第十一章 断罪⑦
近衛兵に引かれ、赤毛の男はエミルナールたち被疑者のそば近くまで連れて来られた。
セルヴィアーノは男に近付いてきて、
「我々に話した通りに、ここで証言するように」
と言い聞かせ、自らの手で猿轡を外した。
男は軽く咳き込んだ後に大息をつき、背筋を伸ばして正面を向いた。そして顔色を失くしている宰相へ、ややきまり悪そうに笑んでみせた。
「お久しぶり。ごめんねリール。いや……ご迷惑をおかけして申し訳ありません、リュクサレイノ侯爵。あなたのご厚情をこんな形で汚し、お詫びのしようもございませんし、お詫びをしたところでお許しいただけるとは思っておりません」
「アンリ……」
茫然と友の名をつぶやく宰相へ、アンリは素早く片目をつぶった。妙になれなれしいというか、色っぽい仕草だなとエミルナールは軽い違和感を持った。
正確な年齢はわからないが、アンリの方が宰相より五歳ほど若いだろうに。
「アンリ・ドゥ・チュラタン。こちらの質問にだけ、簡潔に答えるように」
むっつりとした口調でそう言うセルヴィアーノへ、アンリは軽く首をすくめる。
「名前と身分を自らの口で明らかにしろ」
アンリは鼻を鳴らした後、答えた。
「私の名はアンリ・ドゥ・チュラタン。デュクラ王家に仕える現チュラタン侯爵の四男で、若い頃から王命により、薬品の研究をしておりました。最近はルイ王子殿下付きの教育係を務めるかたわら、ラルーナの王家の別荘で執事をしておりました」
ところどころにデュクラ訛りはあるものの、明晰なラクレイド語で彼は答えた。
「薬品?毒の間違えではないのか?お前のふたつ名である『毒師』は、ラクレイドへも伝わってきているが?」
セルヴィアーノの問いに、アンリは薄く笑む。
「毒も薬も結局は同じなのですよ、近衛隊長殿。同じものをどう使うかで結果は逆になる。大体、私は一度も自分のことを『毒師』とは名乗っておりません。周りの者が勝手にそう呼ぶようになっただけです」
「……なるほど。では『薬師』殿。それでは貴兄は何故、昨夜、勝手に我らが執政の君の寝室へ忍び込み、薬剤……いや。はっきり『毒』と言おう。毒液の入ったガラス容器を手に寝室へ忍び込み、執政の君の身体へその毒液を入れようとしたのだ?」
「そんなこと決まっておりましょう」
あっけらかんとアンリは言う。
「執政の君に儚くなっていただく為です」
一瞬の沈黙の後、広間は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「静粛に!」
喧騒を切り裂くように響く声。椅子に身を預けるように座っていらっしゃった、執政の君の声だ。
さすがに皆は口をつぐむ。
「アンリ・ドゥ・チュラタン。改めて問います」
蒼の双眸で射るように赤毛の男を見つめ、静かな声で執政の君は言った。
「わたくしを亡き者にする、理由は?」
「それも決まっております、賢明なる執政の君」
アンリはやはりあっけらかんと答える。
「我らの目的を達成する為には、貴女様を始めこの国に居座っている頭の堅い老人は、邪魔だから……です。例えば貴女様のお父上とか」
「アンリ!」
悲鳴のような声は宰相だ。
アンリは、ああ、と、今気付いたかのようにそちらを向く。
「そういえば執政の君のお父上は、宰相閣下のお父上でもありましたね。『ラクレイドの怪人』とまで呼ばれたあのお方も、さすがにヒトの命の理からは自由になりません。過剰に薬剤を摂取すれば、呼吸を止めてしまうものです」
「つまり、我が父・リュクサレイノ卿もあなたが手をかけた、と?」
執政の君の問いに、アンリは悪びれもせずに諾う。
「仰せの通り。ラクレイドをルードラの王国へ編入する為に必要なことだと判断しました。お気の毒ですがあの方は、ルードラの素晴らしさを理解出来ないでしょう。魔神たるラクレイアーンの教えに、頭のてっぺんからつま先まで染まり切っておりましょうから。早めに儚くなっていただいた方が、むしろルードラの慈悲に適うであろうと」
その場にいる者は皆、一様に背筋がぞくぞくしているであろう。
少なくともエミルナールはそうだ。
どうやらアンリは、人ひとりを殺したことに対してまったく罪悪感を感じていないらしい。
虚勢を張って罪悪感を感じていないふりをしているのではなく、本当に感じていないようにしか見えない。
『この世にルードラの王国を作る為なら、彼らは何でもするんです、本当に何でも』
フィオリーナ王女が泣きながら訴えていた言葉を、エミルナールは不意に思い出す。
『それこそが神の御心に沿う事だって、信じているから……』
(……狂っている)
ぞくぞくする寒気に耐えながら、エミルナールは心の中でつぶやいた。
そう考えでもしなければ、とてもじゃないが理解出来ない。
「……アンリ・ドゥ・チュラタン」
絞り出すような声でアンリを呼ぶのはアンジェリン王妃だ。
「アンリ・ドゥ・チュラタン。お前はもうすでに『デュズ』への信仰を捨ててしまったのですか?」
『デュズ』はデュクラで古くから信仰されている神だ。
ごく簡単に言うと光の神『デュズ』の恵みによりこの世は回るという教えで、要は太陽そのものへの信仰といえる。
デュクラでは、王から末端の民に至るまで広く『デュズ』が信仰されている。
アンリは真顔で、かつての自国の王女へうなずく。
「デュクラ土着の信仰ですね?あどけない信仰ですが、所詮はルードラを知らない哀れな民の妄想に乗った、魔物の罠ですから」
アンジェリン王妃は絶句した。




