3-11 魔神様の華麗な日常 ⑥
「クララッ、これからどうすんだよっ、もう街には戻れないぞっ」
「え~……私、悪くないもん」
街を破壊し教会から金品を強奪したクララ達は指名手配になり、戦士を抜かした他のメンバーは犯罪幇助と器物損害、一般市民を傷つけたことで逮捕された。
仮にも一般人とは掛け離れた英雄クラスともなればどの国でも優遇されるが、今回は教会という複数の国に信者や影響を保つ組織の腐敗を表に出し、喧嘩を売ったことで、小国家群の上層部は市民に癒着がばれることを恐れて、勇者達一行に罪の全てを被せる形となったのである。
先にも述べた通り、英雄クラスは一般人とは掛け離れた力を持ち、その能力は幼児とアスリートほどの力の差が有る。なので逃げようと思えば逃げられたはずだが、その力故か、騎士、魔術師、神官などはそれなりに護るべき立場があり、元平民のクララや傭兵崩れの戦士のように簡単にアウトローに落ちることが出来ず、大人しく衛兵に捕縛され投獄された。
だが、社会的な責任も立場も将来も一切考えず逃げ出した二人は、実際には何も考えていなかったとしてもその判断は正しかった。
本人達は気付いていないが、この勇者パーティそのものがシルベール教国のプロパガンダの為に意図的に作られた物であり、実験的に精神改造を受けた為に精神的に不安定であると教会に判断された騎士達は後日教国の人間に回収されて、二度と表舞台には立てなくなった。
「それより見てよ、これっ。教会の連中、こんなに溜め込んでいたんだから、悪いことしていたに決まってるもん。悪事を挫くのも勇者の仕事なんだから」
「……まぁ、そうかもな」
教会の司教が溜め込んでいた資産は、クララが持ち出せた宝石類や宝飾品だけでも軽く大金貨20枚相当。裏ルートの盗品として捨て値でさばいても確実に大金貨十枚以上にもなる。
小国とは言え王都にある教会の司教なのだから、運営資金などである程度個人で動かせる金銭があるのは理解できるが、一般家庭年収の四~五倍もの宝石類や宝飾品があるのはあきらかに不自然だ。
だからと言ってクララのしたことが肯定されるわけではないが、元から剣1本で成り上がってきた戦士は貴族や金持ちに不信感を持っており、そして何よりクララをこれから独り占めできると気分が浮き足立って正常な判断が出来なくなっていた。
「そんじゃ、これからどうする?」
「そうねぇ……そうだ、都会に行こうっ! 聖王国なら勇者は大事にしてもらって、いっぱいお金を貰えるらしいし、綺麗な服とかおしゃれなお店とかきっとあるよっ」
「そうだな……じゃ、行くかっ!」
「もう行くのー?」
「「っ!」」
逃亡してきた夜の森の中、追っ手の目を誤魔化す為に最低限の灯りだけで周囲を警戒していた二人は、暗闇から突然声を掛けられた瞬間に武器を抜き、戦士は手斧の1本を声の位置に投擲した。
「何もんだっ!」
手斧が飛び抜ける音も刺さる音も聞こえなかった戦士が声を上げると、暗闇から上等なメイド服を纏う白に近い銀髪の少女がふわりと姿を見せる。
「やっほーっ、ファニーちゃんだよー」
「「…………」」
やたらと軽いが、虎さえも一撃で仕留める投げ斧を音もなく指で挟んで受け止めたその少女に、腐っても勇者と言うべきかクララさえも剣を構えたまま警戒を崩さない。
「……あっ、お前、あの金色のお嬢ちゃんのメイドかっ」
「えええっ、そうなのっ!?」
自分にしか興味のないクララが、ユールシアの従者の顔などまともに見てもいなかったのはともかく、それに気付いた戦士が主人を『金色のお嬢ちゃん』呼ばわりしたことで、ファニーの朗らかな笑顔がわずかに硬質なモノに変わった。
「あんた、何の用なのっ!? 私はあんたなんかに用なんてないんですけどー」
追っ手ではないことで戦闘態勢は解いたが、あのユールシアの関係者と言うことでクララが警戒はしたままトゲだらけの口調で話すと、ファニーはおどけるようにクルリと回る。
「別にー? ただタリテルドに行くなら、それっぽっちの資金でいいのかなぁ、って思ったのー」
「なによ、これじゃ足りないって言うの?」
