第72話 明日香と沙織の入れ替わり⑧
卵白塗れになった私は、蜜柑に洗われることになった。
断ろうとしたけど、卵白の影響で魔力がほとんど溶けだしていた私には、喋る気力など無かった。
一度卵白を綺麗に洗い流してからでないと回復魔法も使えないので、大人しく蜜柑に洗われるしか選択肢は無かった。
「……葉月ちゃんの肌って凄く綺麗……」
そして現在、私は物凄く身の危険を感じている。
私のステータスは全部平均値だって! その綺麗な肌は気のせいだ! 幻だ!
やけに艶めかしい動きで私の腕を触る蜜柑に、私は無言で念を送る。
やーめーろーやー。
「葉月が無理に突っ込んだ結果なので、それは自業自得ですよ」
そしてその無言の念は、蜜柑では無く沙織に届く。
冷静にそう言いながら眼鏡の位置を正す沙織に、私は無言の念を送りつける。
異議アリ! 蜜柑だって攻撃受けて動けなくなっていたやん! この子にはご褒美あげるとか不公平だ!
沙織と明日香は、自分達が卵白攻撃に遭った時に洗った制服を片付けていた。
「あはは。まぁ頑張れー。ヤバくなったら助けるよ」
楽しそうに笑いながら言う明日香に、私は、魔力が回復したらあの二人を倒す決意をした。
そういえば、巨大鶏を倒したら、二人の体は元に戻った。
巨大鶏の卵には魔力を溶け出させる能力があるみたいだし、二人が同じ卵の中にいたから、その魔力が入れ替わっていたのかもしれない。
しかし、巨大鶏を倒すことで、それが元に戻った。
原理は分からないが、まぁ、結果オーライ?
あと、二人が使った銃のような技についてだが、これは誰にもよく分からなかった。
フラムさんやトネール曰く、あんな技は聞いたことが無いらしい。
明日香や沙織も、勢いで出来ちゃったことだから、自分達にはサッパリだって。
とはいえ、恐らくだが、合体技のようなものなんだと思う。
二人の魔力が合わさって出来た技。
入れ替わることでお互いの気持ちが通じ合い、その結果生まれた技。
……でもさ、沙織ってフラムさんのことが好きなんだよね?
その時点で気持ちが通じ合ってない気がするんだけど……恋愛感情は抜き?
単純に絆から生まれた技?
そうだとしても百合的にはかなり美味しいんですけどね。
「……あ、沙織」
「はい?」
「髪にゴミ付いてる」
そう言って、明日香は沙織の髪に触れた。
どうやら小さな葉っぱが付いていたらしい。
明日香がそれを取ってあげると、恥ずかしさからか、沙織は顔を赤らめた。
「あ……ありがとうございます」
「う、うん……」
顔を赤くした沙織に照れたのか、明日香も顔を赤くする。
パッと見両想いにも見えるんだけどなー。
そう思っていると、蜜柑がクスクスと嬉しそうに笑っていた。
まだ喋る体力が無いので無言で彼女の顔を見ていると、蜜柑はそれに顔を赤くして顔を背けた。
違うそうじゃない。
「キュイィィィ……」
そしてまたなぜか怒るギンに、私は苦笑する。
すると、怒るギンをトネールは抱きしめ、頭を撫でた。
「よしよし……あっ、葉月の制服を洗い終わったんだけど、風魔法で乾かしておこうか?」
トネールの言葉に、私は小さく頷く。
するとトネールは「ハイ」と言って微笑み、制服を乾かし始める。
ぼんやりとそれを見ていると、フラムさんが私の鞄を持って来てくれた。
「アルス車の修理は終わっていたし、葉月殿の回復が終わり次第出発するぞ」
私待ちか! だよね! お騒がせしてすみません!
とはいえ、私自身では何も出来ないので、大人しく蜜柑に身を委ねることしか出来ない。
一応全身は洗い終えたようで、蜜柑はトネールを呼んだ。
トネールに回復魔法をしてもらい、ようやく私は動けるようになる。
池から這い出て、フラムさんから受け取ったタオルで体を拭……こうとしたんだけど、蜜柑に奪われた。
「葉月ちゃんはまだ回復したばかりだからダメ。私が拭く」
「……ハイ」
ここは譲らないと言わんばかりの気迫に押され、私は渋々降参の意で両手を挙げた。
すると、蜜柑は嬉しそうに私の体を拭き始める。
視線を動かすと、明日香と沙織が微笑ましそうにこっちを見ていた。
見るな! 見世物じゃねぇ!
「クスッ」
そして、そんな明日香達を見て、蜜柑がどこか嬉しそうに笑った。
「蜜柑? どうかした?」
「え? あ、ううん! 何でも無い!」
「そう?」
私が聞き返すと、蜜柑は大きく頷き、私の体を拭いた。
---昨晩の深夜---
「葉月ちゃんの寝顔……可愛い……」
葉月が寝ている寝袋の近くに行き、そう呟く蜜柑。
彼女の言葉に、沙織はため息をついた。
「相変わらず、好きですね。葉月のこと」
「えへへ……」
苦笑しながら言われた言葉に、蜜柑は照れたようにはにかむ。
すると沙織は苦笑し、アルス車の梯子に手を掛ける。
「ホラ、早く見張りをしますよ」
「あ、ハーイ」
沙織に急かされ、蜜柑は後ろ髪を引かれるような思いで葉月から視線を外し、沙織の後に続く。
アルス車の上に行くと、二人は背中合わせになり、辺りを見る。
「……でも、羨ましいですよ。自分の気持ちにそこまで素直に行動出来て」
「そうかな? ……まぁ、告白しちゃったし、隠す必要が無くなっただけ」
「そういうものですか。……羨ましいです」
「羨ましい?」
蜜柑が聞き返すと、沙織は小さく頷く。
それに蜜柑は少し笑い、続けた。
「何が?」
「……私も、蜜柑のように、好きな人に自分の気持ちを曝け出せたらって……たまに思います」
「え、沙織ちゃん、好きな人いるの?」
恐らく、つい本音が零れたのだろう。
沙織の顔は途端に真っ赤になり、心臓の音は蜜柑にまで届く。
蜜柑はそれに見張りも忘れて、キラキラ輝く目で沙織に尋ねる。
「誰々? 私が知ってる人?」
「あ、あの……ここだけの話にしておいてくれるなら……」
「ホント? 分かった。誰にも言わない!」
蜜柑の言葉に、沙織は「じゃあ……」と口を開く。
---現在---
「……良かったね、沙織ちゃん」
蜜柑の独り言に、私は頭の中にクエスチョンマーク浮かべた。
沙織の何が良かったんだ?
「沙織がどうかしたの?」
「え? あ、ううん! 何でも無い! 私は葉月ちゃん一途だよ!」
「あ、そう……」
拳を作りながら自信満々に宣言された。
若干引いていると、蜜柑はその拳を緩め、笑った。
ソラーレ国編、他の章に比べてかなり長くなりそうです。
私自身、自分の執筆ペースが管理出来ていないので、ご了承下さい。




