かったけど、剃りなよ」
「男は無精髭が生えてるくらいが、ワイルドで格好いいんだぜっ? 女の柚子にはわかんねぇだろうがなっ」
「うん、わからん」
今の恩坐くんはツルツルだけどね。
「ブレないな、お前はっ。本当にお嬢様か? まぁ俺的には、そのくらいの方が気楽で良いんだけど。で、変なお嬢様の柚子は、何を唸っていたんだ?」
「え、う~ん……」
「変なお嬢様は否定しないのかよ……」
「問題ない。……えっとさっきのは、………私の“婚約”問題かな」
「ぶほっ、こ、婚約っ?」
恩坐くんは飲みかけていた水を盛大に吹き出して咽せていた。良いリアクションしますね。あれ? 話したの初めてだっけ?
「……婚約ってどういう事だよ」
「家同士の関係かなぁ」
二句之家から王子くんとの婚約話が来た訳ですが、とりあえず現状は“保留”にして貰っています。
ほら、私達ってまだ小学生ですし。……公貴くんと華子も小学生だったね。でもあんな旧家みたいな家の子達と一緒にされては困る。私の家って商売が上手くいっているだけの半分は一般家庭みたいな感じだからね。
だから、私達が中学生になって、お互いがそれでもいいって“個人的”にも“家的”にも思えるようになったら、それから正式に婚約って話になりました。
そんなだから私の立場は、王子くんの婚約者(仮)です。
だけど、“個人的”ってのが私達の気持ちって事だけど、この“家的”ってのがくせ者なんですよ。要するに家同士の繋がりというか、二句之家から、
『二句之ハムとの企業提携を続けていきたいのなら、分かっているよね?』
って言われている訳ですよ。私のなで肩に、塔垣商事の社員500人とその家族の生活がかかっている。
まぁ、王子くんは最近友達も増えているし、女の子からも人気が出てきたみたいだから大丈夫だと思うんだけど。
二句之さん一家はそんなにダイエットの秘密が欲しかったのかしら……。
「そんな訳で、本決まりじゃなくて中学までの“仮”って感じかな」
「……嫌じゃないのか?」
「そうだねぇ……。私が本気で嫌って言えば、お父さんも相手側も無理強いはしないと思うけど、私みたいな『変な、お嬢様』を、本気で『欲しい』って思われている事だけは、ちょっと凄いなぁって」
「……そんなことねぇよ」
「ん?」
「柚子みたいに話しやすくて、居るだけで雰囲気が緩むような女なら、他にも欲しいって奴が居るよ……」
なんだそれ、褒めてるのか? 喧嘩売ってるのか? ゆるゆるにしたいのか?
「えっと……もしかして心配してくれている?」
「あ、おうっ。俺が守ってやるって言っただろっ。お前は弱いんだから、俺の後ろに居れば、ずっと安心だ」
ずっと……か。悪魔になったから15歳で死んだりしないと思うけど、私の寿命ってどのくらい? へたすると寿命がないよ?
「そうだねぇ……恩坐くん、頑張っているもんね」
私がそう言うと、さっきまでちょっと不機嫌そうにしていた恩坐くんが、ニカッと嬉しそうに笑って胸を張る。
「へへんっ。俺が居ればもう柚子がやばいことになっても平気さっ。命賭けてやるよ」
「……ぁ」
また私の手に細い鎖が浮かんできた。
だいぶ薄くなっていたのに、このお調子者め。あんまり褒められ慣れてないのか、恩坐くんはちょっと私が褒めるとすぐに調子に乗る。
……これって悪魔的な【契約】の鎖だよね?
