3-16 静かなお茶会
「ユールシア公女殿下、お迎えに上がりました」
「ええ、よろしくお願いしますね」
王都の観光途中、第一王子ジーノから夕餉のお誘いを受けた。しかもこの国のご令嬢達を交えてとか何とか。聞くからに面倒くさそうですね。楽しみです。
返事をする前から決定事項だったのか、来た時とは違うジーノが用意した馬車でどこかのお屋敷に向かうらしい。
夕餉とは言いますがまだ結構時間はある。この国では日照時間が異様に長いのでまだ昼のような明るさだけど、まだおやつ程度の時間でした。
ご飯か……供物化も魂の味付けもしてないご飯なんて何ヶ月ぶりだろう。別に人間の食事なんて摂る必要も無いんだけど、貴族なので嫌いな物でもある程度は食べないといけないのが面倒くさい。
その会食予定のお屋敷に到着すると、主催者であるジーノがまだ到着しておらず、それまでの間、共に食事をする予定のご令嬢達とお茶会をすることになりました。
紹介もされていない面子といきなりお茶会とか……何を考えてるんだろ?
「そのご令嬢は、どちらのどなた様?」
案内される途中で壮年の執事にそう問うと、彼は薄い笑みを浮かべる。
「おや、御存知ありませんか? そのようなことでよく親善大使など…失礼、まだ年若い公女殿下にそれは酷というものですな」
やはり上層部の人間は、よほど聖王国を敵視しているみたい。
「いらっしゃっているお嬢様方は、ジーノ殿下の婚約候補の方々です。皆様、それは素晴らしいお力を持っているお方です」
私とジーノの婚約者を会わせる目的は何なのか? とりあえず後ろでピリピリしているティナとニアを視線で黙らせて、私はご令嬢達が待つお茶会の部屋に着きました。
「「「………」」」
その部屋に入るとそれまでお喋りしていたお嬢様三人が、無言になって私に視線を向けた。
えっと…確か、この並び順だと、上座に座ってふんぞり返って見下すような視線を向けている赤い髪が、公爵令嬢のエレオノーラ18歳。
右の青っぽい黒髪で、睨むように顔を顰めているのが、侯爵令嬢カーラ17歳。
左の少し幼い感じでニヤニヤと私を見ている金髪が、伯爵令嬢クロエ15歳。
家名までは覚えてません。
挨拶の仕方は国によって違うけど、パーティーなどでは上位者に声を掛けられるまで下の者は挨拶も出来ない。でも茶会では決まって誰かの紹介があるから、それを受けて下の者から上位者に挨拶をする。
ここでもそうみたいで、他国の王族を迎えるホストであるにも拘わらず、三人は自分達が上位者である態度を崩さず、私が挨拶をするのを待っていた。
先ほどの執事が早く挨拶しろと視線で訴える。
部屋に待機している侍女達も、下位である聖王国の私から挨拶を始めろと、見下すように視線で圧力を掛けてきた。
まぁ、普通の貴族令嬢なら、こんな味方の居ない状況だと萎縮しちゃうでしょうね。
だから私もそのまま歩を進めて、訝しげな若い執事が動かない中、彼女達がいるテーブルのニアが引いてくれた椅子に無言のまま腰を下ろした。
……立ってると疲れるからね。無表情になるともれなく怯えられるのでホンノリと笑みを浮かべる私に彼女達も眉を顰め、執事や侍女達の視線がさらにキツくなった。
まぁ、無作法はお互い様なので、私からは何も言わない。
「「「「…………」」」」
しん…と室内を張り詰めた静寂だけが支配する。
私が焦る様子も狼狽える姿も見せず、ただ薄く微笑んだまま視線を向けていると、まずはカーラが落ち着かなくなり、その後ろの侍女達に「お茶を…」と掠れるような小さな声を掛けた。
その言葉に侍女達は唾を飲み込むようにしてギクシャクと動き出し、三人と一応、私の前にもティーカップを用意した。
私を睨み付けていた気の強そうな侍女が、私に近寄ると何故かカップにお茶を注ぐ手が震えていた。
私はお茶に手を付けない。ただジッと微笑みながら前を見つめると、茶を飲んで唇を湿らせたエレオノーラが忌々しげに口を開いた。
「最近は常識も知らない田舎者が増えてまいりましたわね。そうは思いませんこと? クロエ様」
「そうですねぇ、お情けで付き合ってあげているのに、立場がわからないのかなぁ、ねえ、カーラ様?」
「そ、そうね。聖女だの姫だの祭りあげられて、勘違いしているのかしらぁ」
二人に声を掛けられて気を取り直したのか、落ち着きを取り戻したカーラがあからさまに蔑む言葉を使う。
