第86話 氷龍VS魔法少女④
ようやくドラゴンに、致命傷になりかねない攻撃をすることが出来た。
腹は黒く焦げ、煙が出ている。
私達が与えたダメージもかなり大きい様子で、警戒するような目でこちらを見ている。
しかし、それよりも、かなり重要なことがあった。
「明日香!」
「明日香ちゃん!」
沙織と蜜柑がこちらに駆け寄ってくる。
私はそれに、明日香をゆっくり地面に座らせる。
「ごめ……ちょっと、無理し過ぎた……」
「大丈夫。ゆっくり休んで」
私の言葉に、明日香はフッと疲れたように笑った。
しかし、その時、ドラゴンの口の中に光が灯るのが分かった。
この状況でブレス……!?
明日香を抱えて跳んで躱すのは難しい。
「皆、私の後ろに隠れていて!」
その時、そう叫んで蜜柑が私達の前に立つ。
何だろうと思っていた時、大槌を地面に振り下ろし、そこに力を込める。
直後、彼女の大槌が巨大化し、私達の前を塞ぐ。
……技を使って、ブレスを防ぐのか……!
「明日香……!」
沙織は明日香を抱き、大槌に背を向ける形で守る。
ひとまず巨大化した大槌の後ろには隠れているか……。
そう思っていた時、冷たい風が吹いた。
「グッ……!?」
変身していても分かる程に、冷たく、鋭い空気。
凍てつくような寒さに、私は体を強張らせた。
「グゥッ……!?」
その時、蜜柑が苦しそうに声を漏らしながら、両足を踏ん張った。
……まさか、この大槌すら吹き飛ばしかねないほどの強風だと言うのか……?
冷や汗が伝うのを感じつつ、私は大槌に両手を当てて、同じく強く踏ん張った。
「葉月ちゃん……!」
驚いた表情で私の名前を呼ぶ蜜柑。
「集中して! ブレスが終わるまで!」
咄嗟にそう叫ぶと、彼女は大きく頷く。
徐々に大槌はブレスによって後退していき、周りの空気はどんどん凍てついて行く。
私達の背後にある森が、ブレスを受けている地面が、凍っていく。
しかし、どんなものにも終わりはある。
長く続いたブレス攻撃は徐々に弱まり、やがて、完全に止まった。
「……止まった……?」
小さく呟き、私はその場にへたり込む。
呼吸が荒い。息を吐く度に、白い息が漏れる。
ブレスの影響か、変身しているにも関わらず、辺りはかなり寒くなっていた。
指先が冷たい。震えて、上手く薙刀の柄を上手く握ることが出来ない。
その時、蜜柑がその場に倒れ込んだ。
「蜜柑!?」
私はすぐに蜜柑に駆け寄り、彼女を抱き起こす。
大槌は徐々に小さくなり、通常サイズに戻る。
蜜柑はそれを確認してから、私を見て微笑んだ。
「葉月、ちゃん……後は、よろしく……」
「……蜜柑こそ、ゆっくり休んでね」
私はそう言ってから、蜜柑の頭を撫でる。
すると蜜柑は少し嬉しそうに笑った。
彼女の華奢な体を地面に寝かせ、私は沙織を見る。
「沙織。明日香と蜜柑のこと、よろしく頼む」
「葉月は?」
「……私が、戦うから」
そう言いながら、私は薙刀の刃をドラゴンに向ける。
私の技は拘束する類の物。技が届く範囲にさえ入ってしまえば、こちらの物だ。
「ガルルルル……」
ドラゴンは、一度ならず二度までもブレスが効かず、不満げな様子だった。
私は薙刀を構え、ドラゴンに向かって駆けた。
地面を蹴り、タイミングを見計らう。
……今だ!
「はぁッ!」
私は薙刀を振り上げ、地面に思い切り振り下ろした。
しかし、地面はドラゴンのブレスによって凍り、刃を受け付けなかった。
カキンッ! と小気味よい音を立て、振り下ろした刃は弾かれた。
「な……」
「葉月!」
予想していなかった現象に固まっていた時、沙織に名前を呼ばれる。
振り向いた時、ドラゴンの尾が横薙ぎに払われていた。
躱そうと思った。
しかし、どこかに跳んで躱せるものでも無かった。
一瞬迷ったせいで時間をロスしてしまい、私の体は尾によって弾かれる。
凍った地面の上を跳ね、雪の塊の中に突っ込んだ。
フワフワした、柔らかい涼しさに包み込まれた。
意識が朦朧として、少しでも気を緩めたらそのまま気絶してしまいそうだ。
……このまま眠ったら、どれだけ気持ち良いだろうか。
どこからか、そんな欲望が湧き上がってくる。
その欲望を拒もうと思っても、体は言う事を聞かず、動けない。
このまま気絶して、沙織もやられたら……私達は負けるのか?
負けたら……死ぬのか?
脳内に、そんな疑問が浮かぶ。
……終わりの見えない戦い。
敵を全滅したら日本に帰してくれるなんて言っているけど、本当に帰してもらえるの?
もしかしたら、本当は全部嘘で……魔法少女に、代償があるんじゃないのか?
だったら、どうせ、全部無駄になるなら……ここで死んでしまった方が、楽になれるんじゃないのか?
死を覚悟した瞬間、瞼の裏に、走馬燈のように、今までの記憶が流れる。
まず過ったのは、若菜の顔だった。
……彼女は今頃、日本で私の帰りを待っているんじゃないか?
行方不明になっている私を心配しているのではないか?
若菜だけじゃない。お父さんや、お母さんだって……。
次に過ったのは……トネールの顔だった。
……私はまだ、彼女に好きだと言えていない。
それに、彼女は大切な友達だ。
まだ……彼女と離れたくないよ……。
「キュイ!」
あぁ、あとギンもいたっけな……。
召喚者が死んだら召喚獣がどうなるかは分からないけど……って……。
「……ギン……?」
瞼を開くと、そこには、不安そうに私の顔を覗き込んでいるギンがいた。