なんか、すっごく、やっちゃった感が半端ないわ。
これ以上調子に乗せると、どんどん自分から【契約】を不利にしちゃうわね。
仕方ありません。【契約】の強制変更です。
「だったら、私も恩坐くんを助けてあげるね。私を助けてくれたら、お礼に何かいい物あげるわ」
「いいもの……?」
恩坐くんの顔が少し赤くなる。おいこら、何を想像した。
とりあえずさっきの契約だと、私が恩坐くんから完璧に守られていないと彼の人生がやばい。だから私が手を出せる状況を作ることで、私も自分の危険と恩坐くんの危険を排除できるようになるのです。しかも対価で契約内容の微調整も出来るはず。
ふふん、これが現代人の知性を得た悪魔の知恵ってもんですよ。
「まぁ、俺が柚子に助けられるなんて無いけどなっ。それこそ魂賭けるぜっ」
「……あ、」
コイツは……。鎖が一瞬で黒く染まったよ。『魂』と一言入れたせいで、完全に契約が固定化されちゃった。
どうしよう。……まぁなんとかするか。
それともう一つ気付いたことがある。鎖って一本じゃなかった……。これも確認しないと不安だな。
「でも、いい物か……」
「あげるとは言ったけど、私が持ってない物は無理だからね」
「ん~……柚子のならなんでもいいや」
「適当ね。……あれ?」
さっき恩坐くんが咽せた時に落とした水のペットボトルを拾った時、なんか変な匂いがした。
「あ、それでもいいな。ちょっと除霊する時の癖になったんだが、俺が小遣いで買うと煩いんだよ」
「ふぅ~ん?」
私はそのペットボトルをそっと地面に置くと、ちょっと微笑んでから恩坐くんを手招きした。
「ん? なんだ」
私は近寄ってきた恩坐くんの頬を両手でそっと包み込んで、彼の瞳を見つめながら、静かに顔を近づける。
「……お、おい、……柚子?」
本当にこの人は……
私は常識が微妙にズレている恩坐くんのほっぺを限界点まで捻りあげた。
「いでででででででででっ」
「当たり前だっ、アホぉ!」
中身、お○けじゃねーかっ。
***
本当に恩坐くんは困った人です。私は彼を地面に正座させて、ちゃんと説明しておきました。あれは咄嗟の判断力が鈍りますからね。運動中は良くありませんし、内臓を壊す恐れもありますので、大人になるまでは仕事が終わった後に一口程度にするべきだと説明すると、ほっぺを腫らした恩坐くんは素直に頷いてくれました。
恩坐くんは修行ばっかりしていたので、常識が弱いのですね。
『……タ……スケ…テ……』
悪魔として目覚めてから数ヶ月、偶にこんな【声】が聞こえるようになった。
救いを求める子供の声……。誰の声? 何処にいるの? そう夜空に問い返しても答えは返ってこない。
少し……うざったい。
そして、その【声】が聞こえ始めた頃から、また狂った襲撃者が増えてきた。
その目を見れば分かる。正気じゃない。狂ってる。……操られている。
強い欲望に付け入れられて、自分の意思ではなく操られた可哀想な人達。
……なぁんてね。
「兄貴、準備できやしたぜっ」
「おうおう、手間取ってんじゃねぇぞ、おら」
「ふひひ、これでこの店もおしまいですぜっ、兄貴っ」
とある月夜の夜、ちょっと愉快そうな二人組が、商店街の一角で店への嫌がらせを実行していました。
この人達は久遠の関係者じゃない。久遠家が手を引いたことで二番煎じの漁夫の利を目論んだ他の開発企業の関係者のようです。規模は遙かに小さいけどね。
「おうおう、さっさと火を付けるぞ、ライターよこさねぇか」
「へい兄貴、すぐに用意しやすぜっ」
「はい、これ」
「おうおう、気が利くじゃねーか」
「兄貴っ、飲み屋のマッチしかありやせんでしたっ」
「おうおう、バカ野郎っ、ライター持ってこいって……」
そして二人は、兄貴分の手にある使い捨てライターを見つめて、ゆっくりと隣にいた私に顔を向けた。
「おうおう、なんだっ、このガキはっ!?」
「あ、兄貴ぃいっ」
「おうおう、見られたからにゃあ、無事に帰れると思うなよ、ガキぃ」
「兄貴が本気出したらなぁ、すげぇんだぞ」
……うん、きっと操られているんだよ。正気でこんな人達が居るはず無い。
面白そうな人達だったけど、とりあえず次元の狭間に捨てておいた。彼らならきっと異次元でも元気でやっていけると私は信じてる。
まぁ、ちゃんと欲望を利用されて襲ってくる人は居るんですよ? 今日は居ませんでしたけど。
始末を終えて、真夜中の商店街の外を歩いていると、知っている“気配”が現れる。
「こんばんは。時間通りだね、勇気くん」
「……お前は何をやってるんだ? ……柚子」
お清めの『水』は二十歳になってから。
次回、魔法のお勉強になります。はたして今回はまともに使えるようになるのか。





