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第十章 乱Ⅱ⑭

 細かい理由は不明ながら、レライアーノ公爵だけではなくエミルナールたちも、冬宮で勾留(軟禁?)されることになった。


 彼らを迎えに来たのがセルヴィアーノ子爵の隊なのを見て公爵は、青ざめた機嫌の悪い顔を一瞬、面白そうにゆがめた。

「なるほど。()()()()()()()()()()()()()()なのかい?」

 頭を下げているセルヴィアーノへそう言うと、彼はすぐ真顔に戻った。

「私はともかく部下たちまであらぬ罪を問われ、さすがに気が荒れていてね。勾留中もさぞ不愉快な思いをするだろうと思っていたが、冬宮に勾留とはね。私自身は冬宮で暮らしたことはないが、かつて母がここで暮らしていたという話は聞いている。お陰で少しは気持ちがなだめられたよ。……冬宮(ここ)で静かに在りし日の母を偲び、弾劾の日まで心を落ち着かせた方がよかろうな。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「御心のままに」

 寸劇でも見る気分でエミルナールは、隠された主従の、白々しいまでのやり取りを見ていた。

 思わず深く息をつく。

 彼が出張ってきたということは、今回の件は必ずしも宮廷全体の共通見解ではなさそうだ、とエミルナールは見当をつける。

 『犬』は神の狼にしか従わない。

 『犬』が動いているということは、少なくとも執政の君の意思は宮廷とは別にあると考えられる。

 だからといって楽観はできないが、一方的に罪を犯したと決めつけられ、裁かれる可能性はかなり減ったと考えられよう。


「賓客のようにとは参りませんが」

 次にセルヴィアーノはエルミナールやタイスンへ視線を向け、軽く笑んだ。

「皆さま方もまずは道中の埃を落とし、お寛ぎ下さい。冬宮は長く閉ざされていましたが、昨日から必要な人間を秋宮からまわしてもらっています。ですから当面のご不自由はないかと。まずは入浴と軽いお食事をとっていただくよう手配しています。その後、それぞれの部屋へ案内させましょう」


 用意されていた湯を浴びて道中の埃を落とし、決して高価ではないが、新鮮で質のいい食材で作った軽食がエミルナールたちに供された。

 レライアーノ公爵はすでに別室で休んでいるそうだ。疲れたので、食事よりまずは眠りたいと彼は言ったのだそうだ。

 もしかすると気が抜け、がっくりと疲れが出たのかもしれない。

 体調が良くなってきているとはいえ、何と言っても彼は病み上がりだ。


 食後に案内された部屋も、こちらへ客として招かれた他国の貴人の、従者用の客室だった。

 部屋としては、レライアーノ公爵邸で使わせてもらっていた部屋と同じかそれ以上、という感じで、反逆罪の被疑者とも思えない扱いだ。

(……いいのか?)

 完全に、客……賓客として招かれた貴人の従者に対する扱いで、エミルナールとしては戸惑う。

 フィスタからこちらへの道中は、非人道的とまでは言えないながらも、決して丁寧とは言い難い扱いだった。

 もっとも、事の真偽はどうあれ『反逆罪の被疑者』なのだから、この扱いで仕方なかろうとあきらめていたが。

(まあ……いいも悪いもないか、こちらが頼んでこの待遇ではないし。アチラがそう扱いたいのなら、こちらに否はないさ)

 清潔な敷布に覆われた寝台に寝転がり、腹に上掛けを乗せると、エミルナールはまぶたを閉じた。


 少し前から暖炉に火が入れられていたらしく、部屋はポカポカと暖かい。

 急激に眠気が襲ってくる。エミルナールだって当然、疲れているのだ。

 強行軍に近い馬車での移動以前、そもそもフィスタでの戦が終わったばかり、ここしばらくゆっくり食事もとれないくらい忙しく飛び回っていた。

 湯を浴び、滋養のあるものを一度食べただけでは取り切れない深い疲労が、身体の芯にある気がする。

(……クリークスのみんなはどうしているだろう?)

 絡みつくようなまどろみの手前で、エミルナールはふと思う。

 もしエミルナールが断罪されてしまったら、親族にどれほど迷惑がかかるだろうと思うと胸がふさいだ。

(もちろん無実だけど……)

 無実どころかエミルナールはエルミナールなりに、今の今まで全力で国に尽くしてきた。

 尽くしてきたが、認められなければそれまでだ。

 気が済むまで徹底的に調べろ、神に誓って無実だと言い張ったところで、それが通るほど甘い世界ではない。

 むしろ、調べる過程で証拠を捏造するなど、赤子の手をひねるより容易い。宮廷が有罪だと断じれば、その時点でエミルナールごとき一官吏の儚い命など、タンポポの綿毛より簡単に吹き飛ぶ。

(……母さん。あなたの息子は決して恥ずべき事などしておりません。どうか……それだけは信じて下さい)

 眠りに落ちる直前、エミルナールは、祈るように胸でそうつぶやいた。


 それから宵近くまで、エミルナールはぐっすり眠った。

 久しぶりの深い眠りだった。


「……おい。起きろ、コーリン」

 その快い眠りから突然、やや強引に引き戻された。

 ぼんやり目を上げると薄闇の中、真面目くさってこちらを見ている鳶色の瞳に気付いた。

「え?タイスン殿?」

 何故彼がここにいるのだろう、とエミルナールは半分眠った頭で思う。

 確か、扉の閂はかけたはずだが。

「話があるそうだよ。……内密の、な」

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― 新着の感想 ―
鍵が意味ナ━━━━(゜∀゜)━━━━イ!!ww 失礼しました。
情報機関を握っていると強いですねぇ。
[良い点] 母の暮らしていたところ…… こういう台詞、しみじみしてしまいます。 今さらですけど、それぞれのキャラに深みがあるのが素晴らしいです。
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