「あらカーラ様、所詮は女神である女王陛下を崇めない、偽りの神を信奉する田舎者。そのようなことを仰っては酷というものですわ」
「申し訳ございません、エレオノーラ様。わたくし、根が正直なもので」
「でも事実ですよね。うふふ。本当の神を知らないで聖女とは愚かですよねぇ」
三人は私を無視することに決めたようです。私を視界に入れないようにしながら、それでも貶めることを止めない。
その根本には聖王国への敵対もあるけど、宗教関連のこともあるらしい。
スッと私が手を上げると、三人のお喋りが止まり、また静寂に包まれて視線が私に注がれる。
私がその手を下ろすと同時に横からティナが前に出て、私の前に置かれたお茶を手に取り、スプーンで一口自分の口に運んだ。
貴族社会に毒味は必須とは言え、招かれたお茶会で、目の前で毒味をするような真似はしない。
その様子にエレオノーラが顔を顰め、カーラが眉を吊り上げ、クロエだけが嬉しそうにニヤリと口元を歪ませた。
そしてティナは静かにティーカップをテーブルに戻すと。
「安物です」
「なんですってっ!」
ガタンッと椅子を跳ね飛ばすようにカーラが立ち上がる。
「あなた、非常識ですわっ!!」
私を無視しきれずにがなり立てるカーラ。盛大に溜息を吐いて、忌々しげに私を見るエレオノーラ。薬でも仕込んだのかカップとそれを飲んだティナを訝しげに交互に見るクロエ。
侍女達の殺気を含むような視線を無視したティナが、どこかから耐熱硝子と銀細工の優美なティーカップを取り出し、見せつけるように香りの高い真っ赤なお茶を注ぐと、甘い果物のような香りが室内を満たし、私は無言でそれを口に含んだ。
「――――――ッ!!」
私から無視されたカーラが顔を真っ赤にして歯ぎしりすると、ズカズカとそのまま部屋から出て行ってしまった。
それに続いてゆっくりとエレオノーラが席を立ち、小さな舌打ちをして無言のまま外に向かうと、クロエが慌てて席を立って私に向き直る。
「いい気にならないでね。あなたなんかをジーノ様がお気になさることなんてないんだからっ」
そう言って最後のクロエが部屋を出ると、慌てたように侍女達が後に続き、最後に私達三人と、最初に案内した壮年の執事だけが残された。
「それで、会食はいつからかしら? セバスチャン」
「セバスチャンとは誰ですかっ!?」
失敬失敬、壮年の執事なんて、どうせセバスチャンだと思っていました。
勝った。……特に勝利に意味は無いけど、吹っかけられた喧嘩を買わないなんて、女が廃るってなもんです。……我ながらこらえ性がない。
それから誰も居なくなったお部屋で一人お茶を飲んでいると、セバスチャン(仮)がジーノの到着を教えてくれた。
二人きりの向かい合っての会食。結局彼女達はあのまま帰ったみたいです。さすがにあそこまでボロ負けして居残るような根性はなかったみたい。
そんな二人きりの会食に、ジーノが困ったように苦笑していた。
教国の食事は、海の幸に香草と香辛料をたっぷりと使った南国風な感じです。でもまあ、何を出されても碌に味わえない私にとっては、ただの辛い粘土です。(切実)
どれもこれも一口ずつでギブアップする。これならばあの海鮮市場で見た人語を話すマナティのほうがまだ食べられるのではないか(魂的に)と考えていると、そんな私にジーノが語りかけてきた。
「ユールシア姫、あの三人ですがいかがでした?」
「まだまだ…かしら」
ん? 味覚的に? 他の貴族よりも美味しそうな感じだけど、もうちょっと熟成させないとコクが無いと思う。思わず素直な感想を漏らすと、ジーノが深く頷いた。
あの三人は、女王が力を引き出した次期女王候補らしい。それで何故彼女達を王族にしなかったのかというと、力が巫女方面に偏っているのと、彼女達の生まれが力を見出されて養子にされたのではなく、生まれながらに上級貴族だったからだ。
「あの三人では、女王になるのは難しい。そうなると、婚約者である私が王配に着くことも出来なくなる。確か、我が国からあなたへアクセルとの婚約の打診があったと思いますが……」
ああ、そんな話もありましたね。エステルちゃんがやんちゃしたので、その話は流れちゃったのかと思ってましたけど。
そんな風に思っていると、ジーノは真剣な顔をして私にそっと囁いた。
「私の妻となり、女王を排除して、新たな女王になりませんか?」
次回、教国の聖女





