第90話 滞在と看病
敵さえ倒せば急ぐ旅でも無いし、トネールが完全に回復するまでの間、このアティカの町に滞在することになった。
なんとなく気になったので、私はフラムさんから他の魔法少女達がどう過ごしているか聞いてみた。
明日香はよく外か部屋で運動をしており、沙織はその手伝いをしているらしい。
蜜柑は町で買い物をしたり、宿屋の台所を借りてお菓子の研究をしているらしい。
フラムさんは、トネールの看病は自分が引き受けるから私も自由に過ごして良いと言ってくれたが、断った。
そもそも私にやりたいことも無いし、何より、自分の好きな人の体調が一番大事だ。
というわけで、私はむしろフラムさんに休んでもらうことにした。
彼女は私達の為に色々尽くしてくれたし、この機会にしっかり休んでおくべきだ。
あとはギンか。
この子は、一人で外に出て、魔物を倒しに行くようになった。
無理するなという言葉に従って、自分より強い魔物に勝負を挑んだりはしていない様子だった。
そんなこんなで、私が目を覚ましてから、一週間が経とうとしていた。
「ん……大分熱も冷めてきたね」
トネールの額に自分の額を重ね、熱を確認してから、私はそう言う。
それから額を外し、氷水に浸けておいたタオルを絞る。
「葉月のおかげだよ……ありがとう」
「そんなこと……な、なんか照れるなぁ……」
突然お礼を言われるものだから、私は照れてしまう。
トネールの顔を見ても恥ずかしくなるが、タオルを置くには彼女の顔を見なければならない。
これが看病のジレンマ……。
「キュイ! キュイ!」
その時、コツコツと窓を叩く音と共に、ギンのくぐもった声がした。
見ると、窓の外からこちらを見ているギンがいた。
「ギン! おかえり!」
私はすぐに窓を開け、ギンを招き入れる。
するとギンは「キュイー!」と嬉しそうに鳴いて、中に入って来た。
今日も可愛いねー。口の周りに血が付いてなければねー。
「よしよし……じゃあ、私ちょっとギンの顔洗ってくる」
私の言葉に、トネールは小さく頷く。
部屋に洗面台があるので、そこの水道で水を出して、ギンの顔を洗う。
乾いた魔物の血を洗い流し、タオルで顔を拭いていた時、部屋の扉がノックされた。
「あ、ハーイ!」
私はギンをタオルに包んで洗面台に置き、扉を開ける。
そこには、土鍋のような物を持っている蜜柑がいた。
「蜜柑?」
「お粥作ってみたの。トネールさんにどうかなって」
お粥、か……。
この世界は回復魔法で一発で病気を治したりするから、病人食という概念が無い。
その為、トネールはここ最近スープとかばかりだ。
大分体調も良くなってきたし、ここでのお粥は有難い。
「おー。ありがとう」
私は受け取り、トネールの所に向かう。
すると、その後ろを蜜柑が付いてきた。
おん?
「蜜柑?」
「ん? なーに?」
「なんで付いてきてんの?」
「なんとなくっ」
「……はぁ……」
楽しそうに言う蜜柑にため息をつきつつ、私はトネールの元に向かう。
そこでは、こちらをぼんやりした表情で見ているトネールがいた。
「トネール、蜜柑がお粥作ってくれたんだって」
「そうなん、ですか……蜜柑様、ありがとうございます」
「良いよ~。私も興味あったから作っただけだから」
蜜柑が笑いながら言うと、トネールはフッと微笑んだ。
ひとまずベッドの横にある小さなテーブルの上にお粥入りの土鍋を置き、トネールの体を起こす。
タオルは一度氷水の中に浸け、お粥を茶碗によそう。
……米が蛍光緑だから、見た目はかなりエグイよな……。
顔をしかめそうになるのを堪えつつ、私はスプーンでお粥を掬った。
数回息を吹いて熱を覚まし、私はトネールにそれを差し出した。
「ハイ、トネール。アーン」
「……」
トネールは私の言葉に、小さく口を開けた。
その口にスプーンを入れると、口が静かに閉じる。
スプーンを引き抜くと、トネールは咀嚼する。
「……すごく美味しい」
「ホント? ……熱くない?」
「ハイ。葉月が冷ましてくれたから」
そう言って微笑まれると、一気に顔が熱くなる。
口をパクパクとさせて固まっていると、蜜柑がクスッと笑った。
「……私、もう行くね」
「え、もう?」
「うん。葉月ちゃんの顔見れたから満足」
……そんなセリフ、よく恥ずかし気も無く言えるなぁ。
私には無理だ。
ポカンと固まっている間に、彼女は立ち上がり、部屋を出て行った。
「……変なの」
小さく呟き、私はスプーンでお粥を掬って息で冷まし、トネールに食べさせる。
しばらくそれを繰り返し、やがて、茶碗によそった分のお粥が無くなった。
「ん……完食」
「ハイ。ごちそうさまでした」
そう言って悪戯っぽく笑うトネールに、私も笑う。
とはいえ、蜜柑……結構大量に作ったな。
私も食べるか? 多いと言っても、あと茶碗二杯分だし……。
「キュイィ」
その時、洗面台の方からギンの不満げな声がした。
しまった。
「うわわ、ギンごめん!」
私は慌てて立ち上がり、ギンを包んでいたタオルを取る。
すると、ギンはムスッとした表情を浮かべた。
ずっと包んでいたためか、毛はすっかり乾いていた。
「ごめんね、忘れてて……」
「キュイ!」
私の言葉に、ギンは私の指を噛んだ。
鋭い痛みに、私は「うぐッ!?」と固まる。
「ちょ、ギン!」
「キュイ!」
私が怒鳴ると、ギンはプイッと顔を背けた。
そんな私達のやり取りを見て、トネールがクスクスと笑った。
笑い事じゃないっての……。




