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第十一章 断罪⑧

「……アンリ・ドゥ・チュラタン」

 執政の君の声。

 アンリは静かに執政の君へ目を向ける。

「つまり、あなたが信じる神の御心に適う行為として、わたくし並びに我が父リュクサレイノ卿を手にかけ、殺そうとしたのですか?」

「まあ、基本はと言いますか、建前は」

 人を食ったようにそう言い、彼は笑う。

「ルイ王子のように純真無垢なお子なら完全にそうでしょうが。残念ながら私のような汚れた大人は、神への献身だけでこんな大それたことは出来ません。それなりの見返りと言いますか、旨みがなければやってられませんね」

「……ずいぶんと正直なのですね」

 ややあきれたようにそう言う執政の君へ、アンリはむしろ嬉しそうにうなずく。

「正直だけが私の取り柄でして。もっとも、あまりにあけすけなので貴族社会では嫌われましたが。それはともかく……」

 ふとアンリは頬を引く。

「つまりは私なりの、栄達の見込みと言いますか野心の成就と言いますか、その為の行動なのです。ラクレイドの皆様方も察しておられるでしょうが、私がここまで出来たのはラクレイド側、それもそれなり以上の地位にいらっしゃる方の協力があればこそ。でなければ、さすがにリュクサレイノ卿暗殺や執政の君暗殺未遂は無理です」


 ガタン!

 ひどい物音に耳目が集まる。

 宰相が自席にうずくまり、荒い息をついていた。アンリはふと目をすがめ、気の毒そうに宰相を見た。

「……気の毒なリール。あなたは何も悪くないのに」

 思わずのようにつぶやくアンリへ、セルヴィアーノはたたみかける。

「ラクレイド側の協力者の名は?」

「お答えしてもよろしいのでしょうか?色々と差しさわりが出てきませんか?」

 小馬鹿にしたようなアンリの言葉へ、セルヴィアーノはむっつりと問いを重ねる。

「お前が心配することではあるまい。言え」


 では、とアンリは少し頭を下げると、何故か真っ直ぐ、レライアーノ公爵を見た。

「私の協力者でありこの度の件の共犯者は……そこにいらっしゃる、レライアーノ公爵閣下です」


 広間中の空気が凍った。



 一瞬後、ぶっ、とふき出したのは公爵だった。

「何を言うのかと思えば。何故私がお前と協力して国に仇なすようなことをしなくてはならないのだ?私は『ラクレイドの王族(デュ・ラクレイノ)』、どちらかと言えばお前たちにとっては目の上の瘤であり、暗殺の対象であろう?」

「おやおや。つれないですね。ここへきて裏切るのですか?」

 妙に色気のある笑みを浮かべ、アンリは言った。

「アンリ・ドゥ・チュラタン。我々に言った内容とまったく違うではないか?」

 怒気を含んだ声で咎めるセルヴィアーノへ、アンリはすました顔で答える。

「あの場で本当のことを言えば、()()()()()()近衛隊のあなたに、即刻私は消されてしまうでしょう?あなた方が望む答えを言ったからこそ、私はこの場へ連れて来られたのでは?私の骸と押収した毒液を差し出し、暗殺はこの男の単独の犯行だと言えば王家の体面も守られるでしょうし。あやうい賭けではありましたが、私は、少しでも真相を明らかにする機会と、少しでも自分が長く生き残る可能性に賭けたのです」

 アンリは言い、レライアーノ公爵へ流し目をくれる。

「それに……レライアーノ公爵閣下。この計画は、あなたが『ラクレイドの王族(デュ・ラクレイノ)』だからこそ……ではありませんか?」


「……どういう意味か?」

 冷ややかな公爵の問いに、アンリは勝ち誇ったように笑む。

「あなたはラクレイドの王族でありながらまともに王族として扱われず、ずっと不当な扱いを受け続けてこられた。それこそリュクサレイノ卿を筆頭にこの国の古くからの貴族たちに、所詮蛮族の子のくせにと言いたげな目で見下されてこられた。……違いますか?」

 公爵は一瞬絶句したが、すぐ『神の狼』の笑みを浮かべた。

「否定は出来ないな。怒りを覚えたことも窮屈に感じたことも嫌気が差したこともある。だが……」

 公爵の菫色の瞳が恐ろしいばかりに冴える。

「国に仇なしてまで、それを無理矢理、自分に都合よく変えようとするほど短絡的ではない。そこがお前たち狂信者とは違うところだ」

「私も別に狂信者ではありませんよ」

 アンリは落ち着き払って言う。

「私には信じる神を大切に思う気持ちはあります。が、当然と申しますか残念ながらと申しますか、何が何でも神の名の下に行動するほど純真ではありません。あなたと私は、言わば同じ穴のむじな。私は、ラクレイドのルードラ化を進めることで、デュクラ王家ひいてはルードラントーへ貸しが作れる。あなたは……うるさい老人どもを消し、名実ともにラクレイドの王として君臨できる。その為にはルードラントーに与する方が簡単ですからね」

 アンリはほほ笑む。いっそ恋人を見るような甘い目で。

「あなたがラクレイドで王になる為に、他に方法がありましょうか?……『ラクレイドの怪人』殿は、あれでもこの国の保守勢力に多大な力を持った御仁。高齢ながら後十年、少なくとも四、五年は元気に活躍しそうなお方でした。しかし彼がいなくなれば、あなたとしても保守派を取り込むのが易くなる」

 歌うように楽し気に、アンリは言葉を連ねる。

「姪御さまが年頃になれば、継承問題でもめる前、つまり十五歳でデュクラへ嫁がせれば、後継ぎは自然とあなたのお子になる。こんなうまい話に乗らない訳がありますまい。この国はあなたをずっと虐げてきた、そんなあなたがラクレイドの神や伝統に執着を持たないのも当然です。この辺りのことはラルーナの屋敷で十分打ち合わせ、あなたがルードラの戦士として神に仕える儀式も行いましたよね?」

「馬鹿馬鹿しい、誰がルードラの戦士になど」

 吐き捨てるように公爵は言った。

「寝言は寝て言え、アンリ・ドゥ・チュラタン。そんな訳なかろうが」


(……まずい。まずいぞ)

 エミルナールは心の中で焦った。

 レライアーノ公爵が潔白なのは、エミルナールをはじめ彼に近しい者は知っている。

 だが、宮廷でのレライアーノ公爵しか知らないお偉方にとっては、アンリの話の方が信憑性があるように聞こえるだろう。


 広間の空気が、なんとなくアンリの言葉へと寄って行く。

 うずくまっていた宰相が、左胸を押さえながらそろそろと身を起こした。

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― 新着の感想 ―
……おおおお!! すごく良い展開だ(←メタ視点w 次の展開が待ち遠しいですね (`・ω・´)
あー。。 調子に乗って言わずもがなのことを言ってしまった。
[良い点] おおお……しれしれと……頭いいですね、アンリくん! これはどうなるのか、ますます目が離せませんです……!
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