3-20 狂気の唄 後編
悪魔同士のコワイ会話。 こちらは後編になります。
本日二話目です、ご注意ください。
「なに、気にすることはない。ローズは面白いモノを創っては妾を愉しませてくれたが、もう用は済んだでな」
「あ、そう……」
まさか、簡単に配下であるローズを滅ぼすとは思っていなかった。
彼女は……、正しく“悪魔”なのでしょう。
「……何をしてんだっ、女王っ!!」
その時、声を張り上げたのはアクセルだった。
そう言えばエステルの時も、アクセルは彼女と仲は悪かったのに彼女が倒れた時、すごく怒っていたね。
熱い性格なのか、それとも彼なりに血の繋がらない兄妹を想う気持ちがあったのか、何をしたのか分からなくても女王がローズを殺害したと察したアクセルは、縛られていた呪縛を怒りで振り切り、激高して女王に駆け出した。
「喰らいやがれ、くそったれっ!」
アクセルの能力は【能力強奪】。その力は人間にしては強大だけど、その力には問題もある。
「――なっ!?」
解析でも視えていないのに、無理矢理奪おうとシルベルタルに放ったアクセルの能力は、シルベルタルに触れると同時に弾けて消えた。
「がっ……はっ」
アクセルが突然胸を押さえて倒れ込む。ここに居るシルベルタルの悪魔達は何もしていない。ただ、自滅するアクセルを薄い笑みで見ているだけ。
「ニュイ」
「はぁい」
シルベルタルの声に、黒髪に浅黒い肌のメイドが愉しそうに前に出て、おもむろに倒れ伏しているアクセルの心臓辺りに手を突っ込んだ。
「ぐがあ……」
ガタガタと痙攣して白目を剥くアクセルから何かを引き抜き、事切れたアクセルに目も向けず、ニュイはニンマリと私に笑いかけた。
「お客様ぁ、新鮮な魂はいかがッスかぁ?」
「いらないわ。そんなボロボロの魂なんて」
アクセルの【能力強奪】は強力で、人間相手ならほぼ無敵と言っていい。
でも他者の能力を奪うなんて何の対価も無しに出来ることじゃないと、アクセルは気付いていなかった。
能力とは魂に張り付いた入れ墨のようなモノ。それを奪うのはすれ違いざまに人間の皮を剥ぐような事だと言えば、その難易度が分かるでしょうか?
本人は気付いていなかったけど、能力を使えば使うほど、アクセルの魂も凍り付いた金属を引き剥がすように魂から大事な何かが引き剥がされ、もうアクセルは来世が望めないほどに魂が傷ついていた。
そんな彼が本物の悪魔に手を出したのだから、その反動は残った魂が引き裂かれるほどの衝撃だったはず。
「そっスか。じゃあ、いらないねぇ」
ニュイはそう言うとアクセルの魂を世界に還元もせずに握り潰す。
他人から能力を奪った末路だから同情なんてしないけど、それがいけないことだと気付けていれば、彼にも違った未来があったのにね。
「……あ…アク…セル…」
その横で、ローズ、アクセルと二人の弟妹を瞬く間に失ったジーノが、真っ青な顔で腰を抜かしていた。
「それでどうする? 妾の手を取るか?」
シルベルタルが何事もなかったように私にそう問いかけた。
「ひとつ、聞きたいことがあったんだけど?」
シルベルタルの提案は、最上位悪魔としては面白い話なんだけど、それでも問い糾したいことがある。
「どうして、悪魔と精霊のキマイラを創ったの?」
それは世界の理に反することだ。体内の白血球と赤血球を合成させるようなもので、そんなのは世界に発生した癌細胞に等しい。
悪魔も精霊もそんなことは本能的に受け付けない。それは生粋の悪魔であるシルベルタルだって同じ事なのに、どうしてそんなことが出来るの?
