第84話 氷龍VS魔法少女②
「グルォォォォォォオオオオオッ!」
寒空に届けと言わんばかりの叫び。
ビリビリと空気が振動し、張りつめる。
ひとしきり叫び終えたら満足したのか、ドラゴンは私達を見下ろす。
相変わらず無機質で冷たい目だ。
でも……もう、怖くない。
「本当に、物理攻撃は一切効かなかったのですね」
「あくまで僕と葉月の攻撃だけ。蜜柑の攻撃は分からない」
「なるほど。では、蜜柑には積極的に攻撃をしてもらいましょう。明日香と葉月はそのサポートを」
沙織の指示に従おうとした時、ドラゴンの口に光が集まっているのが分かった。
……ブレス?
一瞬、私の中のオタク知識が過る。
ドラゴンと言えばブレス攻撃。
あれも、その一種なのでは……?
「皆、早く逃げて! ドラゴンが……!」
叫びながら、私は咄嗟に、近くにいた蜜柑を強く突き飛ばす。
視界の端では、木の枝から飛び降りた沙織を明日香が抱き止め、横に跳ぶのが見えた。
あの指示だけですぐにブレス攻撃を察してくれたのか……有難い。
私もすぐに地面を蹴って、その場を離れる。
数瞬後、ドラゴンが口から光を発した。
「グゥッ……!?」
足がブレスに掠った。
焼けるような痛みと、鋭い冷たさが、同時に私の左足を襲った。
私は地面を転がり、自分の足を確認する。
「葉月ちゃん……足が……」
先に突き飛ばしたおかげでブレスから逃れた蜜柑が、青ざめた表情でこちらを見る。
……やられた。
左足は根元近くまで完全に凍り付き、膝を曲げることすらできない。
変身を解けば治るか? ……いや、この雪の中変身を解けば、寒さに耐えられない。
もしも左足がそのままだったら、凍傷が悪化するだけだ。
「明日香! 明日香!」
少し離れた場所から声がする。
視線を向けると、そこでは、右肩から背中に掛けて氷を纏った明日香が倒れていた。
青ざめた表情で明日香の体を揺すっている沙織が目に映る。
「危ない!」
その時、蜜柑が私の腕を引き、抱き寄せた。
何事かと思った瞬間、私がいた所にドラゴンの前足が振り下ろされる。
蜜柑は私を抱きしめ、距離を取る。
ドラゴンの判断は正しい。
あの中で一番倒しやすいのは私だ。
だって、足が片方使えないのだから。
……左足の感覚が無い。凍ったせいで、麻痺しているのかもしれない。
「葉月ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……ありがとう」
私の返答に、蜜柑は安心したように笑った。
とりあえず一時の難は去ったが、根本的な解決にはならない。
遠くでは、明日香がなんとか右肩を押さえながらフラフラと立ち上がっているのが見えた。
「明日香! 大丈夫!?」
「僕は平気! 右腕使えないけど……葉月こそ、大丈夫!?」
「あー……うん。左足が使い物にならないけどね」
苦笑交じりでそう言って見せると、明日香が不安そうな感じで苦笑いをした。
蜜柑に支えてもらわないと、立つことすらままならない。
とはいえ、それだと蜜柑の攻撃の邪魔になる。
だったら……。
「蜜柑、下ろして」
「え、でもそうしたら、葉月ちゃんが……」
「私を支えたままだと蜜柑が攻撃出来ないでしょ? 良いから、早く」
「うん……」
私の言葉に、蜜柑は渋々私を下ろす。
それから大槌を両手で持ち、ドラゴンを見る。
「この足は自分でなんとかするから……蜜柑は、攻撃に専念して?」
「……うん!」
大きく頷くと、蜜柑は私に背を向けて、走り出す。
その後ろ姿を見送ってから、私は左足の応急処置に取り掛かる。
この際、多少体に不調が出る分はしょうがない。
回復魔法でどうにでもなる……と、信じたい。
足には薄い霜のようなものが纏っていて、指でなぞると氷の粉がパラパラと落ちる。
……本当に凍っている……。
試しに膝を曲げてみる……が、僅かに動きはするが、機能するほどではない。
マジで動かねぇぞこれ。
「葉月、どう?」
その時、明日香が右肩を押さえながらこちらに寄って来る。
彼女の肩も凍ったせいで機能していない。
ぼんやりと彼女を観察していた時、私はとあることを思いつく。
かなりダメ元ではあるが……やる価値はゼロじゃない。
「明日香、ちょっと耳貸して」
「え? うん……」
そう言ってしゃがむ明日香に、私は作戦を話す。
全て聞き終えた明日香は「はぁ!?」と素っ頓狂な声をあげながらこちらを見た。
だから、私両手を合わせた。
「お願い! 今の私達じゃまともな戦闘は出来ないし……頼めないかな?」
「……まぁ、そうだけど……」
そう言いながら、明日香はチラッとドラゴンの方を見る。
どうやら蜜柑の攻撃力はドラゴンにも通用しているらしく、一撃はしっかりとダメージを与えている。
沙織の矢での錯乱もあり、中々反撃の隙が無い。
……しかし、あのドラゴンは未だに私達を、虫扱いしている節がある。
沙織と蜜柑の攻撃は、せいぜい小賢しい蚊程度に思っていそう。
確証があるわけではない。
……けど、あの退屈そうな目は、そんな気がした。
つまり、二人の攻撃ですら、奴に命の危機を与えていないのだ。
「四人で戦わないと、アイツにまともなダメージなんて与えられない。……でも、私達はまともに戦えない。だから、私達で協力するしかないんだ。……お願い」
「……分かったよ」
小さく答える明日香に、私は拳を強く握り締め、小さくガッツポーズをした。




