第94話 天井になりたい
ひとまず冷めた朝食を摂り、これからのギンの扱いについて考えた。
やはり今回の旅のメンバーには説明しないといけないが、それは最低でも明日だ。
フラムさんが魔物のヌシの調査に出ている為、少なくとも今日中の説明は難しそう。
というわけで真っ先に優先したのは、ギンの服だった。
流石にずっと全裸はダメ。風邪引く。
六歳児だし、下着はサイズが確実に合わない。
というわけで、とりあえず私の寝間着の上だけを着せてみたのだが……。
「うーん……ギリギリ」
私はそう言いながら、服の裾を下に引っ張る。
サイズ的に、彼シャツ的な、上の服だけでワンピースみたいになるかと思ったのだ。
いや、なってると言えばなってるんだけど、シャツの丈が太腿の上辺りまでしかないのだ。
子供服を買いたくてもサイズとか合わせたいし、一応は外に出れる恰好にしたい。
だが、思いのほか丈が短くてだなぁ……。
「これじゃあ流石に外出れないねぇ……」
「えー? なんでー?」
「変質者と間違われて職質されるか、ロリコンのオジサンに襲われる」
「大丈夫だよー。倒す」
「やめろ」
真顔で言うギンに、私は即答した。
マジでやめろ。騎士団でも倒せなかった魔物を倒せるギンだ。下手したら死人が出る。
「私の服は流石にギンに着せられないし……困ったわ……」
そう言って目を伏せるトネールに、私は考える。
ズボンは、絶対腰回りのサイズが合わない。
せめてもう少し丈の長い服を着せてあげられればいいのだが……。
その時、私の脳裏に、明日香の顔が浮かんだ。
彼女の背丈は高いし、シャツの丈だってそれ相応にあるだろう。
少なくとも、私よりは長いハズだ。
とはいえ、どう説明したものか……。
ギンの件に関しては、色々と事情が複雑なので、説明しようと思ったら一から百まで全て話さなければならない。
そして、この説明は全員にする必要がある。
ハッキリ言って二回も説明すんの怠い。一回で終わらせたい。
だから、出来れば説明せずに服だけ借りれたら良いんだけど、それは流石に難しいかなー。
なんとか誤魔化せたらいいんだけど……。
そんな風に悩んでいる間に、明日香の部屋の前に着いてしまった。
うーん……まぁ、なるようになれ。
私は投げやりな気持ちになりながら、扉を開いた。
「明日香ー……」
扉を開けた私はしばらく硬直し、無言で扉を閉めた。
……推しカプがキスしてた……。
信じがたい事実に、私は両手で顔を覆った。
マジ無理……尊い……出来るならこの部屋の天井になりたかった……。
うん。私は何も見なかった。とりあえずギンの服に関しては……ズボンをヒモでベルトみたいに縛りつけることとか出来ないかなー。
そんなことを考えながら歩きだそうとした時、突然聖域の扉が開き、肩を掴まれた。
「葉月、どこ行く気?」
「……ちょっとお花摘みに……」
「今外大雪ですけど?」
「んー……」
どうやら明日香はお嬢様言葉を知らないらしい。
しかし、これも結局は良い訳でしか無いし、何より肩を掴まれている力がめっちゃ強いんです。
降参の意で両手を挙げると、明日香は辺りを見渡し、すぐに私を部屋に連れ込んだ。
中には、当然沙織がいた。
顔が真っ赤だけど、必死に生徒会長を取り繕うとしている。
頑張れ。
「それで、葉月……見た?」
「見た……とは?」
「だから、その……僕と、沙織が……あの……」
どうやら私が二人のキスを見たのか聞こうとしている様子だが、それを思い出して徐々に顔が赤くなっている。
沙織はすでに羞恥心で死にそうなのか、眼鏡を外して明日香の枕に顔に埋めている。
「……キスしている現場は見ました」
「バッ……もっとオブラートに……!」
聞きたいことは分かったので正直に白状すると、明日香の顔が最高に真っ赤になった。
沙織、は……再起不能っぽいので、放置。
「まぁまぁ、私が見たことは分かっていたことでしょ? ……で、どうして欲しいの?」
「……誰かに言いふらしたりとかしないでください」
姿勢を正して言う明日香に、私は頷きそうになるが、直前で堪える。
……ちょっと待て?
これはチャンスじゃないか?
現在、相手の弱みを握っているのは私だ。
だったら、それを利用しない手はない。
「……分かった。誰にも言わない。でも、一つだけ条件がある」
私の言葉に、明日香は表情を引き締める。
沙織も顔を少し動かし、目だけで私を見た。
どうせ眼鏡してないから見えねーだろ。
「明日香の寝間着の上、貸して?」
「は!?」
私の提案に、明日香が素っ頓狂な声を上げた。
そして沙織も枕から顔を離し、恐らくだが色の違いを頼りに私を睨んだ。
「葉月、どういうつもりですか!?」
「え、なんで急にそんな反応……」
「もしかして、僕の部屋に来た用事がそれ?」
明日香の言葉に、私は頷く。
彼女の弱みを握っている今なら、理由を言わずに借りれるかもしれない。
推しカプのキスシーンが見れたし、私からしたら一石二鳥だ。
「目的は?」
「……内緒」
「……何か変なことに使うんじゃ?」
「変なこと……?」
「ニオイ嗅いだりとか」
「自惚れるな」
まさかの仮定に、私はついそう返した。
なんで私が明日香のシャツを嗅がんといけないんじゃ。
嗅ぐのはギンだ。
「え、じゃあなんでシャツなんて……」
「これ以上聞くならキスのこと言いふらす」
なんかもうグダグダ続きそうだったので、力技で乗り切る。
半分脅迫だけどな。ギンに着せるって正直に言った方がわけわからなくなるだろ。
私の言葉に、明日香は「うーん」と言って腕を組む。
「えっと……葉月は、変なことには一切使わないんですよね?」
「……私ってそんなに信用無い?」
そして私はどんな人だと思われている?
「……まぁ、別にどうもしないなら、構わないけど」
明日香の言葉に、私は小さくガッツポーズをした。
思いのほか長かったけど、なんとか目的は果たせた。
……でも、次からは誰かの部屋に入る時は、きちんとノックしようと思った。
百合の聖域を邪魔してごめんなさい。
今回で一日二回投稿は終わります。
明日から不定期更新に戻ります。




