第91話 回復と報告
翌日には、トネールの体調はすっかり回復していた。
熱を測ってみても、平熱みたいだった。
「トネール。咳とかは平気?」
「大丈夫だと思う……ありがとう」
そう言って微笑むトネールに、私はホッと息をつく。
とはいえ、まだ病み上がりなので、もうしばらくはこの町に滞在することになるだろう。
今までハイペースで旅をしてきたので、ここまでのんびりするのは久しぶりに感じる。
たまには羽を伸ばすのもアリかなぁ。
そんなことを考えながら、私はタオルと氷水が入った桶を持つ。
「じゃあ、もうこれは必要ないから、片づけてくるね」
「あ、私も……」
「まだ病み上がりなんだからダメ。朝食もまだだし、ついでに何かベッドの上で食べれるものを貰ってくるよ」
私の言葉に、トネールは困ったように笑う。
それに私は笑い返し、部屋を後にした。
ちなみに、ギンは朝から朝食を狩りに行っている。
ここ最近毎日こうだ。このままではいずれこの辺りの魔物を狩り尽くしてしまうのではないか?
「……うん?」
くだらないことを考えつつロビーに下りる階段に差し掛かった時、見覚えのある後ろ姿が見えた。
赤い髪に鎧……フラムさん?
「フラムさん、何してるんですか?」
「うん? あぁ、葉月殿」
フラムさんは私を見て微笑む。
桶を持っているため、急ぐのは危ない。
彼女も待ってくれていたので、ゆっくり階段を下りて、隣まで行く。
「どこかに行くんですか?」
「あぁ、少し依頼があってな」
「依頼?」
「……実は、ついさっき、この辺りの魔物のヌシが倒されたらしい」
それからのフラムさんの説明を簡単にまとめるとこうだ。
実はこの周辺で、かなり強い魔物がいたらしい。
他の魔物どころか、国の騎士団などでも歯が立たず、かなり危険視されていたのだ。
しかし、どうやらその魔物の気性自体は温厚なもので、こちらから手を出さなければ何もしないのだとか。
だから下手に手を出さずに、たまに監視をしたり貢物を持って行ったりして、友好な関係を取り持とうとしていた。
それが今朝、ちょうど騎士団が監視に行くと、そこには食い散らかされたような肉片と骨、血痕が残されていたらしい。
「……私、その犯人に物凄く心当たりがあるんですが」
「奇遇だな。私もだ」
フラムさんの言葉に、ますます不安が募る。
……あの馬鹿ギン!
まさか、ヌシと呼ばれる魔物を倒す程に強くなっていたとは思わなかった。
そもそもその魔物がどれだけ強いのかは分からないが、相当なものだったのだろう。
「……ただ、一つ気掛かりなことがあってな」
しかし、続くフラムさんの言葉に、私は「はい?」と聞き返す。
すると、フラムさんは顎に手を当て、考え込むような間を置いた。
しばらくして、続けた。
「ギンは魔物を食べる時は、きちんと完食はするんだ。いや、流石に流れた血までは不可能だが……頭だけじゃなくて、体も骨も」
「……そういえば……」
確かにそうだ。
私も目の前で魔物を食われたことはあるが、ギンはきちんと完食していた。
フラムさんも一度魔物の間引きにギンが付いてきたことがあると言っていたが、その時に散々見たのだろう。
「……もしかしたら、さらに強い魔物が出てきたのかもしれないな」
「な……それじゃあ、ギンは……!」
咄嗟に、私はそう言った。
ギンはワガママだったり、考えていることが分からない時があったりするが、なんだかんだ大切な存在だ。
いなくなったりしたら……単純に、嫌だ。
そんな私の言葉に、フラムさんは驚いたような表情を浮かべてから、フッと微笑んだ。
「ギンなら大丈夫だろ。気にするな」
「で、でも……」
「アイツだって馬鹿じゃないからな。自分が敵わない相手の判別くらい出来るハズだ」
「……それなら良いですけど」
渋々納得すると、フラムさんは笑って私の頭を撫でた。
心配するな、という意味かな。
そこで、食堂に差し掛かったので、外に向かうフラムさんと分かれ、食堂に入った。
ギンに関しては、まぁ、なんとかなるだろう。
「おっ、葉月おはよう」
「おはようございます。葉月」
そこでは、朝食を摂っている明日香と沙織がいた。
なんか、この二人と会うのは凄く久しぶりに感じる。
まぁ、一週間近くトネールの看病で忙しく、氷水の入れ替え以外で部屋を出ることが無かったから仕方がない。
「おはよう……ていうか、久しぶり?」
「あー。だねー」
「トネールさんの看病ですよね? お疲れ様です」
「ありがとう。でも、もう熱も下がったし、体調は安定してきたみたい」
私の言葉に、二人がそれぞれ労いの言葉を掛けてくれる。
しかし、それよりも気になることがあった。
「ところでお二人さん。向かい側が空いていますよ?」
私の言葉に、二人はギクッという擬音が似合いそうな反応をした。
現在、二人は四人席の片側二席に並んで座っている。
あれれ~おかしいぞぉ~?
