第九章 乱⑤
高まる緊張をほぐすのんびりした口調で、クシュタンは、義勇兵の男たちに武器と防具の確認を促す。
壮年から若者二十人ばかりの義勇兵たちは、鎧を意味なく撫ぜてみたり、海軍から貸し出された平海兵用の短めの剣を、鞘からそっと抜いてみたりしている。
一通り彼らの様子を確認し、覚悟はしていたものの、クシュタンは絶望的な気分になった。
ここに集まった男たちは元々、荷役だったり商店主だったりする者ばかり。
体力や腕力には多少なりとも自信はあろうが、剣など生まれて初めて触った者が大半だろう。クシュタンも端から期待していない。
だけど義勇兵に志願するくらいだ、半端でも何かしら嗜んでいる者が一人二人いるのではないかと思っていた。
ラクレイドは平和だったのだ、と、改めてクシュタンは思う。
我流でも何でもそれなりに腕に覚えのある者で、堅気の者はまずいない。
そして用心棒稼業を含めたヤクザ者は、町を守る為に血や汗を流したりしない。
勝ち目のない戦にさっさと見切りをつけ、とっくの昔に他所へ逃げたのだろう。
(……参ったな)
子供の守をするのに近い。
子供の方が素直に従う分、扱いやすいくらいだ。
しかし考えてみれば、中途半端に腕に覚えのある者など、いない方がかえっていいのかもしれない。
クシュタンは思い直す。
下手に得物を扱える者がいて場を仕切りたがったりすると、暴走して手に負えなくなる可能性が出てくる。
そうなるともう、どうしようもない。
そこを最悪と考えるなら、最悪より二番目に悪い状況だと思おう。
「クシュタン殿!」
早足で近付いてくるのは、ここ最近顔見知りになった下士官の青年だ。手に、何やら書類らしきものを持っている。
彼は目顔でクシュタンに挨拶し、義勇兵に向かって声を上げた。
「そろそろ騎馬部隊が配置に就きます。それと同時に、義勇兵の皆さんにお願いしたい。フィスタ市街に散開し、巡回・警邏しつつ逃げ遅れた者や動けない者がいないかを確認して欲しいのです。もし見つけた場合、砦で保護するので連れて来るよう願います」
フィスタの民は今、海兵の宿舎や教練場などに保護している。
ぎゅうぎゅう詰めの状態だから、保護というより軟禁あるいは監禁に近いが、仕方がない。
敵が万一市街に爆薬を落とすと、民に大量の犠牲者が出る。可能性は高くないが、懸念はある。そこでレライアーノ公爵は緊急に領主命令を出し、民を半ば強引に砦内へ集め、保護している。
夕刻までにフィスタの町はほぼ空になったが、残された者のいる可能性はある。
「もしかするとその人間は、破壊工作を企む敵側の者である可能性も考えられます。たとえ女や子供、年寄りであっても気を抜かず、必ず砦へ連れてくるよう願います」
破壊工作、と聞いて義勇兵たちの顔が引き締まる。
(なるほど。上手いこと考えたな)
クシュタンは苦笑いをかみ殺し、胸でひとりごちた。
彼等が戦力にならない、むしろ足手まといになることなど、軍の者ならクシュタン以上に痛感していよう。
だが、彼等の思いは貴い。
フィスタを守りたい気持ちは、海軍の者に負けないくらい強いだろう。その思いを無下には出来ない。
ならば『緊急性は低いがやった方がいい』かつ『直接の戦闘に発展しにくい』任務に彼等を就ければよい……そう考えたのだ。
下士官はきびきびと、手にした書類を広げて指示し始めた。
義勇兵たちを三人から四人の班に分け、受け持ちを割り振る。
「クシュタン殿」
下士官の青年がクシュタンへ視線を向ける。
「クシュタン殿は義勇兵の中で一番、実戦経験があります。なのでより危険度の高い任務の手伝いをお願いしたい。現在港に面した市街の入り口を閉ざしていますが、我々と一緒にそこの警護に就いて下さい」
(……という名目で、素人たちから俺を離すのか)
義勇兵たちの今後が少し気になるが、現実問題として実際に戦える者が、それこそ猫の手も借りたいくらい必要なのだろう。察しは付く。
「わかりました。お役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」
クシュタンは軽く頭を下げる。
下士官の目に、かすかながらほっとしたような色が浮かんだ。
それぞれが持ち場へ移動することになった。
クシュタンは例の下士官の青年と連れ立ち、市街へ向かう者たちとは逆方向にある港側の通用口へ向かう。
「俺を素人さんたちから離したということは……」
歩きながらクシュタンが言いかけると、青年は苦く笑う。
「ええ。お察しの通りです。戦の最終局面は白兵戦になるでしょうから」
「なるほど」
それ以上は聞く必要もない。
砦の通用口を開ける。
途端に、濃い硝煙のにおいが鼻を突いた。




