第83話 氷龍VS魔法少女①
翌日。ついに、私達は敵を戦うことになる。
アティカの町を出て、変身し、雪道を抜ける。
木々のせいで、中々敵の全貌は見えてこない。
「念のため、いつ敵が襲って来ても大丈夫なように、きちんと武器を構えておいて下さい」
沙織の指示に頷き、しっかり武器を構える。
森の中は人通りが少ないのか、雪で足を取られる。
だから、木の枝の上を飛び、枝から枝へ飛び移り、移動する。
フラムさんの話だと、もうそろそろなんだけど……。
「一番乗り!」
その時、前を移動していた明日香がそう言った。
木の枝から雪に落下し、着地する。
彼女はそのまま前方を見ると……固まった。
「明日香?」
名前を呼びながら、私も雪に着地する。
それから顔を上げ、目の前にいる生物を見る。
次の瞬間、私は息を呑んだ。
「……ドラゴン……?」
それは、ドラゴンだった。
いや、うん。ドラゴン以外の言葉が出てこないくらい立派なドラゴン。
体を包む鱗は青色で、口から洩れる息は青白い。
瞼は固く瞑っており、寝ている様子だった。
「……これが……今回の、敵……」
私はそう呟き、薙刀を握る力を強くした。
三人もそれぞれ武器を構え、警戒する。
敵は油断しているのか、未だに眠ったままだ。
「後衛は私に任せて、三人はまず攻撃を仕掛けて下さい! 突然攻撃をされる可能性があるので、固まらず、バラバラに行動してください」
「おお!」
沙織の指示に、明日香はそう言って胸の前で両拳をぶつけ合う。
すぐに私達はバラバラの方向に行き、攻撃を仕掛けようとする。
しかし……。
「足が……!」
上手く動かない足に、私はつい、そう呟いた。
雪が想像以上に積もっており、腰まで埋まってしまうのだ。
魔法少女の力で強引に突き進もうとするが、いつものように動けない。
せめて雪を取り除ければ良いのだが……。
「グッ……こうなったら……!」
その時、蜜柑が大槌を大きく振りかぶった。
どうしたんだ、と思った次の瞬間、彼女は雪に向かってその大槌を振り下ろす。
すると衝撃波が巻き起こり、雪が弾け飛ぶ。
雪が白い煙幕となり、視界を覆う。
……いや、これはチャンスだ。
「うおおおおおお!」
叫びながら、私は薙刀を振り上げる。
煙幕の向こう側に見えるのは……ドラゴンの額。
私はそこに向かって、思い切り薙刀を突き刺した……かった。
しかし、ガキィンッ! と金属音を響かせ、薙刀は弾かれる。
「な……!?」
「葉月!?」
同じように攻撃をしようとしていた明日香が、驚いた表情でこちらを見る。
彼女は拳を振り上げ、ドラゴンに今にも殴りかかる体勢だった。
その拳はその勢いのまま振り下ろされ、ドラゴンにぶつかる。
しかし、私と同じく、ガキンッ! と金属音を響かせるのみだった。
……問題はそこではない。
「……グルァ……?」
まるで、地獄の底から聴こえるような呻き声。
あぁ、よりによって、なんで、ここで……。
こちらからの攻撃手段が通じないということが分かった上で……目を覚まさせてしまった。
固く閉じられていた瞼はゆっくりと開き、夜空のように澄んだ暗い瞳が露わになる。
額に攻撃をした私は、その目を間近で見ることになる。
「ぁ……」
暗い目で見つめられ、私の体は強張る。
恐怖。
単純な恐怖。
その目に見つめられた瞬間、相手が捕食者であり、自分が食われる者であると、完全なる序列が出来た。
奴は、目の前にいる私を……ただの獲物としか見ていない。
こちらが敵と認識している相手は、こちらを、食物としてしか見ていない。
その事実に体は強張り、蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまう。
ドラゴンは体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
その体は大きく、立ち上がると、私は完全に見下ろされる。……見下される。
完全なる上下関係。
呆然とする私に、ドラゴンはゆっくりと前右足を上げて……――。
「葉月!」
固まっていた時、明日香が私の腕を引いた。
数瞬後、ドラゴンは私がいた所に前足を振り下ろしていた。
まるで目の前にいる虫を潰そうとするかのような、放漫な動き。
しかし、その動きで今、私は命を奪われかけた。
「葉月しっかりして! 大丈夫か!?」
「ご、めん……大丈夫……」
ようやく落ち着き、私はそう返した。
未だに心臓がバクバクと音を立て、死にかけたという事実に、体が震える。
こんな恐怖は、この世界に来たばかりの頃に、巨大虎に食われかけた時以来だ。
……あの時よりも、私は強くなっている。
薙刀を握り直し、目の前にいるドラゴンを睨む。
「蜜柑。あの場で雪を取り除くという選択は間違っていませんが、後ろにいる私のことも考えて下さい」
「ご、ごめん……」
「全く……木に上るのがあと少しでも遅れていたら、今頃雪に埋もれていました」
背後から聴こえた声に振り向くと、そこでは、沙織が蜜柑に対して説教をしていた。
蜜柑のおかげで足元の雪は無くなったが、代わりに周りの雪の量がえげつないことになっていた。
沙織はギリギリ木に上って足場を確保していた様子で、木の枝の上に立って弓矢を構えている。
恐らく、あの防御力には、沙織の弓矢も通じないだろう。
この場で頼れるのは、蜜柑の攻撃力と、技のみ。
しかし、その両方も、絶対に通用するという確証はない。
ドラゴンの攻撃力も未知数。
さて、どうしたものか……。