「……やっぱ、葉月には話しても良いんじゃないかな?」
「……でも……」
「蜜柑からの好意ですら寛容に受け止める葉月だよ? 僕のことも応援してくれたし」
「……明日香がそう言うのなら……」
顔を赤らめて答える沙織に、明日香は嬉しそうに笑った。
あのー、会話が見えてこないんですけどー?
「えっと、明日香?」
「あぁ、ごめんごめん。……実は僕達、付き合ってるんだ」
……ほへ?
突然暴露された情報に、しばらく思考の整理が追いつかなかった。
ひとまず氷水が入った桶を手近にあった机に置き、二人の向かい側に座る。
しばし熟考して、私は口を開いた。
「……いつから?」
「いつからって……ソラーレ国のお城に泊まってた時」
「……は?」
めっちゃ前じゃん。
……え、滅茶苦茶前じゃん。
ポカンと固まってると、明日香が苦笑した。
「ホントはもっと早く報告したかったんだけど、沙織が」
「だ、だって……恥ずかしい、じゃないですか……そういうの……」
「ち、ちなみに告白はどっちから?」
「あぁ、それは僕から……勢いで……」
どんどん二人の顔が赤くなってるー!
何これやだ可愛い!
推しカプのこういうの見るのヤバい!
「そ、そうなんだ……」
興奮からにやけそうになる顔を隠すのが大変だった。
だから、色々溢れ出る感情を隠した結果、そんな当たり障りの無い返答になってしまった。
そういえば最近百合に触れてなかったからなー。
免疫が無い時に推しカプのリアル恋愛とかマジで無理。尊い。
しかし、なんとか平静を取り戻し、私は口を開いた。
「いや、なんていうか……おめでとう。お幸せに」
「急にそういう風に言われると照れるなぁ……ありがとう」
そう言ってはにかむ明日香。
沙織も顔を真っ赤にしつつも、どこか幸せそうに笑っていた。
あー良いカップル。お幸せに。
「じゃ、私はやることがあるんで、あとは二人きりで」
「あはは、何それ。またね」
そう言って軽く手を振る明日香に私は笑い返し、氷水が入った桶を持って奥のキッチンに向かった。
トネールが回復した旨を話し、桶を渡して、朝食を受け取る……つもりが、トネールの部屋まで運んでもらった。
まだトネールが病み上がりということで、朝食はパンとスープだった。
私にはプラスでソーセージを貰った。
最早見た目に関しては何も言うまい。
「わざわざありがとう」
「大丈夫だよ。トネールは気にしないで」
私の言葉に、トネールは曖昧に笑った。
……ギンのこと、トネールには相談するべきかな。
病み上がりで不安にさせるのは良くないかもしれない。
しかし、ギンはトネールがわざわざ魔法陣を描いて召喚した子だ。
トネールだって可愛がっていたし、伝えるべきだろう。
「あのさ、トネール……」
コンコン。
私の言葉を遮るように、扉をノックする音がした。
それに私は口を噤み、扉を見た。
「ハイ。今出ます」
私は立ちあがり、扉の方に向かう。
一体誰だろう? フラムさんは外だし……使用人か蜜柑かな?
そう思って扉を開くと、そこには、私の胸より少し低いくらいの身長の少女が立っていた。
「……へ?」
咄嗟に出たのは、そんな、間抜けな声だった。
見た目は大体……六歳くらい?
銀色の綺麗な髪に、青い大きな目をした美少女だった。
そして、なぜか全裸だった。
「ママぁっ!」
観察していた時、突然少女が抱きついてきた。
……はぁっ!?




