第81話 アティカの町
ノールト国に入った。
町で買ったコートに身を包み、雪道を進んでいく。
今までは春とか秋くらいの、暑くも寒くもない快適な気温だった。
しかし、現在は、紛れもない冬。
辺り一面雪景色であり、口からは白い息が漏れる。
ノールト国に入国するに当たって、アルス車が少し変わった。
普通の馬車のような見た目から、タイヤが少しゴツイ見た目になり、全体的なカラーリングが暖色系中心になった。
とはいえ、アルスは前と同じ子達だ。
ラムダさんの誤解は未だに解けていないまま。これは困った。
「今後の予定を話す」
その時、フラムさんがそう言った。
彼女の言葉に私達は姿勢を正し、続きを待つ。
ちなみにフラムさんだけ、防寒具は着ていない。
寒くないのか聞いたら「慣れているから大丈夫だ」って言われた。
強い。
「もうそろそろ、アティカという町に着く。今晩はそこに泊まり、明日……この異常気象を起こしている敵を倒してもらう」
ついに来たか。
その為に旅をしていたようなものだが、やはり、改めて言われると緊張してしまう。
ここまでの異常気象を起こすほどの敵。きっと、今までの比では無いくらいの強さなのだろう。
苦戦を強いられるのは必至。下手すれば、敗北……死……。
ゾクッ、と、寒気が背筋を這う。
今までの戦いだって、命がけではあった。
しかし、今までの敵とは桁違いの強さであろう、敵……。
……怖い。
単純な死への恐怖が、私の心を支配する。
「葉月……」
その時、トネールが私の手に触れた。
彼女の細い指が、私の指を絡める。
ギュッ、と、優しく握った。
「……トネール……」
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
そう言って不安そうに尋ねるトネールに、私は「大丈夫」と答えた。
根本的な解決になったわけではないが、彼女の顔を見たら、大分安心した。
彼女の手を握っていると、凄く、心が和らいだ。
「沙織は、僕が守るからね」
「……ハイ。ありがとうございます」
そして、前では明日香と沙織がなんかイチャイチャしている。
結構ガンガンアピールするね、明日香。
沙織も満更でも無さそうだし、なんか良い雰囲気?
流石両片思い。もうさっさとどっちか告れ。
「……」
そして、隣の二人が良い感じになったせいで、蜜柑がどこか居心地悪そうにしている。
フラムさんはそういう系統に興味無い……いや、むしろ毛嫌いしている節があるからなぁ。
流石にフラムさんと蜜柑……いやぁ、無いっすわ。
「キュイ!」
その時、ギンがじゃれるように耳を噛んで来た。
突然のことに私は驚く。
「うわ!? ちょ、ギン!?」
慌てて私はギンを手に乗せ、目の前まで持って行く。
どうやら甘噛みだったようで、痛みはあるがそれだけだ。
ギンは不満げな顔でこちらを見上げていた。
「ギンどうしたの? 急に噛んだりして……」
「キュイ! キュイィ!」
私の言葉に、ギンは何か文句を言うように鳴いた。
一体何だと言うのだ。
アティカの町に着いた。
この町自体はそこまで大きいわけでは無く、むしろ小規模な部類だった。
宿屋も今まで泊まったものに比べるとかなり規模が小さく、私達が泊まるとほとんど貸切状態になった。
とはいえ、この大雪のせいでわざわざ泊まりに来る客などいないらしく、遠慮なく使って構わないという話だった。
私達が泊まる宿屋は、個室だった。
しかしソラーレ城のように個室に風呂は無く、銭湯みたいな場所で全員纏めて風呂に入る。
正直に言って良い? 蜜柑に襲われそう。
というわけで、私だけ入浴の時間をずらすことにした。
蜜柑は文句を言っていたが、風呂上がりの私を見て襲わないと約束出来るかと聞いたら無言になった。
もし蜜柑を警戒せずに一緒に風呂に入っていたらと考えると、少しゾッとした。
というわけで、三人が風呂に入っている間、私は日記を書いていた。
昨日と一昨日は色々あって書けなかったから、その分も含めてだ。
「キュイ……?」
日記を書いていると、ギンが不思議そうに私の手元を覗き込んでくる。
どうせ文字なんて分からないくせに、と苦笑していたが、ギンはしばらく見つめていた後で「キュイィ」と不満そうな声を漏らした。
「ギン?」
「キュイ」
不満げな声で、ギンは日記のページの一部をペシペシと叩く。
見て見るとそれは、『若菜』と書いた部分だった。
そりゃあ若菜宛てで書いているようなものだから、彼女の名前も出てきますさ。
「若菜がどうかしたの?」
「キュイ! キュイ!」
私の質問に、ギンが何かを訴えるように不満げに何か言う。
まず、文字が読めたことに驚きなんですが。
ギンの声の印象的には……誰だコイツ、的な?
「若菜っていうのはね、私の幼馴染。小さい頃からずっと一緒で、私の大親友」
「……キュイ……」
私の言葉に、ギンは納得するように小さく呟いた。
そんな反応に、私は苦笑して、ギンの頭を撫でた。
「いつかギンにも会わせてあげるからね」
「……キュイ」
コクッと頷くギンに、私は笑う。
そういえば、もし敵を殲滅し終えて、日本に帰れたとして……ギンはどうなるんだろう?
この世界に残るのか、私に付いて日本に行くのか、それとも……いや、これ以上はやめておこう。
私に付いてきた場合は、隠れて飼うしか無いかな。
静かにするように命令しておけば学校で騒いだりすることもないだろうし、餌もいらない。
両親や若菜くらいには説明しておくべきか。
まぁ、あの三人は色々と寛容だから、きっと上手く行くハズだ。
この世界に残った場合が、少し心配だ。
魔物に襲われたりしないかどうか不安だし、無邪気故に、取り返しのつかない問題を起こす可能性だってある。
トネールとかが世話してくれればいいのだけれど……どうなるのだろう。
「葉月ちゃん、お風呂上がったよ」
その時、扉の向こう側から蜜柑の声がした。
私はそれに「はーい」と返事をして、日記を閉じる。
まだ途中だったけど、続きは風呂上がりにしよう。
ギンに、この部屋から出ないように命令をしておいて、私は部屋を出た。




