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第十一章 断罪④

 打ち合わせが終わった後、やはり嫌疑をかけられ連行されてきたルードラントー人の医師 ラン・グダ医官長が呼ばれ、執政の君の診察が行われた。

 ラン・グダ医官長はフィオリーナも見知っている。

 漏れ聞いた程度だが、彼はアチラで政争の余波に巻き込まれ、命からがら海伝いに、フィスタまで逃れてきたらしい。

 フィスタで苦労しながら暮らしていたが、最終的に彼の持つ卓越した医療技術がレライアーノ公爵の知るところとなり、海軍の医官長に抜擢された……、と。

 そんな人が、自分を受け入れ重用してくれた国に仇なすとも思えない。

 少なくともフィオリーナが知る限り、ラン・グダ医官長が祖国に与してラクレイドへ仇なす理由はない。

 嫌疑の理由は彼がルードラントー人だという一点のみしか、フィオリーナには思えなかった。

 

 ラン・グダは執政の君から経緯や症状をじっくり聞き取り、簡単な触診の後、脈を取った。

 終始厳しい顔だ。

「……確実なことは申せませんが」

 重い口を開き、彼は言った。

「おそらく今すぐお命に関わることはないだろうと思われます。ただ、この手の毒は代謝されにくく、なかなか身体から抜けないという厄介な性質があります。そして、再び同じ毒が少量でも投与されると、激烈な反応を起こすという性質があります。再投与された場合、今の技術では患者を救うことは出来ません」

 ラン・グダは一度、大きく息をついた。

「また、投与する量を加減することで、意識のない状態からゆるやかに死へ陥らせることも、即死させることも可能です。……暗殺の為に洗練された毒と言えましょう。我々の国では『ク・ルミダ』と呼んでいます。『至上の毒』とでもいう意味になります」

 ぐったりと安楽椅子の背もたれに身を預けていた、執政の君はニヤリと笑んだ。その笑みは不思議なことに、レライアーノ公爵の冷たい笑みに似ていた。

「なるほど。ではやはり『毒師』が最後の仕上げに来るでしょうね」



 その後まもなく、この秘密の会合は解散された。

 再び暗く長い道を歩き、フィオリーナは、春宮の自分の寝室へ戻った。

 身づくろいをして寝台に横たわったが、頭の中で聞いたばかりの情報がぐるぐる回り、なかなか寝付けなかった。

 暗い天蓋を見つめ、フィオリーナは何度も深い息をついた。


 この後、事態がどう転ぶか読み切れなかったが、ラクレイドがラクレイドであり続けられるよう力を尽くすと、フィオリーナは闇の中で強く思った。

(ルイみたいな子供をこれ以上、ひとりも生み出してはならないわ)

 おねえさま、とフィオリーナを呼ぶ、幼い従弟のエメラルド色の瞳がまぶたに浮かぶ。

(ルイ……ルイ……)

 ルードラ教が教える世界以外を知らない、あどけない従弟。

(ルードラ教が間違っているとは言わないわ、でも……)

 何故か涙がにじむ。

(世界は『ルードラ』だけで動いてはいないのよ。あなたは絶対に認めないでしょうけど)



 翌日。

 冬宮に捕らえられた被疑者たちは、比較的穏やかに時間を過ごした。

 ゆっくり朝寝した後、一同はそれぞれの部屋で、具沢山のスープと朝に焼き上がったばかりのまだあたたかみの残るパンを、朝食にいただいた。


 昼前に、黒隊の者に連れられた司法官が、形だけ取り調べに来た。

 しかし、賓客の為の居間で不機嫌に押し黙ったレライアーノ公爵、その主に態度に勝るとも劣らぬタイスンを始めとした他の被疑者たちの暗く尖った目に、司法官は居心地悪そうに通り一遍の質問だけをして、そそくさと帰った。

「……どうせ茶番、取り調べもくそもあるか」

 ぼそりともらした公爵のつぶやきが、この場にいる者の総意と言えた。



 その夜半。

 エミルナールは再び、隠し通路を通ってきたタイスンの訪問を受ける。

 一応寝台に横になってうとうとしていたが、こういうことがあるだろうと事前に構えていたので、寝間着には着替えずにいた。

「おう、用意がいいな。コトが起こるって予想してたか?」

 声をかける前に半身を起こして待っているエミルナールへ、タイスンが軽く口許をゆがめる。

「ええまあ。……執政の君方面、ですか?」

 ふっと暗い目になり、タイスンは静かに諾う。

「……やり切れねえな」

 きびすを返しながら彼は、ぼそっとそうつぶやいた。


 隠し通路を通り、昨日と同じく公爵が使っている居間へ行く。

 昨日と同じように安楽椅子に座っている公爵は、エミルナールと目が合うと笑って見せた。

「よく来た。赤い頭の大鼠が、のこのことかの方の寝室へ忍んで来たそうだ。ウチの犬たちがあっさり捕まえたよ」

「……本当ですか?」

 嘘だとはもちろん思っていないが、今まで手こずっていた筈の相手があまりにもあっさり捕まって、不思議な気がした。なんとなく実感がわかない。

「本当だ。こっちへ来い」

 椅子から立ち上がり、彼は寝室と逆方向にある小部屋へ向かった。

 衣裳部屋らしく、壁に造り付けらしい大きな鏡があった。

「覗いてみろ」

 意味がわからないながら、エミルナールは鏡に近付いて覗いてみた。


 思わず声が出そうになる。

 その鏡は、どういう仕掛けになっているのかエミルナールにはわからないが、向こう側が透けて見える仕掛けが施されているらしい。

 衣裳部屋であるこちらよりは明るい、広さはこちらとそう変わらない程度の小部屋の真ん中に、椅子に座らされた状態で戒められ、猿轡をかまされている赤毛の男がいるのが見えた。

 その周りに数人いる下働きの仕着せを着た男たちは、『犬養い』の配下である〔レクライエーンの目〕だろう。

「……チュラタン侯爵家のアンリだ。アチラの王家の別荘で顔を見ている。まず間違いない」

 公爵が言う。

「油断していたのか焦っていたのか、あるいは予定の行動なのか。真意は読めないが、アンリは貴重な証人だ。明日、何らかの形で我々の役に立ってもらおう」

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― 新着の感想 ―
執政の君の周囲を、厳重に警備せねばなりませんね (`・ω・´)ゞ
まだ心配だ。 暗殺者がこれほど簡単に捕まるものだろうか?
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