第82話 懐かしい雰囲気
「はふぅ……」
お湯に浸かった途端、口から息が漏れた。
しかし、まさか、この宿屋の風呂が露天風呂になっているとは思わなかった。
オリゾンに比べると風呂自体の規模は小さいのだが、星空と雪景色を見ながらの風呂は格別だ。
外だから体を洗っている間は中々寒かったが、一度湯船に浸かると、かなり気持ちがいい。
今回の旅の目的である敵を倒したら、この雪景色も消えてしまうのか。
そもそも、この世界にも春夏秋冬という概念とかはあるのだろうか。
無いんだったら異世界での雪景色はこれが見納めだ。
今の内にしっかり記憶に刻み付けなければ。
「……葉月?」
その時、聞き覚えのある声がした。
咄嗟に振り向いた瞬間、私はカッと目を見開いた。
「と……トネール……!?」
「えっと……他の魔法少女の皆さんは……」
「あ……訳あって、私は別で入っているんだ……」
「……そうなんですか……」
トネールはそう言うと、椅子に座って体を洗い始める。
白い肌に、華奢な体つき。首に巻いたチョーカーだけは、なぜかそのままだった。
しかし、それが逆に彼女のエロさを引き立てているというか……あーもう。何言っているんだ、私。
ボーッと観察していると、彼女が体を洗い終えた。
椅子から立ち上がり、こちらに歩いて来る。
「うわわ……」
裸でこちらに来るものだから、私は慌ててしまう。
その間にトネールはお湯に足を踏み入れ、体を浸ける。
お……同じ湯に、浸かっている……。
お互い裸で、手を伸ばせば届く距離。
濡れた髪が彼女の項にへばり付き、全体的に妖艶な魅力がある。
今なら、蜜柑の気持ちが分かる。
好きな人にこんな格好をされて、情欲を抑えるのは難しい。
心臓が高鳴り、体が火照る。
今すぐ彼女を押し倒し、その肌にむしゃぶりつきたい。
しかし、体の奥底から湧き上がる情欲を抑え、私は前方をジッと見つめる。
「……明日……戦うんだよね……」
目を合わせないようにしていると、トネールがそう言った。
彼女の言葉に、私は「うん」と言いつつ小さく頷いた。
すると、「そっか」と小さな声がした。
「……気を付けてね」
まるで、これから出掛ける娘に言う、母親のようだと思った。
もしくは、これから危ないことをしようとしていた時に微笑みながら言う若菜みたい。
どちらにせよ、私にとって、懐かしい雰囲気がした。
「……うん」
だから、私は大きく頷いた。
すると、トネールは安心したように笑った。
……しかし、それ以降、会話を続けることが出来ない。
どうしよう! 何か会話……。
「あ、そういえば、その……ファッションのこととかよく分からないけど、チョーカーって、お風呂の中でも付けるものなの?」
私の言葉に、トネールは自分のチョーカーに触れた。
青い宝石が付いた黒いチョーカー。
いつも肌身離さず付けているみたいだけど……大事な物なのかな。
「……これは、お守りなの……」
しばらくして、彼女は小さな声で言った。
それに、私は「お守り?」と聞き返した。
すると、トネールは恥ずかしそうに私を見て、頷いた。
「うん。……このチョーカーにはね、風魔法の遠話魔法が埋め込まれているの」
そう言って青い宝石を指すトネール。
顔を近づけてよく見て見ると、宝石の中に、微かにだが魔法陣のようなものが見えた。
「ホントだ……」
「これで、私が話したことはお父様達に伝わるの。だから、私に何かあったら、フラム様が助けに来てくれるの」
「へー……」
つまりアレでしょ? 防犯ブザー。
まぁ、冗談はさて置き、確かにこれはお守りみたいなものだ。
トネールは王族だし、こういうのを持たせておくのは大正解。
王族でなくても、病気のこととかあるから、用心しておいて損は無い。
「ていうか、あの……葉月……?」
「うん?」
「……近いよ……」
「へ?」
一瞬、彼女が何を言っているのか、理解出来なかった。
しばらくして、私が彼女に凄く顔を近づけていることに気付いた。
「わー!? ごめん!」
「い、いえ……」
慌てて飛び退くように距離を取りながら謝ると、トネールは顔を背けながらそう言った。
私が動いたことにより、湯船のお湯が大きな波を立てている。
まるでその波のように、私の心臓はバクバクと太鼓のような大きな音を立てた。
顔が熱くなり、呼吸が浅くなる。
その時、風呂場の扉が開いた。
「すまない、下見が長引いて遅く……葉月殿?」
入って来たのは、フラムさんだった。
スラリと伸びた足に、豊満な胸。
胸の下から秘部にかけてタオルを巻いているため、体つきは分からない。
彼女は髪を掻き上げ、こちらを見ていた。
「……なぜ、葉月殿が?」
「あ、えっと……訳合って、遅れて風呂に入ったんです。そしたら、偶然トネールと……あ、私、もう上がりますから!」
別に悪いことをしている訳では無いのだが、言い訳のように言いながら、私は立ちあがる。
とはいえ、前にのぼせて倒れたこともあるし、長風呂は良くない。
そんな私を見て、フラムさんは「そうか」と呟いた。
「明日はいよいよ敵との戦いだからな。ゆっくり休んでくれよ」
「ハイ。ありがとうございます。……二人とも、おやすみなさい」
私の言葉に、フラムさんは笑顔で「おやすみ」と言った。
トネールも小さい声で「おやすみなさい、葉月」と言った。




