第89話 戦いの後の日常
「ん……」
瞼を開くと、天井からぶら下がってる電灯の光が、やけに眩しく感じた。
眠っていたというよりは、気を失っていた、に近い感覚だった。
……いや、あながちずっと、気絶をしていたのかもしれない。
目が覚めたら、私はベッドの中にいた。
フワフワした柔らかい温もりが体を包み込んでおり、非常に心地よい。
しかし、私からすれば、雪の中で気絶したかと思えば、気付いたらこんなベッドの中にいるのだ。
何が起こっているのか、正直理解出来ない。
「葉月!」
その時、声がした。
見ると、私の右手をしっかり握って、目に涙を滲ませながら私の顔を覗き込むトネールがいた。
突然の事が多すぎて、いよいよ思考を放棄したくなった。
「えっと……」
「良かった。目を覚まして……本当に、良かっ……た……」
そこまで言った時、トネールはベッドに倒れ伏せた。
私はそれに驚き、彼女の体を揺する。
「ちょ、トネール? しっかりして? ……トネール!」
そう言いながら、私は体を起こす。
トネールの顔は赤く、呼吸が荒い。
額に手を当てると、凄く熱かった。
「だ、誰か呼んでくるから! ちょっと待ってて!」
私はすぐにベッドから這い出て、部屋を飛び出した。
部屋を出て、ひとまずロビーの人を呼ぶべきかと思って一階に下りると、ちょうど外から帰って来たフラムさんに出くわした。
事情を話すと、彼女はすぐにトネールがいた部屋まで駆けつけてくれた。
トネールを自分の部屋まで運び、看病をしながらフラムさんに話を聞いた。
どうやら私が寝ていたのは、私が泊まっていた部屋だったらしい。
あの後、気絶した私や蜜柑、行動不能になった明日香や沙織を、フラムさんがアルス車で運んでくれた。
それから明日香と沙織、蜜柑はすぐに動けるようになったらしいのだが、私が中々目を覚まさなかったんだって。
まぁ三人と違って、私は魔力を限界まで消費していたからね。
そんな私を、トネールが夜通し看病していたらしい。
フラムさん曰く、私はあれから丸二日通して眠っていた。
その間、あの中で一番私を心配していたらしく、トネールが眠らずにずっと傍にいたんだって。
元々体が強くない上に今まで無理をしてきて、私が目を覚ましたことにより気が緩んでの発熱というわけだ。
「葉月殿だって目が覚めたばかりで大変だろうに……ここは私に任せて、ゆっくり休んでくれ」
「いえいえ、むしろ二日も眠ったなら、休みすぎですよ。……それに、トネールが大変なのに、一人でジッとしていることなんて出来ません」
私の言葉に、フラムさんは「そうか」と言って笑い、氷水で濡らしたタオルをトネールの額に置いた。
これは私の案だ。
元々この世界では回復魔法で病気を治すのが主な処方手段であり、回復魔法が通用しないトネールには、彼女の回復力や免疫力に任せるしか方法が無かった。
よくそれで今まで生きてこれたな、と、感心してしまった。
「そういえば、フラムさんは外で何をしていたんですか? ……なぜかギンも一緒だったし」
近くを飛び回っているギンを見ながら、そう言ってみる。
すると、フラムさんは「あぁ」と言って、ギンを見た。
「私はこの辺りの魔物の間引きをしにいっていたんだ。ギンはその付き添いだ」
「でも、ギンにはトネールと一緒にいるように命令しておいたハズなんですけど……」
「葉月殿の魔力が弱くなったからか、召喚獣への命令が弱くなっていたらしくてな。ほったらかしにしてもアレだし、一緒に来てもらった」
「……なんかごめんなさい。フラムさんにばかり色々任せてしまって」
「ハハッ、気にしなくても良いさ。殺した魔物の処分にはいつも困っているから、むしろギンが来てくれて助かった」
そう言ってフラムさんが頭を撫でると、ギンは「キュイ!」と無邪気に鳴く。
しかし、そうなるとまた魔物の首を食べたりしたのか。
……ドラゴンを押し返す程の力を身につけているというのに、さらに強くなっているのか。
「フラムさん、その魔物の間引きとやらには、まだ行くんですか?」
「うん? ……いや、今回で大分倒せたから、もう行かないぞ。途中から、ギン一匹でも倒せていたくらいだしな」
ギンの成長が半端ない。
何だろう、娘の成長が素直に喜べない親の心情?
ていうか、癒しが欲しくて召喚したハズなのに、気付いたら滅茶苦茶強くなってる。
「じゃあ、ギンももう魔物を食べなくて良いんですね」
「キュイ!?」
私の言葉に、ギンは驚きの声を上げた。
え、何その反応。まだ食べたいの?
ダメだって言おうと思ったけど、潤んだ目で上目遣いをされると、何も言えなくなる。
「……無理したらダメだからね」
結局許してしまった。
私の言葉に、ギンは嬉しそうに「キュイ!」と鳴いて、頷いた。
このままでは、将来子供の為にならない親になってしまう。
気をつけないと。
「ケホッ! ケホッ!」
その時、突然トネールが大きく咳をした。
あくまで私が知っている方法も、熱を多少和らげたりなどの気休めでしかない。
なんだかんだ、最終的には彼女の免疫力に任せるしか無いのだ。
「トネール。しっかりして」
私は咄嗟に彼女の手を取り、強く握る。
すると、トネールは薄く瞼を開いて、私の顔を見た。
だから、私は笑って見せた。
「私が付いているからね。大丈夫だからね」
風邪を引いたりすると、よく、心細くなったりするという。
だから、一人じゃないということを伝えるために、私はそう言ってあげる。
私の言葉に、トネールは目を細め、手を握り返してくれた。




