第92話 異世界で母親始めました
銀髪美少女を部屋に招き入れ、思考を一度整理する。
……まず、この子は誰だ!? ていうか、ママ!? 私は生涯独身だぞ!?
恋人いない歴=年齢だぞ!?
「ママ?」
混乱の極みに陥っていると、私の服を掴んで見上げてくる美少女がいた。
わけわからんけど可愛い……。
キュルンとした大きな青い目。銀色の髪は凄く綺麗で、撫でたら気持ちよさそう。
頬はマシュマロのようで、突いたら凄く気持ちが良いだろう。
体はまさに幼女体型。服を握っている小さな手が愛おしい。
……いよいよロリコンに目覚めてしまうのか? 私よ。
「葉月? 誰だったの?」
すると、トネールがそう言って来た。
どうする!? 病み上がりのトネールにこの意味不明幼女を見せて大丈夫なのか!?
「この声……」
考えるより先に、美幼女が私の手をすり抜けてトネールの方に走っていく。
しまった……!
「ちょ……!」
「お母さん!」
止めようとした時、美幼女がトネールのベッドにダイブして、彼女に抱きついた。
ちょうど朝食はテーブルの上に置いていたので零したりは無かったが、問題は別である。
「お、お母さん……?」
「あの、葉月、この子は……」
トネールは困惑しきった表情で言うトネールに、私は首を横に振る。
私だって知らんよ。分かっていたら今苦労してない。
そんな私達の反応に、幼女は体を起こして頬を大きく膨らませた。
「ママもお母さんもひどいよ。私のこと分かんないの?」
「いや、だから……」
「ギンだよー」
満面の笑顔を浮かべながら幼女が放った言葉に、しばらくの間思考が停止した。
……ギン……?
「え? は? えっと?」
「だからー、ギンだよー」
そう言ってベッドから下り、手を翼のようにしてパタパタと動かす素振りをする。
いや、そんな事されても分からんし……。
とはいえ、銀色の毛と青い目というのはギンの特徴と一致している。
そもそもギンの事は魔法少女以外ではトネールとフラムさんしか知らないハズだし……。
「……マジでギンなの?」
「そーだよ?」
「……召喚獣が人間になるなど、聞いたこと無いのですが……」
困惑した表情で言うトネールに、ギンは「えへへ」と笑った。
いや、褒めてないからな。
「とりあえず何があったのか、出来るだけ詳しく教えて貰える?」
「分かった!」
私の言葉に、ギンは嬉しそうに言った。
それから聞いた話によるとこうだ。
前にドラゴンと戦った時、ギンは私を守った。
しかし、本人はどうやらドラゴンを倒すつもりで私を庇っていたらしい。
結局ドラゴンは倒せず、私……大好きなママを苦労させることになった。
だから、ギンは考えた。どうやったらママを守れるだろうか。
そこで、魔物を食べたら自分が強くなることを思い出す。
ママを守る為に強くなりたかったギンは、この周辺の魔物を食いまくった。
そして今朝、ギンはこの周辺の魔物のヌシを見つける。
強くなったギンは超強いその魔物に勝利し、食した。
すると食べている最中に、突然人間の姿になったと言う。
んで、混乱したギンは、とりあえずママとお母さんに相談すべく、この宿屋まで帰ってきたらしい。
「……そんな全裸で、よく雪の中無事だったね」
「んー。寒かったー」
そう言いながらトネールのベッドに潜り込むギンに、私は苦笑した。
とはいえ、ギンが無事で良かった。
突然幼女になってきた時は驚いたけど、可愛いし、何事も無いなら良いかな。
なんで人間になったのかは……恐らく魔物の首を食べ過ぎたことが原因か。
召喚獣のことはよく分からないけど、魔力を吸収し過ぎて進化とかそういう感じだと思う。
異世界モノとかじゃ割とよくある展開じゃない?
……しかし、まだ気になる点がある。
「ところでさ、ギン」
「何?」
「……ママとかお母さんって……何?」
そう。ギンは私をママと呼び、トネールをお母さんと呼んだ。
どういう理由だ? なんでそうなった?
私は召喚者なのだから、どちらかというとご主人様とかじゃ……ママの方がマシだな。
「……? 二人は私にとってのママだよ?」
キョトンと首を傾げながら言うギンに、いよいよ思考が止まりそうになる。
こめかみ辺りがヒクヒクと疼き始めていた時、ギンが私とトネールの手をそれぞれ握る。
「二人は私のお母さん! でも、ママとママじゃ分からないでしょ? だから、ママとお母さん!」
「……いや、そもそもお母さんじゃ……」
「え? でも、生まれたら一緒にいたよ?」
困惑気味の表情で言うギンに、私は何かのアニメで見た知識を掘り起こす。
確か、小鳥は卵から孵った時、初めて見た相手を親だと思うって……。
……そういや、ギンを召喚した時、私とトネールがいたな……。
オマケに、トネールが魔法陣を描いて私の魔力で召喚したわけだから、あながち両親という例えも間違っていないのかもしれない。
「……もう良いよ。親ってことで。トネールもそれで良い?」
「え? 私はそれで構わないよ?」
トネールの言葉に、私は安堵の息を漏らす。
そんな私達のやり取りを見て、ギンは嬉しそうな顔をする。
とはいえ、これからどうしたものか……。
いつまでも全裸ってわけにもいかないし、いずれは他の魔法少女達にも話さないと。
これからやらないといけないことが多すぎて頭が混乱していた時、部屋の扉をノックする音がした。
「……とりあえず、ギンは毛布の中にでも隠れていて。部屋には入れないようにするから」
「う、うん」
私の言葉に、ギンは毛布に包まって姿を隠す。
それに私は頷き、扉の方まで歩いて行く。
開けるとそこには、蜜柑が立っていた。
「蜜柑……」
「あ、葉月ちゃん。やっぱりここにいたんだぁ」
フワフワとした感じの笑顔で言う蜜柑に、疲れていた心が癒されるような感覚がした。
なんか久々にこの子に癒された。最近ずっと襲われっぱなしだったからなぁ。
ほのぼのしていると、彼女が私の手を取る。
うん?
「蜜柑?」
「朝ご飯食べた? まだなら一緒に食べない?」
「あ、いや……ご飯はトネールと一緒に食べていて……」
ここで部屋を離れるわけにもいかないし、トネールと食べるために持って上がっては来ている。
何か言ってボロを出してもアレだし、とにかく早く断らないと……。
そう思っていた時だった。
「……あー!」
背後から聴こえた声に、私は体を硬直させた。
振り向くとそこには、相変わらずの全裸でこちらを見ているギンがいた。
この馬鹿!
「ちょ、ギン……!」
「ママに近付かないでよ! このビッチ!」
そう言って私の体を後ろから抱きしめ、蜜柑を睨む。
……もうわけがわからないよ……。




