第76話 トネールお姉様
それからのアリアさんの話は、本当に長かった。
私はなぜトネールと仲が悪くなったのかを聞いただけなのに、アリアさんの口から出たのはまさかのトネールとの出会いだった。
生まれて初めての生誕祭にてトネールと出会い、人が多く途方に暮れていたアリアさんをリードしてくれたのが二人の始まり。
それから二人が遊ぶ機会は増え、いつも姉のように遊んでくれるトネール“お姉様”にアリアさんは徐々に惹かれるようになる。
トネールからトネールちゃんと呼ぶように言われたのでお姉様呼びは止めたが、実はずっと心の中ではそう呼んでいたらしい。
幼いアリアさんにとって、トネールは白馬の王子様。
いつか、彼女と結婚するものだと一人考えていたらしい。
では、なぜトネールと距離を取るようになったのか。
私が聞きたい本題に入るまでですでに一時間近く経ったぞ。おい。
まぁそれはさておき、ようやく本題に入れた。
それはアリアさんが十歳になった時のことだった。
今は亡きご両親から、リヒトさんとフラーユさんの婚約の話を聞かされたらしい。
フラーユさんの成人も間近。二人の仲は良好。正式な結婚も時間の問題だった。
アリアさんとトネールの仲も良かったので、義理の姉妹になると聞けば喜ぶだろうと考えたのだ。
……そらそーだ。自分の娘が同性に恋してるとか思わないよな。
日本の法律がどうなのかは分からないが、少なくともこの世界では、義理の姉妹でも結婚は不可能。
さらに、リヒトさんとフラーユさんの結婚は、二人が生まれた頃から決まっていた。
今更、アリアさんの一存で変えられるような簡単な話では無い。
その件をきっかけに、自分やトネールもいずれは政略結婚をすることになるだろうと、アリアさんは気付く。
ちなみに、アリアさんが気付いていなかっただけで、実は彼女にも政略結婚の相手はいる。
いるけど、本人がトネールまっしぐら過ぎて気付いていないだけだ。
これも、後から両親に聞いて知ったことらしい。
自分の恋は報われない。
アリアさんは、その事実に気付いてしまった。
結局自分の思いが報われないならば、いっそ、この恋は諦めよう。
そう考えたアリアさんは、トネールから距離を取ることにした。
冷たく接することで、この気持ちにケリをつけようとした。
しかし、生誕祭や王族のパーティなどで、結局二人は顔を合わせることになる。
日に日に美しくなっていくトネールに、アリアさんは必死に自分の気持ちを抑え込んだらしい。
しかも、自分は冷たくしているのに、トネールは相変わらず話しかけてこようとする。
それが、さらにアリアさんを苦しめた。
「お姉様もいつかはフラーユ義姉様のように見知らぬ男と婚約を結ぶことでしょう。私には、それを黙って見ていることなど出来そうにありません」
「……へぇー……」
想像以上のガチっぷりに、私は間抜けな返事をした。
するとアリアさんはムッと頬を膨らませて、私を見た。
「葉月様、真面目に考えて下さっていますか?」
「あぁ、ゴメン……そんなに、トネールのことが好きなんだね」
私の言葉に、アリアさんはさらに顔を赤くする。
……おかしいな。
大好きな百合なのに、さっきから全然興奮しない。
好きかもしれないって可能性が出た時は、幼馴染百合だー姉妹百合だー、と脳内で騒いではいた。
しかし、彼女のトネールへの想いを聞く度に、胸が締め付けられるような感覚がした。
……何だ、これ……変な感じだ。
まさか、私はアリアさんに一目惚れでもしてしまったのだろうか?
……うーん……それは何か違う気がするんだけどなー。
「……トネールお姉様は、幼い頃から、私に良くして下さりました。……私は、そんなお姉様が大好きです」
小さく呟いたアリアさんに、私は「そっか」と呟いた。
アリアさんは、これだけトネールのことを思っているんだ。
……だったら、それを本人に伝えるべきではないか?
「……部外者の私が言うのもアレだけどさ、その……このままじゃダメだと思います」
「……ダメ……?」
「トネールは、アリアさんが冷たくなって、ショックを受けています。……確かに結婚は出来ないかもしれません。でも、このまま仲が悪いまま終わったら……アリアさんは、後悔する気がするんです」
「……でも、私は……」
そう言って、アリアさんは両手を強く握り締めた。
だから、私は彼女の手に自分の手を置き、少し撫でる。
それからアリアさんの目を見て、微笑んで見せた。
「トネールに気持ちを伝えましょう? そして、元の関係に戻るべきです」
「でも……そんなこと……」
「……トネールは、アリアさんの気持ちを聞いただけで、離れるような人ですか?」
私の言葉に、アリアさんはバッと顔を上げた。
すでに、私の中には、確信にも似た一つの仮定があった。
トネールは、アリアさんの気持ちを聞いたとしても、拒絶するような子じゃない。
恋心に応えることは出来なくても、突き放すような真似はしないハズ。
……あれ? なんで、トネールが断る前提で考えているのだろう?
トネールにとっては妹のように大切な存在で……でも、それが恋心である可能性だってある。
二人が両想いで、この告白をきっかけに、付き合う可能性だってある。
……そう考えた瞬間、胸が、張り裂けそうなくらい痛くなった。
息が苦しくなって、呼吸が荒くなる。
……これは……一体……?