「王都だと色々なお店があるんだよー。世界中のお茶があるおしゃれなカフェとか、お城みたいに大きな服屋さんとか、庶民の女の子でもお姫様のように扱ってくれるカッコイイ執事がいる宿屋とか、綺麗になれる自然派化粧品とか、あっと言う間にお金が無くなっちゃうんだから」
「そんなお店が……」
どれもこれもユールシアが出資して、護衛騎士達や大吸血鬼ミレーヌの配下と人化した悪魔達がやっているお店だったが、王都でも評判になりはじめたその店舗にクララの目が輝き始めた。
「てめぇ、何を企んでやがる」
戦士だけは、誰も追いつけていない自分達の居場所を見つけて、自分の手斧をあっさり受け止めたファニーにまだ警戒の視線を向けていた。
「ん~~? 興味がなければいいよー。他の人に話を持っていくから」
「ま、待ってよっ!」
現れた時と同様にヒラヒラと軽く手を振りながらあっさりと背を向けるファニーを、クララが思わず呼び止めた。
「クララっ!」
「黙っててっ! そんであんた、わざわざ私を見つけて話を持ってきたんだから、なんか美味しい話があるんでしょ?」
クララは勇者でも、資金を稼ぐ為にそれなりに危ない橋や非合法な手段を取ったことがある。主にそれをしてきたのは魔術師とクララだったが、クララ一人でもそれをするのに躊躇うような精神は持ち合わせていなかった。
「あの教会、ここら辺の国でも一番大きな所なんでしょ?」
「うん、そうよ。大国ならもっと大きな聖堂とかもあるらしいけど、えっとシン…」
「新教会…だな。普通の教会はコストル教とか一つの神様を祀ってるもんだが、あの教会は“新教義”って言うのか? 色んな神様を崇めて、シルベールの女神さんも信仰に入れているらしいぜ。まぁ、ここら辺だと普通になっちまったが、従来の教会と区別する時は“新教会”って言うんだ」
「うん、そうそう」
「へぇ」
二人の説明に朗らかに笑っているファニーの声音がわずかに低くなり、懐から一枚の紙を取り出して二人に見せた。
「なんだこれ、地図か?」
「うん、ここがあの教会。そしてここが教会の研究施設なんだって」
「研究施設?」
ノアが調べてファニーに渡したものだが、宗教と研究施設の接点が分からず戦士が困惑した表情を浮かべると、ジッと見ていたクララが勢いよく顔を上げた。
「私……ここ知ってるっ! 村から連れられて最初にきた場所だっ! ここに何かお宝があるの?」
「変な研究してるんだって。それを持ってきてくれたら買い取るよ。それと教会の弱みも握れたら、追っ手も来なくなるかもー」
「すごいっ」
「ああ、なるほどな」
クララは素直に喜んでいるが、戦士はこのメイドが話を持ってきたのは研究資料などのヤバいモノの買い取りがメインなのだと分かった。
あんな若い娘達が聖王国辺りの間諜だとは思わないが、おそらくそれを高く売買できるルートがあるのだろうと考え、戦士はファニーに対する警戒を一段階下げた。
「それじゃすぐに行こうよっ」
「おいおい、まだ俺達を捜してるだろ? 今行ったら…」
気持ちが逸って今にも飛び出そうとするクララを、さすがに戦士が呆れながら止めようとすると、ファニーがクララを支持した。
「大丈夫だよー。私も行くから」
*
「まさか、こんな簡単に侵入できるとは……」
勇者達二人が指名手配されているので街に入るのも容易ではないと思っていたが、ファニーが何かしたのか、巡回する衛視の姿を見ることさえなく、あっさりと教会の研究施設に到着した。
「そんじゃ、こっからは俺らの仕事っつう訳だな。あんたはある程度戦えるだろうが、後ろにすっこんでな。行くぞクララ、殺すなよ」
「わかってるよー」
クララと戦士は暗がりから疾風の如く飛び出すと、裏門にいた門番二人をあっさりと昏倒させて敷地内の茂みの中に隠した。
「ここが裏口だよ。鍵掛かってるけど」
「任せてっ」
ファニーが指示するとウキウキとした表情でクララが剣を抜き、扉の隙間に剣を奔らせると扉の向こう側で閂の破片が落ちる音がした。
勇者と言うよりも息のあった盗賊団のような三人が静かに施設内に入り込むと、まだ起きていた人間達を昏倒させながら奥へ進む。
「本当に教会の施設なんだな……」
研究員らしき者達は皆、簡易的な神官服と聖印を持っていた。そのほとんどがシルベール教国の女王を祀る聖印だったのが気にはなったが、都会の人間のほうがそういう勉強をしているのだろうと戦士は自分で納得する。
