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第十章 乱Ⅱ⑮

 レライアーノ公爵以下四名が冬宮に落ち着き、しばらく経った午後のことだ。

 フィオリーナは、祖母である執政の君を見舞う為に秋宮にいた。


 今日は見舞いの品として冬薔薇の小さな花束を用意し、刺繍の道具を持参してきた。

 前回見舞った時に陛下からいただいた、刺繍の宿題の答えを持参するつもりなので見ていただきたい、とも、秋宮の方へ伝えておいた。

 あちらに着くと、あまり馴染みでない侍従がフィオリーナを迎え出た。

 執政の君に古くから仕えている者たちが、現場からじりじりと外されているというクリスタン夫人の話を思い出しながら、フィオリーナは廊下を歩く。

 心なしか宮殿内が閑散としているような気がする。いくら秋宮が、元々規模の小さい隠居用の宮殿だとは言え、ここまでの寂しさは違和感がある。

 大体、当代の執政の君がいらっしゃる宮殿がこれでいいのかと、フィオリーナは密かに思う。

 その辺りをさり気なく侍従に問うと、昨日からたまたま他の宮へ応援に行く用が出来た為、少し人手が少ないのだと聞かされた。が、それにしても静かすぎる。

(……なんだか廃墟みたい)

 心でつぶやき、あわてて打ち消す。縁起でもない。


 祖母の寝室へ導かれた。

 やはりあまり顔なじみではない侍女がお茶の支度をしている。

 寝台の上で半身を起こした祖母に挨拶をし、勧められた椅子に座る。

「宿題が出来たそうね、フィオリーナ」

 笑みを含んだ口許で、からかうようにそう言うおばあさまへ、フィオリーナも少し引きつりながら笑みを返す。

「ええ。()()()()()()()()という指示でしたから、大体は察せました。急いで刺したのであまりいい出来とは言えませんけど……」

 言いながらフィオリーナは、刺繍をした布を取り出す。

 白地に黒で刺した、図案化した百合の花と雛菊の花のくり返し。

 百合はカタリーナ・デュ・ラク・リュクサレイノ・ラクレイノの紋章であり、雛菊はフィオリーナ・デュ・ラク・ラクレイノの紋章だ。

 周りの者が不審に思わぬよう、祖母の紋章と自分の紋章を表す花の図案が『宿題』だったという体である。


 王家の者はそれぞれに『紋章』を持つ。

 正妃もしくは王が正式に認めた側室から生まれた王子・王女は生まれた時から、王妃や王配は婚姻後に『紋章』を授かるのが慣習(ならい)である。

 一般に女性は花や小鳥、男性は常盤木や鉱物などから、その人に相応しいものが選ばれて意匠化され、個人を表す『紋章』として決まる。

 また、外戚に縁の深い事象や物、動植物から選ばれる場合もある。

 最近の例では、レライアーノ公爵の紋章である『真珠貝』がそれにあたるだろう。

 その紋章に、ラクレイド王家を表す狼と組み合わせた意匠を彫られた黄金の指輪を持つ者が、『正しく王位継承権を持つ者』として遇されるのがラクレイドの慣習(ならい)である。

 王妃や王配、まだきちんと王位継承権を持たない子供時代の王族は、白ないし黒の地に、黒か銀で線描きされた個人の紋章だけを使う。

 玉座を預かる執政の君ながら、今現在の正式な立場は王太后であるカタリーナ陛下、そして王女とはいえ未成年のフィオリーナは、個人を現す紋章以外は使えない。

 他の色ならともかく、白地に黒という指示なら、王太后か王女もしくは王妃の紋章の図案だろうと見当をつけるのが常識である。


 図案記号を一瞥しただけで模様を把握できるなど、刺繍に造詣が深い執政の君ならともかく、秋宮に仕えている普通の侍女はまず無理だ。が、色の指定や刺し方の指示ならば、心得のある者なら一瞥でわかる。

 祖母から渡された『宿題』を、その場で垣間見た者がいないとも限らない。

 万一に備えて紋章の図案をご自身で刺繍し、あちらへ持って行かれた方がいいと、フィオリーナはクリスタンから助言されたのだ。


 刺繍された布を手元で広げ、祖母は笑みを深めた。

「そう?悪くないわよフィオリーナ。やはり貴女は、幾何学模様の刺繍の方が得意のようね。()()()()()()()()()()()()わね……」

 ふと、祖母の瞳が切なそうにすがめられた。

「この調子で、まずは刺繍そのものに慣れてごらんなさいな、フィオリーナ。淑女の嗜みというだけでなく、趣味としても刺繍は良いものよ」

「う、うーん。そう……ですね、おばあさま」

 渋い顔で答える王女の様子に、周りで控えている者たちの間にほほ笑ましそうな空気が広がった。

 瞬間的に真顔になった後、再び祖母は柔らかく笑んだ。

「では……次の宿題を渡しましょう」

 フィオリーナは軽くうめき、お手柔らかにとつぶやいてみせ、更に周りの空気をなごませる。

 あらかじめ頭の中で図案を組み上げていたらしく、祖母はさらさらと紙に記号を書き出してゆく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、フィオリーナ」


 その後はお茶を飲みながら二人は軽い雑談をした。

 前回と同じようにフィオリーナは、小一時間ほどで秋宮を辞した。



 そして前回同様、午睡を取ると言って彼女は寝室に籠り、図案記号を図案に起こしてゆく。

 現れた図案は以下の通りであった。

『白地に黒、平刺しで。

 日付の変わる頃、犬と共に。

 隠された道を通って、冬の館で』

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― 新着の感想 ―
……おお! 誰かさんがいる軟禁部屋(?)へ脱出ですね!? (*´艸`*)
[一言] この数話で指示がハッキリと見えました! 『白地に黒』『冬の館』にはレライアーノ公爵!! 次回が楽しみです!!
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