第69話 明日香と沙織の入れ替わり⑤
<明日香視点>
フラムさんからの指導で、ようやく矢が的に当たるようになった。
しかし、当たるだけで、真ん中には程遠い。
そもそも、当たるのも何本かに一本という割合だ。
これでは、まだ実戦で使えるかは分からない。
「弓矢の扱いが難しいのは分かっているが、明日香殿は……その……」
そう言って言いづらそうに目を逸らすフラムさん。
言えない程に下手なのか? 弓矢の才能が無いのか?
「……あの……」
その時、聞き慣れた低音ボイスが聴こえた。
見るとそこには、僕の姿をした沙織が立っていた。
「沙織……!」
「ちょ、調子はどうですか?」
沙織はそう言って、フラムさんを見る。
よく見るとその頬は若干赤らんでいて、視線もフラムさんに真っ直ぐ向けられている。
チラチラとこちらを見ているが……邪魔者、ということだろうか?
もし二人きりになったら、何をするつもりなんだ? ……何がしたいんだ?
「沙織殿に比べると、上達速度はかなり遅いな。明日香殿には、弓矢の才能が無いのかもしれない」
「そうですか……」
フラムさんの言葉に、沙織はそう呟いて顎に手を当てる。
何を考えているんだろう?
とはいえ、結局彼女の心は、フラムさんに向いているんだろう。
僕はそれを……見ていることしか出来ない。
「……では、私が教えましょうか?」
続いた言葉は、予想外だった。
一瞬、これは夢なのではないかと危惧した。
しかし、その嫉妬での胸の痛みと、突然の出来事に高鳴った鼓動が、夢ではなく現実での出来事であると知らしめる。
では、幻聴? 嫉妬し過ぎて、いよいよおかしくなったか?
「……嫌、ですか?」
「へっ? あ、いや! 嫌じゃない!」
不安そうに尋ねる沙織に、僕は慌ててそう答える。
すると沙織はホッと息を吐いて、「良かった」と言う。
良かった? 何が良かった?
フラムさんと僕を二人きりにしなくて良かった? 僕をフラムさんに近付けなくて済んで良かった?
その安堵の表情に、どんな心情が隠されているのだろう?
……そんなに、フラムさんが好きか?
「沙織殿の武器は弓矢だからな。私よりは扱いに慣れているし、その方が良いかもしれないな」
そしてフラムさんも賛同する。
彼女の言葉に、沙織は「では、お任せください」と言って微笑んだ。
……沙織は賢い。
僕の指導を率先してやることで、僕とフラムさんを二人きりにしないようにできるし、フラムさんに良い顔が出来る。一石二鳥って奴だ。
「それじゃあ明日香。構えて下さい」
「え!? ハイ!」
沙織に突然命令され、反射的に拳を構えてファイティングポーズをとる。
すると、すぐに頭をペシッと軽く叩かれた。
彼女は今変身を解いているので、そこまで痛くない。
「そっちじゃなくて! 弓の方です!」
「あ、うん」
沙織の言葉に、僕は慌てて弓を構える。
魔力で矢を生成し、標準を的に向ける。
「……まず、肩に力が入り過ぎです」
沙織はそう言うと、僕の肩に手を置く。
背後から急に触って来たので、つい驚いてしまった。
ビクッ、と、自分の体が震えるのが分かった。
「だから……力を抜いてください」
「わ、分かった……」
沙織の言葉に、僕は、極力力を抜く。
すると沙織はクスッと笑い、僕の肩から手を離す。
「まぁ、良いです。……弓を握る力が少し強いです。そこまで強くしなくても良いですよ」
そう言って、弓を持っている方の手に、沙織の手が添えられる。
彼女の手が僕の手の甲や指を撫で、くすぐったい。
「全体的に力を込め過ぎです。もう少しリラックスして……でも、手の位置はずれないように……」
そう言いながら、沙織は僕の構えを正していく。
彼女の体で、彼女のいつもの戦い方が染み込んでいく。
彼女の体と、僕の心が、一つになっていくみたいだ。
「……あと、体が捩れないように……」
その時、僕の腰の辺りに、沙織の手が触れた。
突然のことに僕は驚き、体を強張らせる。
すると、沙織が僕の肩に手を置いた。
「力は抜くように言いましたよね?」
「ご、ごめん! 沙織の距離が近いから、緊張して……!」
「な……!」
僕の言葉に、沙織が驚きの声を上げる。
しかし、すぐに大きく息を吐き、僕にさらに身を寄せてきた。
「わ、ちょ……!」
「今そんなことを気にしている場合ではありません! それより、しっかり前を見て……」
「そんなこと言われても……!」
抗議しながら背中にくっ付いている沙織に視線を向けた時、僕は言葉を失った。
だって、沙織は顔を真っ赤にしていたから。
体が逆ならば、僕より背が低いから隠せただろう。
しかし、今は彼女の方が背が高いため、赤い顔を隠せない。
「……沙織……?」
「あの……これは……」
「お前等いい加減にしろ」
低い声がして、僕達は同時に体を強張る。
恐る恐る声がした方を見ると、そこには、明らかに怒気を纏ったフラムさんがいた。
彼女は腕を組み、こめかみに青筋を浮かべながら僕達を見ていた。
「このまま真面目にやる気がないなら、私が直々に鍛えてやろうか……?」
「あ、明日香! 早く続きをしましょう!」
「う、うん!」
沙織に諭され、僕は慌てて弓矢を構える。
……ねぇ、沙織……?
さっきの表情は、どういう意味なの……?
沙織は、フラムさんが好きなんだよね?
でも、今の表情。
偶然とか、勘違いかもしれないけどさ。
僕も少しは……期待しても良いんですか?




