1-10 厄介ごとに巻き込まれました ①
乙女ゲーム攻略メンバーを変更しました。
そのついでに、一本だけと言っておきながら、本日二本目。
「時間封印術式……? なんだそりゃ?」
恩坐の父や上の兄が、以前より家を空けることが多くなった。
男ばかりの五人兄弟の四番目である恩坐は、自分の実家が一般的な【寺】とは少し違うことを知っている。
一般の寺院の僧侶は、身体を鍛え戦う術を学んだりはしない。悪霊退治に出掛けたりすることはない。
自分の生体エネルギーと外気の力を練り合わせた“氣”を全身に満たすことで、人には触れられない悪霊や、それに憑かれたモノを父達は倒していたのだ。
それを知って子供だった恩坐は、それが“正義の味方”だと憧れ、その他の修行をサボってでも“氣”の修行に明け暮れた。
恩坐は今ならば、一番上の兄には敵わなくても二番目の兄と近い力はあるはずだと、一番上の兄が家に帰ってきた時に、悪霊退治に連れて行って貰えるように頼んだ。
そしてもちろん断られた。それでも食い下がる恩坐に、兄は困り果てて恩坐を納得させる為に、仕方なく秘密の一部を話して聞かせた。
それが、【時間封印術式】である。
「恩坐、【御山】のことは知っているな?」
「うん……、親父や兄貴が、偶に手伝いに行くところだろ?」
「数年前、【巫女様】にご神託があったと【御山】にも報告があった。今から19~20年後にとてつもない【邪悪】な存在が世界に現れるらしい。その時の俺達は、その存在をどうする事も出来ずに過去に託した」
「は? よくわかんねぇよ、兄貴っ」
「俺だってよく分かんないよ。でもなんか、“零”とか“十二”の数字を使った術式のようで、【砂時計の術式】とも言われていた」
「余計にわかんねぇよっ」
「俺に分かるのは、上手くいけば数年以内にその【邪悪】が来襲する前に倒せる、って事だ」
「来る前に倒す……?」
「それを上手く倒せれば、後は、20年後にまた過去に託すだけで世界は平和になる。今はその【邪悪】の影響で悪霊が多くなってる。そんな悪霊や、数年以内のことは俺や親父に任せろ」
「………でもよぉ」
「恩坐も将来に備えて力を溜めておけ。そして、20年後に来るその【邪悪】を、また過去に封印するのはお前の役目だ。そうじゃないと、未来の嫁さんも守れんぞっ」
「なっ、そんなのいねぇよっ。……でも、わかった」
話が難しすぎてほとんど分からなかったが、数年以内の件もかなりの危険が伴うのだろう。それを踏まえて、自分に“未来”を託したのだと理解した恩坐は、兄の言葉に素直に頷いた。
「…………」
未来を守る……。兄のからかい混じりの言葉ではないが、恩坐の脳裏に一人の少女が思い浮かび、恩坐は慌ててその絵を頭から振り払った。
***
私は初等部の二年生になりました。
特になんの変わりもありません。……と言いたいところだけど、少しずつ変わってきている。
王子くんは随分と痩せました。少し前までヌイグルミみたいに可愛かったのですが、痩せると随分格好良くなるんですね……。
クラスの女の子達が『王子くん』って呼んで話しかける様子をよく見かけます。
でも、私もお話に混ざろうとすると、女の子達はすぐにどっかに行ってしまうんですよ。まだ私の外見に慣れていないのか、それとも、気を使われているのか……。
それがどういう意味の気の使われ方なのか、あまり知りたくない微妙な気持ち。
「柚子ちゃん、うちの会社でパーティーあるんだけど、柚子ちゃんは来ないの? 塔垣のおじさんや、四集院さんもお父さんと来るみたいだけど」
「う~ん……。あんまり格式高いのはちょっと……」
だって一流企業の社長さんとか、華子みたいな本物のお嬢様がくるんでしょ? 私みたいな“なんちゃってお嬢様”が出席したらお父さんが困る。
その上パーティーなんかで、主催者の御曹司と仲良くなんてしていたら、ただでさえおかしな目で見られているのに、また変な噂が立ちそうじゃない。
そんな立派なパーティーなのに、公貴くんとそのお父さんは出席しない。
例の“地上げ”問題で、公貴くん親子とお祖父さんとの仲が良くないんだと、噂に聞いている。
何処からの“噂”かというと、父ちゃんが働いているお店でラーメンを戴いていると、トッピングの“ワカメの精”が身振り手振りで教えてくれるのだ。
……私、疲れているのかな。
ちなみに“ワカメの精”は私と美紗しか目撃していない。きっと私達のような、純真で清らかな心の持ち主にしか見えないのです。
*
「あなた達は、この商店街のお子さんですか?」
私と美紗がラーメン屋さんの横道で遊んでいると、二十代半ばの優男風の男性が話しかけてきた。
一目で分かる上質なスーツ。その後ろには背広をパンパンにした体格の良い黒服が居て、美紗が少し怯えていた。
「……あなた、だぁれ?」
私は少し警戒しながらも、子供らしい雰囲気を出して尋ねてみる。
それでも私が美紗を庇うようにしたのに気付いたのか、その男性は少し大袈裟に一歩下がり、ニコリと笑顔を向けてきた。
「怪しい人ではないですよ。こんな素晴らしい商店街なのに子供があまりいないので、思わず声を掛けてしまったのです」
「ふ~ん……」
もっともらしい事を言っているけど、私の問いには答えていない。その顔は笑っているけど、私にはその笑顔が“蛇”のように見えた。