まるで内部を熟知しているようなファニーの案内の元、迷うことなく奥へと進むと、
「なに……これ」
そこには大小様々な液体に満たされた硝子の容器が並べられており、大きな容器の中にはあきらかに人間らしき物も浮かんでいた。
「あははー。他の国なのに随分と手広くやってるねぇ」
「お前……」
唖然とする二人が凄惨な現場に合わない朗らかな声に振り返ると、スライムと小動物を合成したような気持ちの悪い物体を大事そうに抱きかかえたファニーが、スタスタとクララの前にやってくる。
「勇者、これ」
「え……」
思わず手を引っ込めようとしたクララに無理矢理渡されたのは、大金貨が10枚ほど入った袋と、良く分からない書類だった。
「これの代金と教国が他国でやってた実験資料だよ。聖王国に行くよりもこれを教国に持っていったほうがお金になると思う」
「なるほどっ!」
言葉の意味を理解したクララが勢いよく頷く。確かにこれを他国に届け出て少ない報奨金を貰うよりも、教国そのものを脅して金を得た方が多く貰える。
普通の人間なら国を脅そうなどと考えもしないものだが、自分が人類最強の勇者だと自覚しているクララは、自分を害することが出来る存在を知らなかった。
「もうすぐ夜が明けるから早く行ったほうがいいよー」
「うん、そうだねっ、ありがとっ!」
「お、おい、」
そのままの勢いで外に飛び出していくクララに、戦士が呼び止めるべく声を掛けようとした。
何かがおかしい。確かにこんな研究施設が他国にあるのは重大な犯罪行為だが、ここまでくると勇者の権限を超えている。どこかの貴族が単独でやったことならともかく、もしこれが教国そのものが関わっているとしたら、自分達は大国同士の抗争……いや、もっと大きな“存在”同士の抗争に駒として巻き込まれているのではないかと傭兵時代の経験からそう思い付いた。
「クラ…――――――」
クララ、これは罠だ。戻ってこい、と叫ぼうとした戦士は、突然後ろから首を掴まれてその瞬間に喉を潰された。
「……ぉ…ま…」
首を掴まれたまま何とか後ろに視線を向けると、そこにはあの白い銀髪のメイドが、硬質な“道化師“の仮面を付けて、仮面ごと嗤っていた。
「察しのいいヒトは好きだよー」
グシュ…ッ!
英雄クラスの戦士に何もさせないまま首を握り潰したファニーは、その魂を回収すると、入り口までの壁と建物を魔力で粉砕し、沢山の“戦利品”を抱えて闇の中へ消えていった。
派手に破壊された施設に巡回時間を調整されていた衛兵達が駆けつける。
一目散にここから離れて峡谷へ向かったクララは知らなかったが、このおぞましい研究をしていた施設に居た者達がシルベール教国の者だと知ったこの国の王は、これが自国の手に余ると判断し、小国家群の連絡網を遣い各国へ通知したことで、小国家各国で新教会への一斉捜索が開始されることになる。
***
「それで……クララが教会の施設を襲ったら教国の研究施設で、クララは逃亡して、街では大騒ぎになっている訳ね?」
「うん」
にこやかに頷くファニーを見て私も思わず溜息が漏れる。従者達は私に嘘は吐かないし、やることはすべて私の為だと分かっているけど……誘導しやがったな。
ま、いいか。どうせ教国の顔が潰れても自業自得だし。
「で、それは?」
「拾ってきたのー」
ファニーが拾ってきたのは本当に偶然見つけたらしくて、小動物に下級悪魔を無理矢理憑依させて失敗した実験体でした。
その数、なんと二百体。ほとんどは【失楽園】に連れて行ったからここには数体しか居ないけど、……うん、普通にそこらでペットに出来る見た目はしてないわ。
さてどうしようかな……と考えていると足下をツンツンつつかれた。
『ガウガウ』
『…………』
なんじゃろな? ギアスと恩坐くんと二人して。もしかして……
「この子達が欲しいの?」
『ガウ』
「……(こくん)」
何故に欲しがる? もしかしてペット仲間が欲しいとか? 良く分からないけど、この二人に任せてもいい……のかなぁ。
勇者退場。
ファニーも昔に比べると随分と成長しました。(母心)
次回、クマとウサギのペットの話。





