幕あいの章Ⅱ 寒風の追憶②
それでも二年ばかりは特別大きな問題も起こさずに、クレイールは『学友』を務めた。
『学友』は王子と誼を持つだけでなく、将来互いに役立つ友人や同士に会う場でもある。
だがクレイールはいつまで経っても、友人らしい者や気心の知れた者を見つけられないでいるようだった。
親としてそこが気にならなくもなかったが、休まず出仕している様子に安心もしていた。
苛立つような顔を見せることが増えたのは、第三王子と共に学び始めた辺りの頃からだった。
当代の王子方は皆、秀でた部分はそれぞれ違っていたが、優秀な方々だった。
第一王子で当代の王太子でいらっしゃるライオナール殿下は語学に秀で、馬術や武術に秀でていらっしゃる。
特に剣技はお世辞抜きで、当代の若者たちの中で一番の腕前でいらっしゃろう。
王子でなければ護衛官になりたいくらいだと、ご本人も冗談半分・本気半分で言うが、それを聞いた近衛武官たちが真顔で納得するくらい素晴らしい剣士でいらっしゃる。
第二王子のセイイール殿下は、幼い頃に大病を患って以来、腺病質でいらっしゃるのが玉に瑕ながら、頭の回転の素早い、非常に賢い方である。
あらゆる知識を驚くような早さで吸収し、鋭い質問を浴びせられた家庭教師が舌を巻いているなど、日常だ。
側室腹の第三王子・アイオール殿下は、輝くような二人の兄君の陰で目立たない上、突出した何かを感じさせる王子ではない。
が、四歳上のライオナール殿下と一緒に、苦もなく遠乗りや早駆けに出掛けたり、一歳半上のセイイール殿下と互角に将棋を指したり学術上の議論をしたりしているという噂を漏れ聞いている。年齢から考えればすごいことだ。将来有望な王子だと考えられよう。
「でも、レーンの女から生まれたあの王子は所詮、蛮族の血筋ですよね?」
ある日、久しぶりにクレイールと一緒に夕食を食べる機会があり、食事をしながら『学友』の話をしていた流れで、王子たちの噂話になったことがあった。
クレイールは食事の手を止め、憮然としながらそう言った。
「ちびのくせに小賢しいんですよね。ちょっと学問が出来るからってセイイール殿下と小難しい理屈をごちゃごちゃと……頭の黒い蛮族のくせに、生意気なんですよね、あいつ」
「こら、クレイール」
さすがにシュクリールは窘めた。
「確かにアイオール殿下の母君はレーンの女だ。だがスタニエール陛下の王子でいらっしゃるという事実は変わらん。蛮族呼ばわりは不敬だぞ」
クレイールはずるそうな顔でにやりとした。
「わかっていますよ、父上。あんなのでも外ではちゃんと、殿下って呼んでますから」
蛮族呼ばわりは屋敷の中だけですよ。
その決して品がいいと言えない笑い顔にシュクリールは、クレイールの母が物をねだる時の顔を思い出し、背が冷えた。
クレイールは母譲りの華やかな顔立ちをしていた。
リュクサレイノの血筋に多い銀の髪を持ち、彼の祖母であるシュクリールの母によく似た薄茶の瞳は、光の加減で金色めいてみえた。
やや軽薄な雰囲気は否めないが綺麗な少年で、屋敷の侍女や宮殿勤めの若い女官などにチヤホヤされている様子だ。
そのせいか、最近余計に手に余るようになった気がする。
クレイールはあやうい。今に、とんでもないことが起こるに違いない。
そんな予感がしてならなかった。
予感は的中した。
嫌な予感ほど的中するものかもしれないが、今回は最悪に近い形で的中してしまった。
クレイールは今日『学友』として宮殿に出仕していて、王子や学友たちと剣術の試合をした。
しかし試合後、お前の試合の仕方には問題があると窘めてきたアイオール殿下に腹を立て、学友たちが多数いる前でかの方を侮辱した。
アイオール殿下のみならず、母であるレーンの女まで『踊り子』と侮辱した。
部屋に閉じこもって不貞腐れているクレイールから、なんとか一通り話を聞き終わり、シュクリールは青ざめた。
シュクリール個人としては、クレイールの侮辱の内容自体はわからなくもない。
誇り高きラクレイド王家の血に蛮族の血が混じってしまったことに対し、生理的としか言いようのない強い忌避感があった。
しかしこれは王の決定でなされたことであり、昨今の事情を鑑みてレーンとの同盟は強めた方がいいくらいの判断はつく。
臣としてシュクリールは、その忌避感を表に出さないよう努めてきた。
アイオール殿下に対しても、血筋に対するわだかまりは別、将来は兄君たちの優秀な片腕として活躍されるだろう期待を持っているくらいで、特に含むところもなかった。
かの方ご自身に罪がないことくらい、さすがにシュクリールもわきまえている。
しかしこの馬鹿息子は、シュクリールの今までの気遣いや努力を滅茶苦茶にしてしまった。
公衆の面前でリュクサレイノ侯爵の息子が、王子とその母である今は亡き側室を侮辱・罵倒する。
時の宰相を務める、王妃の父親である、リュクサレイノ侯爵の息子が。
『今は亡き』その側室はレーンの現大神官の妹分で、第三位の階級を死後も保持している『レライラ』と呼ばれる女。
クレイールの世代はピンと来ていないだろうが、彼女がレーンとの同盟の証であることは未だ打ち消されていない。
いくら『子供の喧嘩』でも、これは最悪、外交問題に発展するかもしれない事案なのだ。
シュクリールは初めてクレイールを怒鳴りつけ、お前は当分屋敷で謹慎していろと言葉も荒く命じ、王宮へ取って返した。




