第八章 王都へ④
夏宮・円卓の間。
中央の円卓以外にも椅子が用意され、多くの貴人が席に着いている。
王女・王妃に続き、レライアーノ公爵とその従者たちが入場した。
入り口の正面・玉座の下に位置する執政の君の席に座っているのは黒いローブ姿のカタリーナ陛下。
少し離れた向かって左隣に喪章をつけた宰相・リュクサレイノ侯爵。
その他の重臣方もそれぞれの席に着いていた。
カタリーナ陛下が口を開く。
「何はともあれよくお戻りになられました、フィオリーナ王女。そしてアンジェリン妃。お二人とも大変な目に合われましたね。貴女方をお守りできなかったこと、ラクレイドの宮廷として痛恨の極みと思っております」
二人はその場で深く頭を下げた。
「レライアーノ公爵。言いたいことはいくつかありますが、今は何より、王女と王妃を比較的早く無事に奪還してきたこと、そしてあちらに潜入しなくてはわからなかった数多くの情報をもたらして下さったことを、ラクレイドの宮廷を代表してお礼を申し上げます」
レライアーノ公爵は頭を下げ、有り難くも勿体ないお言葉、謹んで感謝を致しますと型通りに応えた。
「あちらでの虜囚の生活に続き、こちらへの長旅。お二人ともさぞお疲れでしょう。今日はもう春宮に戻り、お疲れを癒して下さい」
「お心遣いに感謝致します、陛下」
フィオリーナ王女がやや震えながらも、しっかりと頭を上げて言った。
「しかし、もう少しこの場にいることをお許し願います。わたくしと母アンジェリンは、実際にあちらで虜囚でした。虜囚でなければわからない、感じ取れないことが、もしかするとあったかもしれません。それをこの場でお話しして、ラクレイドの宮廷で早めに共有する方がいいのではないかと愚考いたします。もちろん、お役に立てるほどのものがあるかどうかはわかりませんが」
「陛下、わたくしにも発言の許可をいただけますか?」
アンジェリン王妃が問うと、カタリーナ陛下は目でうなずく。
「わたくしも王女と同じ気持ちです。皆様方もすでにおわかりでしょうが、わたくしたちはあちら……デュクラの危うさを、日々肌で感じながらあちらに囚われておりました。もう少しこの場に残り、皆様方のお役に立てる情報をお伝えできればと」
「わかりました。許可します」
「陛下!」
宰相が慌てたように腰を浮かしかけるが、カタリーナ陛下は目で制する。
「実際に囚われていた本人の話を聞くのは悪くありません。我々の考えがどちらを向いているのかを、お二人に知っていただくのも。……宰相の懸念はわからなくもありませんが」
言うと、彼女はやや困ったようにかすかに苦笑いした。
「フィオリーナ王女。アンジェリン妃。貴女方がラクレイドにとって大切な方々であることは変わりませんが、少しばかり立場が微妙になってしまわれたことを、自覚なさっていらっしゃいますか?デュクラはラクレイドを裏切り、それもこちらの王女と王妃をあちらの王子が自ら拉致するなどという、常識では考えられない犯罪行為を行いました。両国間の信頼は完全になくなり、ラクレイドにとってデュクラは敵対国となりました」
王女と王妃は青ざめたが、事前にある程度覚悟していたのだろう。かすかにうなずき、大きく取り乱すことはなかった。
少し息を吐くと、カタリーナ陛下は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「貴女方に二心があるとは思っていません。ですが、貴女方がデュクラ王家の縁者である事実は残念ながら覆りません。貴女方の一挙手一投足を、意地の悪い目で見る者がラクレイドには少なからずいるでしょう。帰ってきて早々に気のふさぐような話をしますが、今が平時でないことは、貴女方も嫌と言うほどわかっていらっしゃいましょう」
再びうなずく二人へ、陛下はいたわるようなかすかな笑みを見せる。
「義母や祖母としては……貴女方の無事な姿をこの目で見て、この上なく嬉しく思っておりますよ。これほど深く神に感謝したことは、生まれて初めてです」
椅子が用意され、二人は席に着いた。
カタリーナ陛下は頬を引くと、蒼い瞳を鋭く公爵へ据えた。
「レライアーノ公爵。あなたがあちらで、お二人の奪還と情報の収集に努めていらっしゃったことは評価いたします。ですが、宮廷に断りらしい断りもいれずに国を離れ、勝手に行動なさっていたのは褒められたこととは言えません。それを含め、あなたはご自身がデュ・ラクレイノであるということを、いささか軽く考えていらっしゃいませんか?もし最悪の事態が起き、あなたのご遺体が良からぬことをたくらむ者に奪われれば。それなりに使われてしまう可能性もあるのですよ。もちろんあなたもわかっていらっしゃるでしょうが、その辺りのことをもう一度、よくよく肝に銘じていただくようお願いしたいですね」
「心します。申し訳ありませんでした」
さすがの公爵も殊勝にそう言い、深く頭を下げた。