「……美紗、父ちゃんのところに行こ」
「う、うん」
会話を打ちきり、美紗の手を引いてお店の裏のほうへ行く。
後を付いてきたらどうしようかと思ったけど、あの男性は軽く肩を竦めると商店街のほうへ戻っていった。……その後ろに、黒服の他にも数人の柄の悪い人達が居て、男性と軽く視線を交わすとそのまま商店街に散らばっていった。
なんだろう……この気持ち。
さっきの男の人と話してから、心の中に何かが灯った気がする。この小さな揺らめく“想い”はなんだろう……。
「……うちのらーめんが何だって言うんだっ!」
お店の裏から中に入ると、父ちゃんのそんな大きな声が聞こえた。
「……に、兄ちゃん?」
「美紗、ちょっとここにいてね」
不安そうな美紗を奥に残して、私はお店の様子を窺ってみる。
琴ちゃんはまだ来ていないみたいだったけど、お店の中では、父ちゃんと柄の悪そうな客が睨み合って二人の世界に入っていた。別に甘い雰囲気ではない。
こそこそと他のお客さんがお金を置いて店を出て行く。店主のお爺ちゃんは、まるで聞こえていないかのように厨房でネギを切っていた。
……実際に、聞こえてない可能性も高いけど。
そして、その柄の悪そうな客は、案の定というべきか、さっき話した男性の近くにいた男達の一人だった。
「なんだこのラーメンはぁ? ちまちましたもん作りやがって、こんなのインスタントのほうがマシだぜっ」
「なんだとぉ、もういっぺん言ってみやがれっ」
「こんなんで金を取ろうってのが詐欺なんだよっ。ラーメンってのは豚と鶏をしっかり煮込んで、ちょっとドロッとした感じが最高なんだっ、こんなさっぱりと澄んだお上品なスープにしやがって、材料と手間を惜しんでるんじゃねぇのかっ」
チンピラさん、あなた実はラーメン好きですね?
「それになんだ、この麺は? コシがあるつもりか? 輪ゴムかと思ったぜっ」
「てめぇ、まともに箸も付けねぇで何を言ってやがるっ」
「食うまでもねえんだよっ。ああ、どっかの僻地でなら、この程度でもやれるかもな。さっさと店を畳んじまいなっ!」
「この野郎……っ」
おっと、それ以上はいけません。その人は自分からは絶対手を出さないけど、父ちゃんから手を出してくれるのを待っていますよ。
私もちょっと……ドキドキしてきました。
「おおっ、なんだこのガキっ!」
「柚子ちゃんっ、下がってなっ」
のんびりと店に入った私に、チンピラのおじさんと父ちゃんの声が掛かった。
とりあえず父ちゃんは包丁を降ろしなさい。そのまま厨房から外に出たら銃刀法違反になりますよ。
「何って、らーめんを食べるに決まってるじゃない」
「ゆ、柚子ちゃん?」
朗らかな満面の笑みで答えると、父ちゃんのほうが戸惑った顔をしていた。
……なんかこういう感じは久しぶりです。ギロリと向けられる視線。暴力的な気配。向けられる悪意……。
胸がドキドキと高鳴りませんか? もしかして、さっきの男性に出会ったからでしょうか……?
何故か……とっても、………美味しそう。
「……ッ、」
私が視線を向けると、チンピラは身体を硬直させるように押し黙った。
何を見たんでしょうね……。私は何もしませんよ? 無力で無害なただの子供だよ?
……大丈夫だよ。あんな素敵な男性を見た後では、あなたじゃ物足りない。
「おじさん、座ってぇ」
「…………」
子供らしく可愛く微笑むとチンピラの視線が泳ぐ。
多分、おじさんしか私の目を見てない。父ちゃんはそんなチンピラと私を見て、混乱しながらも普通ではないと気付いたようだ。
「……座りなさい」
チンピラにだけ聞こえるように再度“お願い”をすると、カウンターに座った私の隣にのろのろとチンピラが腰掛けた。
「お爺ちゃん、父ちゃん、らーめん二つ。ワカメ大盛りで」
「お、おい……」
「あいよぉ」
まだ現実に追いついていない父ちゃんの代わりに、店主のお爺ちゃんがテキパキとラーメンを作り始めた。……聞こえていたのね。
「ほい、おまち」
あっと言う間に麺が見えないほどワカメを乗せられたラーメンが私達の前に、ドンッと置かれる。
「食べて。美味しいよ?」
「…………」
「……喰え」
最後に小さくぼそりと呟くと、チンピラさんは何かに急かされ、貪るようにラーメンを食べ始めた。あらやだ、はしたない。
「……ごほ、ぐほ、」
うん、父ちゃんのらーめんも美味しいけど、お爺ちゃんのラーメンも美味しいな。
チラリと横を見ると、私のほうではなく彼のドンブリに“ワカメの精”が憑いていたみたいで、麺と一緒に勢いよくチンピラさんの胃に侵入していった。
「………」
…………うわぁあああああああああああああああ。
なんかチンピラさんの顔が“緑色”っぽくなっているんですけどっ。
あれぇ……? なんでこうなったんだろ? 衝動のまま動いたらいつの間にかこんな状況になっていました。
きっと、あの人にあったせいだね。……ごめんね? 恨むならあの素敵な上司さんを恨んでね。
緑色のおじさんは、まるで“初めて二足歩行をする海産物”のようなギクシャクとした動きで大きなお札を一枚置いて帰っていきました。
少し多いけど、サービス料(美幼女隣席)込みだから仕方ないね。
ここに居れば、また、あの素敵な人に会えるのでしょうか。
そして尽きるストック。明日の分はあります。
次回、ちょっと小難しい話です。





