第85話 氷龍VS魔法少女③
「ねぇ、やっぱり無理だって」
「大丈夫。行ける行ける」
「えぇー」
困惑気味の声を上げる明日香に「まぁまぁ」と言いながら、私は彼女の肩の上でバランスをとる。
私が考えた作戦。それは肩車だった。
明日香は片腕、私は片足が機能しない。
だから、それをお互いで補助し合うのだ。
両足が無事である明日香が私を肩車し、私が薙刀で攻撃をする。
魔法少女の力で充分腕力は上がっているので、彼女の機動力に問題は無い。
無事な左腕で私の凍った左足をしっかり掴み、右足の方は彼女の体に絡めている。
落ちても問題は無いだろうし……行けると、思いたい。
「明日香、葉月、ふざけるなら帰って下さい」
そんな私達を見て、木の枝の上から沙織がそう言った。
「違う! ふざけてなんてない! 至って真面目だ!」
「……片足が凍るだけで人はここまで愚かになってしまうのですね。嘆かわしいことです」
呆れた様子でそう言い、首を横に振る沙織。
この子とは一生分かり合えないな、と心のどこかで思った。
明日香は小さな声で「沙織に幻滅された……!?」と言ってショックを受けている。
いや、今はそれどころじゃないからな?
「葉月ちゃん……流石にそれは……」
そして、蜜柑も若干引いた様子でこちらを見ている。
肩車そんなにダメか!? 想像以上に不評で結構悲しい。
しかし、まともに戦うことなんて出来ないので、こうするしかない。
「ガルァ……?」
しまいには、ドラゴンも不思議そうな表情をした。
なんていうか、アレみたい。
トンボが二匹重なって飛んでいるのを見つけた子供みたい。
……間違ってはいない。
「とにかく行くよ! ……明日香はとにかくドラゴンの攻撃を避けながら突進して。上は気にしない感じで」
「わ、分かった……!」
明日香が大きく頷いたのを確認し、私は薙刀を構える。
すると、明日香はドラゴンに向かって駆け出した。
勢いのせいで体が後ろに倒れそうになるのを、なんとか気合で持ちこたえる。
その時、ドラゴンが前足を振り下ろしてきた。
「明日香!」
「分かってる!」
明日香はすぐに斜め前に一気に跳び、前足を避ける。
しかし、そこにもう片方の前足が来る。
明日香は一度跳んでしまったため、対処しきれない。
「はぁッ!」
強く息を吐き、私は薙刀でその前足をいなした。
刃の方だと切り裂いてしまうので、柄を使って、押し出すように。
真っ直ぐ振り下ろされていた前足は軌道を逸らし、私達の後ろを通り過ぎる。
強引に軌道をずらされた前足は地面を抉り、ガリガリと何かを削るような爆音を発した。
それに顔をしかめつつ、私は前を見る。
ここまでくれば、ドラゴンはもう間近。
鱗がある場所を殴っては意味が無い。よく見ると、腹は鱗が無い。
明日香も同じことを考えたのだろう。
強く踏み込み、一気に距離を詰める。
私は薙刀を構え、明日香は足を振り上げる。
そして……ドラゴンの腹に攻撃を放つ。
深々と突き刺さった薙刀。めり込んだ明日香の右足。
先ほどのように金属音と共に弾かれたりせず、しっかりとダメージをその体に与える。
ドラゴンは私達の攻撃に、苦しげな声を漏らす。
「……?」
その時、左足に違和感を抱いた。
冷たくて感覚が無かったのが、一気に熱を持ち始める。
見ると、氷が溶けていた。
そういえば、魔法少女は攻撃をするとダメージが回復するんだったか。
凍結にも効果があるとは……。
「まだ……まだぁ!」
その時、明日香はそう言って左腕を振り上げる。
どうしたのかと驚いていると、明日香の左腕に炎が纏う。
「ちょ……!?」
突然足に近い位置に炎が巻き起こり、私は咄嗟に彼女の肩を蹴って後ろに跳ぶ。
すると、反動で明日香の体が前に出る。
しかし彼女にとってはそれが好都合だったらしく、強く踏み込んでドラゴンに距離を詰める。
……あれ? 明日香の右肩は凍ったまま……?
そう思っていた時、明日香の左拳がドラゴンの腹を打ち抜いた。
「ガァッ……!?」
息を吐くような声を漏らしながら、ドラゴンの体は揺らぐ。
腹を炎が貫き、後ろに倒れる。
それと同時に、明日香の体が前に倒れる。
「明日香!」
私は慌てて明日香の肩を後ろから掴み、彼女が前に倒れるのを止める。
すると明日香は疲れたような目で私を見て、微笑んだ。
「グルルルル……」
その時、ドラゴンが喉を鳴らすように低い呻き声を上げた。
私はすぐに明日香に肩を貸し、後ずさる。
技を受けても倒せないなんて……。
ガッカリすると同時に、納得した。
これほど強大な相手だ。たった一度の技では倒せないかもしれないという仮説は、心のどこかにあった。
問題はそこでは無く……――。
「……やっと、か……」
離れた場所からドラゴンの目を見て、私は小さく呟く。
あぁ、やっと……“その目”が見れた。
虫を見るような、見下した冷たい目じゃない。
自分の命を脅かす存在を見る、畏怖の目。
今、ドラゴンにとって私達は、食物でも無ければ獲物でも無い――自分と対等に渡り合え、尚且つ、自分の命を奪うかもしれない――敵であると、判断された。