多分それを創っていたのはローズの態度から彼女がメインだったはず。
そのローズが用済みと言うのなら、キマイラは私が知っている状態以上に完成していると言うことだと思う。
「ユールシア。妾は、綺麗なものが好きじゃ」
シルベルタルは唐突にそんなことを言い出して、席を立ち、王都の景色を望む手摺りに身を預ける。
「輝くものが好きじゃ。明るいものが好きじゃ。そんな妾が何故に暗く淀んだ魔界に住まなければならぬ? 然りとて魔界は我らが故郷じゃ、厭うことは出来ぬ」
シルベルタルはもう夕方になるのにまだ明るい青い空に手を伸ばして、真っ黒な瞳と歪んだ笑みを私に向けた。
「ならば、すべての悪魔と精霊を合わせれば、それらが住む魔界も明るくはなるやも知れぬ。精霊界もキマイラで満たして、魔界と精霊界を隔てる忌々しい壁も崩せば、魔界も少しは明るくなるであろう?」
「………シルベルタル…」
狂ってる……。ただ自分の好みだけでこの世の理を崩壊させ、幾つもの世界をも崩壊させても、彼女はただ失敗したと笑うでしょう。
ざわり……と私の内側で何かが蠢く。
「そう、それだ」
シルベルタルが喜色を浮かべて音もなく私に近づいてくる。
「ユールシア……お主の中にあるそれ。【真の魔王】の因子を、どうにかしたいと思わぬか?」
「…………」
真の魔王――その単語を思い浮かべた瞬間、私の中の【魔神】の知識が奥底から浮かんでくる。
数多の世界に存在する『自称魔王』や、世界に寄生する『邪神』とは全く存在概念が違う、【世界】によって生み出される、世界のあらゆる生き物を滅ぼす為の存在。
【世界】の為だけの『リセット機構』――真の魔王。
「妾ならばそれを封じることが出来る。それはあの【暗い獣】も望んでいることじゃ」
「……リンネが」
そっか……リンネの様子がおかしかったのはそういう事か。
真の魔王になったら、多分だけど私は私でなくなる。リンネは【私】という存在を消滅から救う為に、幾つかの世界が滅びてでもシルベルタルの計画に乗るしかなかった。
リンネ……本当にあなたって悪魔は……
パンッとシルベルタルが手を叩くと、赤髪のエタンセルが小さな頭蓋と骨で作られた小さな杯をうやうやしく私の前に置き、銀髪のネージュが年代物らしき瓶からドロリとした真っ黒な液体をそれに注ぐ。
「罪人一万の生き血と精霊の魂を熟成させた、貴腐酒の二千年ものでございます」
見かけとは裏腹に濃厚な甘い果物のような香りが漂う。
私の従者達に緊張が奔り、シルベルタルのメイド達が悪魔の笑みを浮かべる中、シルベルタルが囁くように悪魔の言葉を唄う。
「妾の取って置きじゃ。その杯を呑み干せば、【真の魔王】の因子は精霊共の怨嗟で封じられ、お主の力も今より増すであろう。さあ、杯を呷れ、ユールシア」
「…………」
私はどう見ても呪いの品にしか見えない貴腐酒の杯に手を掛け、ふわりとした笑顔で見つめてくるシルベルタルの真っ黒な瞳を見つめ返す。
これを呑み干せば、世界を滅ぼす【真の魔王】は封じられ、私を救おうとしたリンネの望みは叶う。
シルベルタルによる世界の崩壊も、私が適当に遊んであげれば数千年は先延ばしできると思う。その間に私が力を付ければ対抗は出来るかも。
でも………
本当にそれでいいの?
シルベルタルの言っていることは本当だと思う。いくら狂気に冒されていても、高位悪魔同士の取引で悪魔は嘘をつけない。取引で嘘を言うのは悪魔としての存在自体を損ないかねない。
でも、何か……彼女は重要なことを言っていない気がする。
それは何か……それがシルベルタルの力の秘密に――
いえ……違う。もう自分を偽ったり、ゴチャゴチャ考えるのはよそう。
私は――――
『……ッ!』
私は自然な笑顔を浮かべたまま、杯を傾けて黒い貴腐酒を床に捨てると、周囲からドス黒い悪意が湧き起こる。
少し不満げに少し愉しげにシルベルタルの黒い瞳が静かに細められた。
「……ユールシア? それがお主の答えか?」
「ええ、そうよ。シルベルタル……」
私の白目の部分が“黒”に侵食されるように染まり、瞳が血のような真紅に変わる。
私から吹き上がる障気がテーブルや椅子を腐らせ、この城や王都ごと震わせると、私は紅水晶の牙を剥き出しにして晴れやかに嗤った。
「あなたが気にくわない。さあ、いらっしゃいシルベルタル。私が弄んであげるわ」
リンネを巻き込んだあなたが気に入らない。
狂気が少しは伝わりましたでしょうか。
次回、ユールシアの戦いが始まります。





