第77話 自分の感情
ソラーレ国に滞在するのは今日の一晩。
滞在している間に、トネールとリヒトさんとフラーユさんの三人で様々な手続きを行う。
そして、明日の朝には、私達は出発だ。
アリアさん曰く、この機会を逃したら、二ヶ月後の生誕祭まで会う機会が無いらしい。
つまり……時間が無い。
そこで考えた作戦だが、まず、私がトネールを呼び出す。
アリアさんと二人きりにして、告白。
場所はソラーレ城の中庭。
ドゥンケルハルト王国の城で私とトネールが出会った場所みたいな感じだ。
一度確認してみたが、ドゥンケルハルト王国の物に比べると少し小ぢんまりしていた。
あちらは花が中心の庭園だったが、ソラーレ城は真ん中に大きな噴水があるのだ。
その噴水の前で告白するという作戦だ。
というわけで、私はトネールがいる部屋に向かった。
……と言っても、トネールのいる部屋など分からないのだけれど。
仕方がないので使用人に聞こうとしたら、現在大事な手続きの最中だから入室禁止がどうこう言われて、中々教えてもらえなかった。
「本当にお願いします。アリアさんからお願いされたことなんです」
「それならばアリア様本人に来て貰って下さい。あと、それが本当だとしても、現在トネール様は重要な手続きの最中であるため、時間を取るのは難しいです」
この一点張りだ。
とはいえ、正論。
アリアさんが来ないのは、心の準備を整えておきたいのと、自分からトネールと距離を取ったので、顔を合わせて直接呼び出す勇気が無いからだ。
けど……。
「葉月? 何をしているの?」
その時、名前を呼ばれた。
振り向くとそこには、トネールが立っていた。
「あっ……トネール……」
「トネール様。これは……」
使用人が説明しようとすると、トネールはそれを手で制す。
それから、私を見て微笑んだ。
「葉月。ここで何をしているの?」
私を優先してくれた。
その事実に、少しだけ胸が熱くなる。
「あ、アリアさんと話をしたんだ。それで、トネールに話があるって……」
「……そう。じゃあ、案内してもらえる?」
「え、でも手続きとかがあるんじゃ……」
「今はひと段落して、休憩がてら大浴場に向かう予定だったの。それに、私がいなくても、リヒト義兄様とフラーユお姉様がいれば充分だから」
そう言って肩を竦めるトネール。
使用人が何か言いたげに口をパクパクとさせているが、それより先に、トネールが私の手を取った。
「行こう? アリアちゃんのところに連れて行ってくれるんだよね?」
「あ、うん!」
私はすぐにトネールの隣に並び、二人で中庭に向かう。
歩きながら、トネールは口を開いた。
「それにしても、私とアリアちゃんの問題なのに……巻き込んじゃったみたいでごめんなさい」
「いや、そんなこと……私はただ、トネールの悲しむ顔が見たくないだけだから」
「……相変わらずだね、葉月は」
……相変わらず……?
トネールの言葉の意味を考えようとしていた時、中庭に出る扉の前に来た。
外に出ると、巨大な噴水が目に入る。
そしてその前にたたずむ、アリアさんも。
「アリアちゃん!」
「トネールお姉様!」
トネールが名前を呼ぶと、アリアさんは嬉しそうな表情を浮かべた。
ここで、私はお役御免だ。
ソッとトネールの背中を押すと、彼女は一歩踏み出す。
それから、驚いたような表情でこちらに振り向く。
だから、私はそれに、笑って見せた。
「……行ってらっしゃい」
私の言葉に、彼女は少し間を置いてから、微笑んで頷いた。
……後は、二人の時間だ。
踵を返し、私はその場を離れる。
一歩歩く度に、私の中で、思考がミキサーにでも掛けられたかのように、せわしなく回転し始める。
アリアさんは無事に告白出来ただろうか。
トネールはその告白を受けてどう思ったのだろうか。
トネールはアリアさんにどんな感情を抱いているのだろうか。
二人は付き合うのだろうか。
考える度に、胸が締め付けられるような感覚がした。
胸が痛くなって、苦しくて……言葉に出来ない辛さが、腹の奥から湧き上がって来た。
気付いたら、自分の部屋の前まで来ていた。
ここまで、どこをどんな風に歩いていたか、よく覚えていない。
扉を開けようとした時、明日香の部屋から、なぜか沙織が出てきた。
彼女は扉を閉め、私の方を見て大きく目を見開いた。
「葉月っ!?」
「……沙織……」
私が名前を呼ぶと、沙織は顔を赤くして慌て始める。
自分の部屋のドアノブに掛けていた手を外し、私は口を開く。
「……なんで、明日香の部屋から?」
「それは、その……は、葉月こそ、今までどこに?」
「……少し、トネールと話を」
アリアさんとの接点は、あまり話さない方が良いと判断した。
私の言葉に、沙織は「そうですか」と小さく言う。
沙織と明日香が何をしていたかは……あまり考えないようにしよう。
ただ、一つだけ気になることがあった。
「……沙織には、好きな人っている?」
「え? なんで、急に……」
「正直に答えて」
「……います」
……やっぱりか。
誰なのかまでは聞かないが、多分、フラムさんかな。
「……じゃあさ、下手に誰かと二人きりにならない方が良いんじゃない?」
「え?」
「もしかしたら、二人がそういう関係なんじゃないかって、好きな人が勘違いするかもしれないし。まぁどうしても二人きりにならないといけない時もあるかもしれないけど、そうじゃないなら、極力避けた方が良いかもね」
なんでこんなアドバイスをしているのかも、よく分からない。
そもそも私は、明日香と沙織を応援していたじゃないか。
あぁ、なんか今……変だ。
いつもの自分と違う。
「……一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「……何?」
沙織の言葉に、私は聞き返す。
すると沙織はしばらく考えた後で、口を開いた。
「……もし、二人きりになった相手が、好きな人だった場合は……どうすればいいのですか?」
「……へ?」
しばらく、思考がフリーズした。
すると沙織は「いえ」と言って目を逸らした。
「何でもありません。おやすみなさい」
そう言って、自分の部屋に入っていく。
しばらく考えた後で、彼女の言葉の意味を理解し、私は羞恥心に襲われた。
慌てて自分の部屋に入り、扉を閉め、その場に腰を下ろす。
何を勘違いしていたんだ。何を誤解していたんだ。
あの二人は、すでに……両想いなんだ。
百合は好きだし、あの二人がくっ付くことは大賛成だ。
両想いなら、あとはどちらかが告白するだけ。
良いなぁ、両想い……。
そこまで考えた時、頭の中に、アリアさんとトネールの顔が浮かんだ。
……あの二人も、両想いなのかな……。
そう思うと、苦しくなって、私は自分の顔を手で覆った。
自分の感情が、分からなかった。




