第九章 乱④
引き絞られた弩から、『鳥』たちが飛び立った。
厳しいまなざしでそれを見ている公爵の顔を、エミルナールは横目で覗く。
「羽を大きくすれば空中に浮きやすくなるんだけど、速度が出なくなる。速度のことばかり考えたら浮きにくくなってすぐ落ちる。兼ね合いが難しいんだよね」
将軍執務室で紙細工遊びをしている『海軍将軍 レライアーノ公爵』に呆気に取られた、着任初日をふと思い出す。
昼間から紙細工遊びにうつつを抜かす将軍、という存在がそもそもエミルナールには信じられなかった。
この人は本物の馬鹿ではないか、と、あの時かなり真面目に思ったものだ。
当時『鳥』の開発に行き詰っていて、公爵が開発部門と一緒になって試行錯誤を繰り返していたのだと知り、納得した。
安心した、が、本音かもしれない。
もっとも『鳥』の開発に絶対関係ないだろうそれ、と言いたくなるような紙細工遊びも嬉々として公爵はやっていたので、納得は半分ほどだったのだが。
しばらくして爆発音が小さく響いてきた。
「申し上げます!」
望遠鏡を覗いていた物見係が叫ぶ。
「『鳥』は敵艦上空で炸裂し、甲板で待機中の人馬に降り注いだ模様。暴れる馬を押さえる者、うずくまる負傷者らしき者の姿が確認できます」
「いいぞ、上手く風に乗っている。後二回ずつ『鳥』を放て!」
了解いたしました、の声。
弩部隊の隊員たちはきびきび動き、結局合計九発の『鳥』が、ルードラントーの船団の上空で弾けた。
「申し上げます!」
悲鳴じみた物見係の声。
「敵艦に砲門を確認。各艦右舷左舷に三門ずつ。たった今敵の大砲が放たれ、『とびうお』『かます』が被弾。航行不能に陥った模様」
公爵の顔が青ざめる。敵は巨大艦五隻、味方はここに七隻配備しているが、あちらより二周り小さい艦だ。二隻の航行不能は痛いが、まだ想定内の事態ではある。
「軍船に告げよ。敵艦に近付き過ぎるな。あちらの砲弾は当たると破壊力が大きいが、飛距離はラクレイドの弩ほどではない筈。距離を取って『ほうせんか2号』と交互に撃ってゆさぶりをかけよ、とな」
『ほうせんか2号』は、小さく切った布に油を染みこませたものを仕込んだ『ほうせんか』だ。爆発と同時に火のついた布が散らばる為、可燃性の高いものがある場で使われると厄介なことになる爆弾だ。
敵艦も甲板に鉄板を張ってはいないし、帆は当然、布。火がつくと大変なことになる。
暗号弾が砦の上空に、次々と放たれた。
「コーリン」
公爵がエミルナールを呼ぶ。
「そろそろフィスタの騎馬部隊に出動を伝えてくれ。敵が港を破ってフィスタ市街に乱入した場合、彼等に押しとどめてもらわなくてはならない」
「承りました。御心のままに」
エミルナールは応え、きびすを返した。
フィスタ所属の騎馬部隊は、すでにこの戦での海軍との協力関係が構築されている。
この戦が終わるまで、騎馬部隊は海軍の命令系統に組み込まれ、海軍の指示で作戦行動を取ることになっている。
これは執政の君直々の命令でもあるが、フィスタの騎馬部隊はレライアーノ公爵が領主になって待遇が改善されたのもあり、元々関係は悪くない。
砦内にある騎馬部隊の控室へと、エミルナールは急いだ。
小さな爆発音。そして再びの風切り音。
煙の軌跡がみっつ。
三度目の風切り音。連続して聞こえる爆発音。
義勇兵の男たちが、さっきとは違う感じにざわめく。
「敵がかなり近付いてきたみたいだな。多分、牽制する為に爆弾を投げたんだろう」
さすがに義勇兵たちの表情が強ばる。
「爆弾……?」
強ばりながら曖昧な顔をする男たちへ、クシュタンは簡単に説明する。
「火薬を使った武器らしいよ、敵側も使うそうだ。と言っても、俺だってよくわからない。軍人じゃないからな」
「でもあんた、玄人だろう?」
口髭を蓄えた壮年の男が問うのへ、クシュタンは淡々と答える。
「玄人と言えなくもないけどね、俺はフィスタに戻るお偉いさんを護衛してきた用心棒のひとりだよ。縁あってこっちに来たから、義勇兵の中に混ぜてもらったのさ。仕事柄剣はそこそこ使えるけど、まあそれだけの男だね」
その時、砦の上空で様々な色の光が閃き、一瞬遅れて爆音が轟いた。男たちの表情がさらに強ばる。
「どうやら味方の軍船へ合図を送っているみたいだな。そろそろ俺たちの出番が来るんじゃないか」
落ち着いた声でそう言うと、クシュタンはわざと笑んでみせた。
「緊張しすぎることはないさ。我々はフィスタの町を守る、それだけを考えようよ。戦は基本、軍人さんたちにまかせるしかないしね」




